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「マジかよ……」


 友野は、目の前の光景に驚いて、思わず声を出してしまった。

 このままそっと近づいて、正体を確認するつもりが、とんでもない。


 人喰い兎の正体が、狼男————いや、狼女だったなんて、誰に予想できただろう。

 人を喰らう妖怪は存在する。

 友野はてっきり、兎の妖怪だと思っていたのだ。


 だが、それは妖怪というより、異形のもの。

 普通の人間とは違う、異形のもの。

 妖怪のような霊的なものではない。

 特殊な力も必要なく、誰にでも見える、実体のある生物だ。


「誰? どうして、部外者が————」


 狼女————大神は友野に気づいて立ち上がり、振り向いた。

 その後ろに、どこか見覚えがある若い女がいることにも気がつく……


「……あなた————日輪さん?」


 それは、かつての教え子。

 あの日、食べ損ねた長谷川彩乃が生きていると言って聞かなかった、他の児童とはどこか違って、扱いにくい問題児。

 大っ嫌いな、陽子あいつに似ている日輪渚だ。

 面影がはっきり残っている。


 あの日、彩乃の霊が見えていなかった大神にとって、渚の発言は恐怖だった。

 もしかして、自分が普通の人間ではないことを見抜かれているのではないか、彩乃を殺したのは自分だと言われるかもしれないという恐怖から、つい他の児童が見ている前で手を上げてしまった。

 そのせいで、大神は一度この学校を追い出されたのだ。


「どうして……どういうこと!? なぜ、あなたたちここにいるの!?」

「……それはこっちが聞きたいです。大神先生……やっぱり、全部、あなただったんですね……長谷川さんを殺したのも……!」


 正面には友野と渚、後ろには驚いてはいるが、次の攻撃をしようと構えている結愛。

 子供とはいえ、結愛の空手の実力は一般人より強い。

 大神は観念したかのように、両手を上にあげた。



「ええそうよ。全部私。まぁ……あの子————彩乃ちゃんは耳しか食べられなかったけど……でも、誤解しないでくれる? 私、あの子の耳は食べたけど、殺してはいないわ」


 大神は一つため息を吐くと、残念そうな表情で全てを白状した。

 八年前、彩乃を食べたいという欲求が抑えきれず、襲ってしまったこと。

 だが、彼女は耳を噛まれた後、必死に大神から逃げてしまった。

 なんとか屋上へ追い詰めたが、そこから勝手に落ちたというのだ。


「どうせなら美味しくいただきたかったんだけど……夜が明けて来ちゃってね……私、朝になったらこの姿じゃなくて人間に戻っちゃう体質だから。人間の歯と顎じゃ、肉を噛み切るのは難しいのよ。あれは勿体無かった……梓ちゃんもそう。せっかく美味しく食べていたのに、思ったより早く梓ちゃんを探しに親が学校に来たから、隠したの」


 あとで残りを食べてから、美咲と同じ場所に埋めようとしていた。

 だが、それを生き物係の児童に発見されてしまったのだ。


「ひどい……!!」


 いくら格闘技が得意な結愛でも、まだ小学生だ。

 あまりの残酷さに、必死にこらえているが、泣き出しそうだった。


「これでいいかしら? もう私の話は十分でしょ? あまり気は進まないけど、この姿を見られたんだからこのまま返すわけにはいかないわ……そこの男、誰だか知らないけど、あんたからでいいわ」

「————……は?」


 大神は急に友野を指差して宣言する。


「とっても不味そうだけど、あんたから食べてあげる。次に、日輪さん。すっかり大きくなっちゃって……ますます汚くなってるけど、あの男よりはマシでしょう。子うさぎちゃんは最後ね。私、好きなものは一番最後に食べるタイプなの」


 何を言っているのかわからず、渚と結愛は顔をしかめた。

 友野は、唖然としていたが、何かに気がついてバカにしたように笑い出した。


「はははっ……こんなに頭のおかしい女は久しぶりだな…………大神先生、俺たちを殺して証拠をなくそうとしてる? 十五年前と同じく、地面に埋めて隠そうと?」

「ええそうよ。私、この姿は可愛くないから嫌いなんだけど、妖怪なのよ。妖怪を捕まえることなんてできないでしょ?」

「それは違う……見えてないんだろう?」

「は? 何を?」

「幽霊だよ……あんたが殺した、子供達の霊だ」

「霊? 何言ってるの? そんなもの、いるわけがないでしょ? バカじゃないの? これだから、男は嫌いな————……え?」



 友野に気を取られている間に、いつの間にか大神には銃口が向けられていた。

 人を何人か殺したかのような、強面の男が、大神が怯んだ隙に取り押さえる。

 銃を向けていたのは南川、そして、とらえたのは相棒の東だ。


「まさか、こんな化け物がいたなんてな————」

「ええ、今までは妖怪とか霊とか、法律が適応しない奴ばっかりでしたけど、これは人間ですから安心してください……ただの、普通の人間とは少し違う体質の人間です」

「くそ……放せっ……汚い手で私に触るな!」



 友野は悔しがっている大神を見下ろしながら、東にそう言うと、視線を古いうさぎ小屋の方に移した。


「ありがとう、梓ちゃん。君が呼んでくれたんだね……」


 梓の霊は頷き————


「————十九時二十一分、犯人確保」


 ————美咲と彩乃の霊と一緒に、空高く登っていった。




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