第19話 修行

 私は、いろんな事があって疲れて、ぼーっとしていると、


「舞衣。成長したな。」


 そう言って、誰かが近づいて来て、いきなり頬ずりをしてきた。


「え、ちょちょちょ、ちょっと。」


 そう言って、私は飛び退いた。すると、


「あれ、お父さん?」


「舞衣も羞恥心というのをついに覚えてしまったか。」


「羞恥心とかじゃないわ。普通に気持ち悪いよ。」


「えー。そんなに言わなくてもいいだろ。傷ついたー。」


「ごめんごめん。」


 こうなると、お父さんは面倒くさい。わざわざ、私は父の頭を撫でてよしよし。としないといけない。どっちが親なんだか。でも、たしかに、最初の頬ずりは気持ち悪かったけど、なんか久しぶりにお父さんに会えたことがすごく嬉しくて、なんだか涙が溢れてきた。


「舞衣。泣いているのか。」


「ごめん。ちょっと嬉しくって。」


「え?やっぱさっきの頬ずりされたのは嬉しかったけど、羞恥心が勝ったからあんなことを言ったのか?」


「あー、それは違う。」


 私がはっきりと否定したから、父は、しょんぼりしていたが、すぐ元気を取り戻し、急に真面目な顔をして話し始めた。


「舞衣。正直に言うが、がっかりするなよ。今のお前は弱い。正直、危なっかしくて、片岡が隼翔の国王をよく舞衣に任せたもんだなと思うくらいだ。」


「はい。」


 父が急に真面目だから、私も自然とかしこまってしまった。


「だから、今から修行するぞ。この修行は危険が伴う。もしかしたら、死ぬかもしれない。それでもいいか。」


「もちろんいいよ。」


「じゃあ、ついてこい。」




 父について行った先は、グラウンドのような場所だった。どこまで見ても土が広がっているそこには、ぽつんと一つ、赤色の円があった。


「今から私と戦ってもらう。もし、私をこの半径1mの円から一歩でも追い出したら、舞衣の勝ちだ。」


「なんか、簡単そうだけど、大丈夫?」


「いや、きっと苦戦すると思うよ。真剣を使ってやるからね。」


「え?木刀じゃないの?」


「言っただろ、死ぬかもしれないって。」


 父は本気なのか?いや、本気だろうな。顔がそう言っている。


「それじゃあ、始めるぞ。」


 まずは、様子見をするように私は父の刀と自分の刀の切っ先を合わせていた。父の剣は見たことがあまりないからな。観察をよくしないと。


「そんな、様子見ばかりしていて大丈夫か。それなら、私からいかせてもらうよ。」


 いきなり頭を狙ってきた。実の娘に対して、そこまでするのかよ。顔が傷ついたらどーすんだべ。いつもなら、きっとそんなことを考えていたかもしれない。けど、今は本当にそんなことを考えている余裕など1ミリもないのだ。


 とにかく受けたらまずいと判断して、避けた。


 すると、私が避けることをまるで読んでいるかのように、次の攻撃が来た。


 私はかわしたり、かわしきれない時には桜華を使ったりして、上手く攻撃を流すことしかできなかった。


 私はもうこれだけで息が上がっているのに、父はまだまだ全然だ。という感じだ。


 そして、今の戦いで分かったことだが、父を円から出すということは、それはつまり父を倒すことを意味していた。


「どうした?避けているだけでは、私のことは倒せないぞ。」


「そんなこと分かってるよ。」


「それに、もう息が上がっているようだが、動きに無駄が多いんじゃないか?もっと、私の動きをよく見ろ。」


 動きを見ろって言われても、避けるので手一杯で、そんな余裕がない。


 もう100回は父に攻撃することを試みただろうか。しかし、何度も何度も父に挑んでも、攻撃すらできない。


 というか、もう疲れてきた。汗もだらだらだ。おそらくまだ10分くらいしか父とは戦っていないだろうが、3時間以上続けて走っている時くらい辛い。止まったら殺されるという緊迫感がなんとか私の体を動かすだけで、本当はもうとっくに体力の限界を突破していた。


 どうにか打開しないとやばいな。うーん。どうすれば。あ、そうだ。いったん円から遠ざかればいいのか。そう思って円から遠ざかって、父の射程圏外まで退いた。


 それで、一度父の動きを思い出した。たしかに無駄のない動きだったし、一撃一撃が私にとっては一番困る場所を狙ってきていて、それで私は防御するしかなくなっちゃって。あ、もしかして、防御ばかりするのがいけないのか。攻撃は最大の防御っていう言葉もあるくらいだ。


