終章 呪い返し

3—1


「いいか、慎吾。この地図のことは忘れるんだ」


 どうして?


「これは呪われた地図だ。決して探してはいけない。六爪龍むつずめりゅうの箱を見つけてはいけない。開けてはいけない。死んでしまう。中にあるモノに殺されてしまう。六人殺される。六人分の呪いが入ってる」


 どういうこと?

 どうして、そんな怖いものを、じいちゃんは持ってるの?


「じいちゃんの父さんは、あの箱を使った。あの箱を使って人を呪い殺した。でも、お前はダメだ。お前は、絶対に使うな。箱を見つけてはいけない。でも、もしも見つけた時に箱が空だったら、別の呪いを入れなさい」


 別の呪い?


「そして、しっかりと蓋をして、誰にも見つからないところに隠しなさい。あの箱は呪いを隠せる。でも、小さな生き物や子供は死んでしまうから、近くに置いておくのはダメだ。それから……」


 それから?


「お前は少し、普通の人とは違う。感覚が人と違う。だから、人を傷つける。他人の気持ちを踏みにじることがある……全ての人に、感謝して生きなさい」



 人と違う?

 わからない、どういうこと?


 ねぇ、じいちゃん……

 わからない……

 どうして、そんな顔してるの?


 わからない……

 わからない……



「あの子は悪魔の子だよ」

「あの子は生まれて来るべきじゃなかったんだ」

「だから言ったのに」

「だから言ったのに」


 誰だ。

 誰だ。


 誰の声だ。


 じいちゃんはどこに行った?

 まだ、まだ聞きたいことが——————



「ほら、坊ちゃん、また忘れていますよ」


 逢坂?

 逢坂の声がする。


「人に何かをしてもらったら、きちんと感謝しなければ……」


 何かをしてもらった?

 何を言っているんだ?


「坊ちゃん、そんな風に言ってはいけません。どうしてわからないんですか?」


 わからない、僕が何をした?

 僕は何をした?


「ダメだと言っているじゃないですか。あなたは……やっぱり、人の心がわからないんですね……」


 人の心……?


「あなた……どうしてそうなの?」


 今度は、静香が怒ってる。

 なんで?


 どうして?


「もういいわ……わからないなら、もういい」


 待って、待って……

 なんだこれは……


 わからない……

 わからない……


「どうやって殺す?」

「どう殺す?」

「早く、早く、殺してしまおう」

「そうだ、そうだ……呪い返しにあう前に————」



 あぁ、これはきっと夢だ。

 夢に違いない。


 そうじゃなきゃ、こんなこと、ありえない————

 みんなが、僕をどう殺すか話してるんなんて……


「何、私たちは共犯者……いえ、これは正義の裁きなのだから、恐れることは一つもないわ……」


 逢坂が、そんなことをするはずがない——————




 △ △ △



 お茶の中に入れられた睡眠薬のせいで、丘山は目を覚ましつつあったが、重いまぶたを上げることができなかった。

 まどろみの中で、忘れていた祖父の言葉や、見ないふりをしていた妻の表情、そして、取るに足らないことだと気にもとめていなかった部下たちの声が走馬灯のように過ぎる。


 今起こっていることが、夢なのか、現実なのかわからない……

 だが、逢坂の声を聞き間違えるようなことはない。


 祖父の代から秘書として、この丘山酒造にいて、幼少期には母の代わりのようなこともしていた。

 逢坂に言えば、なんでも手に入る。

 便利な小間使い。

 忠実な召使い。


 それが、どうして自分を殺そうとしている集団の中にいるのか……

 丘山は理解できなかった。


「刺し殺して、あの箱に詰めましょう。なに、このやせ細った体なら、折りたためば入るでしょう。呪いの箱の中で死んでいたなら、誰もが呪い殺されたと思うでしょう?」

「そうだな……そうしよう」



 副社長が呪いの箱を覆っていた布をよけて、常務が箱の蓋を開ける。

 この中では一応一番若い五十代の社員が、眠っている丘山を椅子ごと箱の前へ運ぼうと、近づいたその瞬間————


「ヒッ……」

「うわっ」

「や……」

「あぁっ」

「……くっ」

「ぎゃ」



 急に生温い風が吹いて、呪いをかけた六人は次々とその場に倒れていく。



「え……?」



 ようやくまどろみから目を覚ました丘山は、その光景に目を見開いて驚いた。

 人間が六人、床に転がっている。

 それも、全員、子供の頃から見知った社員たち……

 その中には、逢坂もいて————



 ————パタン


 呪いの箱の蓋が閉まる音がした。


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