3—2


「ちょ、ちょっと!! やだ!! 見せないでくださいよ!!」


 鈴森はこういう類のものが苦手すぎて、真っ青になり目を背ける。

 蛍は昨夜、渚に無理やり確認を取られたこともあり、少しは耐性があるようで目を背けたいのを我慢して、顎の黒子を確認した。

 あまりに恐ろしく、その場にいた誰も首をまじまじと見ることはなく、気がつかなかったが、確かに張り付いた髪の間から見えている顎には黒子がある。


「いや、でも、昨日見つかったのは女の人の首で……髪も長いし……」

「そ、そうですよ!! それに、女風呂で……————」


 昨夜、鈴森が温泉で見た首の髪は、ちゃんと体があれば、おそらく肩より長いくらいだった。

 さらに、女湯だ。

 その首が女性であると、普通ならそう思う。


 しかし————……



「もしかして、あの首、髪の長い男性……だったんじゃ?」


 友野がそう言った。

 そうなると、屋根裏部屋で見つかった首のない死体と同じ人物の可能性が高い。


「そ、そんな……え、でも、女の首だって——……警察も……」

「い、いえ、その、まだ鑑定結果が出ていませんので——……」


 事件があったのは昨夜だ。

 今の段階では、刑事たちはまだ鑑識からなんの報告も受けていない。

 刑事は急いで本部に連絡し、首無しの死体と首が同一人物の可能性があると、確認を急ぐように頼んだ。



「でも先生、首無し男の死体が見つかってから数日経ってますよ? あの首は、昨日斬られたばかりだったんじゃ……?」

「……うん、俺にはそう思えたけど…………まぁ、そういうのは警察の方が専門だよ。そこまで詳しく知ってるわけじゃない」


 友野はてっきり、温泉の乳白色と血の色の混ざり具合や量から、それが鮮血であると思っていた。

 だからこそ、斬られたばかりも別の首だと……


「俺の専門は肉体より魂とか、霊の方だからさ」



 そうして、この日の午後には首が女性ではなく男性のものであることが判明。

 さらに、やはり屋根裏部屋で見つかった首無しの男と同一人物であることがわかった。

 首と一緒に流れ出ていた血の多くは、にわとりの血だったそうだ。

 誰かが、意図的に祟りに見せかけるために工作したのだ。

 そして、これから鈴森から聞いた坂本の住んでいたマンションに警察が捜査に入るらしい。

 被害者が坂本であるかどうか調べるために。



 話を聞いて、友野は、こうなるとこれは祟りではないと結論を出した。


「これは祟りじゃないです。殺人です。殺されたのは、おそらく鈴森さんが探していた坂本さんでしょう。おじいさんが犯人かどうか……は、俺の仕事ではないのでなんとも言えませんが……」


 蛍が友野に依頼したのは、この殺人事件の犯人が人ではなくて祟りであることの証明。

 だが屋根裏部屋で見つかった首無し男の殺人については、犯人は人間で間違いない。

 それが正の犯行であるかどうかを調べるのは、警察の仕事であって、友野の仕事ではない。


「で、でも……! それじゃぁ、私が見た首無し男はなんだったんですか!? 歩いていたんですよ!?」

「そうですよ、先生!! 蛍さんの言う通りです!! 殺されたのは坂本さんかもしれないですけど、蛍さんをストーキングしてた首無し男の方はわかってないじゃないですか!! こんな中途半端な状況で、帰るつもりですか!?」


 確かに、まだそちらの謎は残っている。

 蛍が歩いている首無し男を見たのは、被害者が首を斬られ、殺される前なのだ。

 それに、警官の話によると西村も今朝、首無し男を目撃していると言っていた。


「うん、いや、その、だから殺人事件の犯人は警察に任せて……————蛍さんの見た、怪奇現象の方を調べようと思うんだけど……」


 友野だって、一度首を突っ込んでしまった以上、中途半端に投げ出そうとは思っていない。

 殺人事件の犯人は人間だが、蛍や西村の見た首無し男のことや昨日、窓の向こうにいた何かについても気になっていた。


「え、それじゃぁ、まだ調査は続行するんですね!? この村にいるんですね!?」

「うん。それで……蛍さん」

「は、はい!」

「あなたが首無し男を見た現場に、案内してはくれませんか?」


 本来、友野はそのつもりだった。

 馬の死体が見つかった現場を見た後で、そこへ案内してもらう予定だったのだが、馬の首が見つかったことで、色々と予定が狂ってしまったのだ。


「わかりました……」




 ▽ ▽ ▽



 一方、村長に首無村の伝説について詳しい話を聞いた西村は、青ざめた顔で駐在所に向かって歩いていた。

 首無しの男の体と女の首だと思っていたものが同一人物の死体であると判明した為、事件の捜査が急速に進んでいるというのに、どこで油を売っているんだと怒られたばかりだったが、彼の頭の中は今、その事件よりも伝説のことで頭がいっぱいだ。


「……————だなんて……そんな」


 村長から聞いた話は西村にとって、とても衝撃的だった。




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