 今度はまず攻撃をしてみた。陽梅で連撃をし、さらに瞬神李飛で胴にめがけて攻撃した。私的には満点の攻撃だが、父はいとも簡単に攻撃を受け流した。


「疲れてるんじゃないか?いったん休憩にするか?」


「いや、まだやれるよ。」


「そうか。それなら、次は胴じゃなくて首を狙ってみろ。」


「え?もし当たったらお父さん死んじゃうじゃん。」


「俺に当てる自信が少しはあるようでよかったが、口で言うだけじゃなく、行動で示してみろ。」


 たしかに、今の私はお父さんに傷ひとつつけるイメージですらわかない。


 父の動きを真似してみても、ただの猿真似で終わってしまう。


 今の自分のままでは、父に傷をつけることはできない。ましてや円の外に出すことなんて不可能だ。だから、自分でも予測できないくらいの動きをする必要がある。だからきっと、父を円の外に出した時には、私は想像ができないくらいに成長しているだろう。


 まあ、頭で考えているだけじゃ始まらないと思うし、さっそくやってみるか。


 私は思いっきり走り出して父の射程圏の直前まで来た時に、自分の刀を上に投げ、自分はスライディングをして、父の背後をとっさに取り、投げた刀をキャッチして、父の首目掛けて令幻桃霞を放った。


 これは、前に広志さんとの戦いでも使っていた技の峰打ちじゃない版で、しかもあの時とは違って刀を上に投げることで、より身軽となった状態で父の懐まで入ることができた。


 が、父は即座に避けたため、またしても父に傷をつけることはできなかった。


 なんでだ。なんでなんだ。父が強すぎるからか?


 私は知らぬ間に父にあって私にないものを探していた。そんな私をみかねて、父は、


「舞衣。お前には素質がない。もう、やめろ。」


「まだ、私は全然強くなってない。」


「修行だけじゃない。戦で戦うことも王であることもだ。」


「なんで?それならなおさら、今ここで強くなっていけば、いいじゃん。」


「じゃあ、聞くが、お前はさっき俺に攻撃する時、本気だったか?本当に俺を殺すつもりでうったのか?」


「本気だったよ。」


「じゃあ、なんで俺に避けられた?」


「それは、お父さんが強すぎるからじゃあ...。」


「本当はお前も気づいているだろう。攻撃の際に少し躊躇していることを。」


「...」


「お前は優しすぎる。だからこそ戦争には向いていない。別に人を殺して残忍な人間になれと言っているわけじゃない。限られた選択肢の中で、全員を救う選択肢がなかったとしても、お前は全員を助けようとするだろう。

 でも、その選択のせいで、より多くの命を失うことになる。リーダーには、決断力が必須だ。そして、みんなの命を預かるという覚悟も。今のお前は人を殺す覚悟が、この戦国時代に生きる覚悟が足りない。

 そんなやつがリーダーをつとめたら、みんなが可哀想だ。さあ、最後のチャンスだ。これから先、戦うことも王であり続けることもやめるか、それとも俺を殺す覚悟を決めて、俺を円から出すのか。」


「もちろん、次こそはお父さんを殺す。」


「(舞衣の顔つきが変わったな。)あぁ、楽しみにしてるぞ。」




 さっきは、首を狙って攻撃してみたけど、実際、躊躇したから当たらなかったのは確かだが、首はかわしやすい。だから、あれだけ上手くいっても勝てるかどうかの綱渡り状態だ。


 冷静に考えた結果、胴を狙った方が勝率は明らかに高い。だから、今度は胴を狙って攻撃をするために、私は考えた。さっき負けた後のように考えていては絶対に勝てない。


 だから、私は父になくて、私にあるものを探した。


 私は女で身長が少しだけ、本当に少しだけ小さくて、小回りがきいて、だからさっきは惜しいところまで父を追い込むことができた。あの時も父には一切、隙がなかった。


 なぜかその時ふと腰にある、刀を入れる鞘に目が止まった。そして、上手くいくかは分からないが試してみるだけの価値がある作戦を思いついた。




 まず、私は父と距離をおいた。これは、助走のためである。そして、走り出し、どんどん加速して、自分の出せる最高速度まで来た時、私と父との間には3mくらいの距離があったが、私は全速で走りながら、鞘を父の顔に目掛けて投げた。


