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 * * *



「————色情霊しきじょうれいですか? それとも……サキュバス? いや、日本の霊だから……牡丹燈籠ぼたんどうろう? うーん、それだとちょっと違うかな?」


 住職から聞いた話を渚にしたところ、知ってる妖怪や怪談話を口にし出して、いる様子に友野は呆れるしかない。


「色情霊の一種だと思うよ。あの絵に封印されていたのを、小宮さんが解いてしまったんだ……」


 色情霊といえば、人間の生気を奪う霊だ。

 小宮はそれに取り憑かれてしまい、逃げようとしたところで運悪く事故にあってしまったのだろう。


「うーん、だとすると、絵の中にいたその色情霊さんはどこに行ったんでしょう?」

「どこにいるかはわからないけど、探す方法なら検討がついているよ……」


 友野は下の階を指差した。


「小宮さんもスナック夜蝶の常連だった。最初の被害者が小宮さんだったなら、虎一匁事件の犯人もその色情霊だろう……」


 被害にあった五人はスナック夜蝶の常連客。

 さらに渚の友人がホテルで目撃した女の霊。

 腐敗の早い変死体というところも、全てが一致している。


「これ以上常連客に被害者が出たら、夜蝶だけじゃなくてウチも危ないし、この辺りで止めないとね……」


 友野はもう一度夜蝶へ行き、店のスタッフから情報を集めることにした。


「最後の被害者が発見されたのは五日前だ。そろそろ次のターゲットに憑いてるんじゃないかな?」


 生気を搾り取られる前に、もう一度封印しなくては————



 □ □ □



 蝶子は友野と渚が上でそんな話をしている間、常連の客の行動を思い返していた。


「小宮さんは百恵ちゃん、相田あいださんはさつき、岡部おかべさんはユッコのお客だったわね……」


 被害にあった常連客はみんなよく飲み、よく食べて店にお金を落としてくれていた。

 独身、バツイチ、結婚している人もいる……

 年齢は四十代から五十代……


「あれぇ……秋山あきやまさんちょっと痩せたんじゃないですかぁ?」

「へへへ……そうかい?」


 カウンターで考え事をしていた蝶子の耳に、そんな声が届く。

 今来店したばかりの、常連客・秋山と百恵の会話だ。


「いやぁ、最近いい女と知り合ってねぇ……これがなかなか、すごい美人で」


 だらしなくデレデレと鼻の下を伸ばしながら、そのいい女について語る秋山。

 確かに先週来店した時より、秋山は痩せたように見える。


「俺ももう歳だと思ったけど、あんないい女に誘われたら、たたないなんて言ってられないよぉ」

「やだぁ〜! 秋山さんったら、お盛んね!」

「百恵ちゃんもどうだい? 今なら大サービスしちゃうよ?」

「もー! ここはそういう店じゃないですよぉ!」

「へへへ……」


 秋山はもうすでにどこかで飲んできているのだろう、シラフの状態ではないようだ。

 少しよろめきながら、椅子に座って浴びるようにハイボールをものすごい勢いで飲み始めた。


「今日もすごい飲み方ね……」


 秋山の飲み方は凄まじい。

 そのくせ、以前タクシーの運転手に乗車拒否されたこともがあると嘆いていたことを思い出し、呆れながら蝶子は秋山から視線を移して、あのトイレのドアの方を見る。


「え……?」


 ドアが開いて隙間から誰かがのぞいていたような……そんな気がした。

 だが、トイレ前の電球が点滅していて、そろそろ消えそうだから、そう見間違えたのかも知れないという考えに至る。

 いくら友野から怪しげな話を聞いているとはいえ、自分には見えルはずがないと……


「おうおう、俺トイレー!!」

「はいはい、ごゆっくり〜!」


 蝶子が動揺しているのを落ち着かせようと、タバコをくわえたところで、秋山がトイレ宣言をしてふらふらとおぼつかない足取りでトイレの中へ入っていく。


 ————バタンッ


「……ママ? どうかしました?」


 不意に声をかけられて、振り返ると友野と渚がいた。


「あぁ、いらっしゃい……珍しいわね、大先生がこんな時間に来るなんて……それに、お嬢さんも————えーと、ナギちゃん? だったかしら?」

「あれ? なんかママ、すごい汗かいてない? どこか具合でも悪いんですか?」

「……いや、その……っ、今、ね」


 蝶子は震えながらトイレの方を指差さす。


「誰か、いた気がしたの。————花魁のような姿で……」


 秋山が中へ入った瞬間、開いた扉の向こう側に花魁のような着物を着た女が蝶子には見えた気がした。


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