4—3
「マジかよ……」
友野は、目の前の光景に驚いて、思わず声を出してしまった。
このままそっと近づいて、正体を確認するつもりが、とんでもない。
人喰い兎の正体が、狼男————いや、狼女だったなんて、誰に予想できただろう。
人を喰らう妖怪は存在する。
友野はてっきり、兎の妖怪だと思っていたのだ。
だが、それは妖怪というより、異形のもの。
普通の人間とは違う、異形のもの。
妖怪のような霊的なものではない。
特殊な力も必要なく、誰にでも見える、実体のある生物だ。
「誰? どうして、部外者が————」
狼女————大神は友野に気づいて立ち上がり、振り向いた。
その後ろに、どこか見覚えがある若い女がいることにも気がつく……
「……あなた————日輪さん?」
それは、かつての教え子。
あの日、食べ損ねた長谷川彩乃が生きていると言って聞かなかった、他の児童とはどこか違って、扱いにくい問題児。
大っ嫌いな、
面影がはっきり残っている。
あの日、彩乃の霊が見えていなかった大神にとって、渚の発言は恐怖だった。
もしかして、自分が普通の人間ではないことを見抜かれているのではないか、彩乃を殺したのは自分だと言われるかもしれないという恐怖から、つい他の児童が見ている前で手を上げてしまった。
そのせいで、大神は一度この学校を追い出されたのだ。
「どうして……どういうこと!? なぜ、あなたたちここにいるの!?」
「……それはこっちが聞きたいです。大神先生……やっぱり、全部、あなただったんですね……長谷川さんを殺したのも……!」
正面には友野と渚、後ろには驚いてはいるが、次の攻撃をしようと構えている結愛。
子供とはいえ、結愛の空手の実力は一般人より強い。
大神は観念したかのように、両手を上にあげた。
「ええそうよ。全部私。まぁ……あの子————彩乃ちゃんは耳しか食べられなかったけど……でも、誤解しないでくれる? 私、あの子の耳は食べたけど、殺してはいないわ」
大神は一つため息を吐くと、残念そうな表情で全てを白状した。
八年前、彩乃を食べたいという欲求が抑えきれず、襲ってしまったこと。
だが、彼女は耳を噛まれた後、必死に大神から逃げてしまった。
なんとか屋上へ追い詰めたが、そこから勝手に落ちたというのだ。
「どうせなら美味しくいただきたかったんだけど……夜が明けて来ちゃってね……私、朝になったらこの姿じゃなくて人間に戻っちゃう体質だから。人間の歯と顎じゃ、肉を噛み切るのは難しいのよ。あれは勿体無かった……梓ちゃんもそう。せっかく美味しく食べていたのに、思ったより早く梓ちゃんを探しに親が学校に来たから、隠したの」
あとで残りを食べてから、美咲と同じ場所に埋めようとしていた。
だが、それを生き物係の児童に発見されてしまったのだ。
「ひどい……!!」
いくら格闘技が得意な結愛でも、まだ小学生だ。
あまりの残酷さに、必死にこらえているが、泣き出しそうだった。
「これでいいかしら? もう私の話は十分でしょ? あまり気は進まないけど、この姿を見られたんだからこのまま返すわけにはいかないわ……そこの男、誰だか知らないけど、あんたからでいいわ」
「————……は?」
大神は急に友野を指差して宣言する。
「とっても不味そうだけど、あんたから食べてあげる。次に、日輪さん。すっかり大きくなっちゃって……ますます汚くなってるけど、あの男よりはマシでしょう。子うさぎちゃんは最後ね。私、好きなものは一番最後に食べるタイプなの」
何を言っているのかわからず、渚と結愛は顔をしかめた。
友野は、唖然としていたが、何かに気がついてバカにしたように笑い出した。
「はははっ……こんなに頭のおかしい女は久しぶりだな…………大神先生、俺たちを殺して証拠をなくそうとしてる? 十五年前と同じく、地面に埋めて隠そうと?」
「ええそうよ。私、この姿は可愛くないから嫌いなんだけど、妖怪なのよ。妖怪を捕まえることなんてできないでしょ?」
「それは違う……見えてないんだろう?」
「は? 何を?」
「幽霊だよ……あんたが殺した、子供達の霊だ」
「霊? 何言ってるの? そんなもの、いるわけがないでしょ? バカじゃないの? これだから、男は嫌いな————……え?」
友野に気を取られている間に、いつの間にか大神には銃口が向けられていた。
人を何人か殺したかのような、強面の男が、大神が怯んだ隙に取り押さえる。
銃を向けていたのは南川、そして、とらえたのは相棒の東だ。
「まさか、こんな化け物がいたなんてな————」
「ええ、今までは妖怪とか霊とか、法律が適応しない奴ばっかりでしたけど、これは人間ですから安心してください……ただの、普通の人間とは少し違う体質の人間です」
「くそ……放せっ……汚い手で私に触るな!」
友野は悔しがっている大神を見下ろしながら、東にそう言うと、視線を古いうさぎ小屋の方に移した。
「ありがとう、梓ちゃん。君が呼んでくれたんだね……」
梓の霊は頷き————
「————十九時二十一分、犯人確保」
————美咲と彩乃の霊と一緒に、空高く登っていった。
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