 すると、父は私が投げた鞘を刀で打ち落とした。


 が、その際に一瞬だけ今までに一度も見せなかった隙を見せた。


 それを私は見逃さず、ためらうことなく瞬神李飛を父の胴を目掛けて撃ち込んだ。私の刀は父の腹を貫いていた。その時に父の服は破け、そして、父は倒れた。


「お父さん!しっかりして。死んだらだめだからね。」


「舞衣。悪い。実はお父さん怖くて腹に鉄巻いてたから、無傷だわ。」


「おいっ。それなら、先に言ってよ。もう、本当に心配したんだから。」


「そんなことを先に言ってたら、きっとお前は今の攻撃はずっとできなかった。それに、舞衣が俺のことをめっちゃ心配してる顔が見れてよかったわ。」


 父のことが心配すぎたせいで、あまり父に勝った実感がなかったが、私は父に勝ったのだ。あの剣術において最強とまで謳われるあの父を倒したんだ。


「よっしゃー!」


「あの、喜んでるところ悪いんだけど、修行まだあります。」


「へ?」


 そう言われて、空気読んでよぉ。と思ったが、まるでもう時間がないかのように、周りがぼんやりとしてきたので、とりあえずさっき投げた鞘だけ回収して、父の話をよく聞いた。


「舞衣。いいか。今からやる技をよく見ておけ。この技はまだ私でも完成してないが、きっと完成したら絶対強い技になる。まあ、一回見せるからよく覚えてね。」


 そう言って、父はその技の動きを私に見せた。私の感想としては、難しそうだし、なんだか苦しそうにも見えた。

 それに、敵に使われた時のことを想像すると、次の動きが予測できないから、対処しきれない。


 たしかに今の動きだと動きに無駄が多いから、すぐ疲れてしまいそうだ。しかし、もしこの技を完成させたら、絶対強い。


 でも、父がこのタイミングで教えるこの技は、あの父ですら完成させていない技だから、私なんかに完成させることができるのか?と思っていたら、


「この技を完成させる鍵は、舞衣。もう、お前はすでにもっている。あとは、それがなんなのか見つけるきっかけを作れるかどうかだ。」


「え?鍵が分かってるのに教えてくれないの?」



 私がそう言った時には、父の姿が消え、私は目が覚めた。


 そして、その時ようやくこれが夢だったんだと気付いた。


 きっと私は、心の奥底で父に厳しく指導してほしいと思ってたのかもしれない。別に私がMだとかそういうことじゃなくて、普通に親子としてなのかどうなのか分からないが、こうやって指導してほしかったのだ。


 それにしても、夢だと気づいた今でも、これが本当だったのか、それとも夢だったのか分からない。何言ってんだ?と思うかもしれないが、体験してみたら、あら、本当だわ。って思うはずだよ。


 もしかしたら、本当に父の霊がやって来たのかもしれないしね。そう思った方がなんか夢があっていいけど、やっぱり最初の頬ずりはさすがに引くから、夢であってくれ。そう願うばかりであった。




 そして、起きてからすぐに私は修行を始めた。父に教えてもらった技を忘れないうちに体に叩き込んでおきたかったからである。


 一度しか見ていないはずの技だったが、はっきりと覚えていた。それはまるで、何度も見たことがあるかのようだった。


 私が修行をし始めたのは、まだ日が昇る30分前くらいだった。いつもなら、私は朝早く起きるのが苦手なので絶対に修行なんかしていない時間だったから、いつも日が昇り始めた時には修行し始めている景泰は、


「え!?あの舞衣様がこんな時間に起きて修行ですか?」


 と、まるで世界が今日で終わりだと告げられたくらい驚いていた。そして、


「あれ、舞衣様。なんだか、いつもとは見違えるほどに上達している気がします。」


「そうか。そう見えるのか。やったー。」


「何かしたんですか?」


「実はね。夢で父と修行したんだ。」


「え?明正さんとですか?いいなー。私ももう一度明正さんと会って話がしたいです。というか、それ夢で教えてくれたんですよね?」


「あぁ。この技か。そうだよ。夢で教えてもらったけど。」


「私は、明正さんが実際に使っているところは見たことはありませんが、それを練習しているところは見かけたことがある気がします。まだ未完成だから見ないでくれ。って言われて、全部は見ていないので、はっきりそれだとは分からないですが。」


「本当!?」


 景泰とのやり取りで、さっきの夢の中の父が、父の亡霊だった可能性が上がって、私は父にもう一度会いたいなと思った。


 今度は修行とかじゃなくて、もっとのんびりした感じで、母もそこにいて家族団欒みたいなことをしてみたいなと願った。

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