第三章 もう一人

3—1


 あれは確か、一ヶ月ぐらい前のことです。


古島こじまちゃんさ、昨日の夕方くらいに駅前のスーパーにいなかった?」

「駅前のスーパー?」


 久しぶりに友達二人と会って、表通りのカフェで食事をしていたらそう聞かれたんです。

 でも、私、その日は家で一日中ゴロゴロしてただけだから、外になんて一歩も出てなくて……


「何それ、行ってないけど?」

「えーそう? 似てる人だったのかな? 真剣にトマト選んでなかった?」

「は? 絶対それ私じゃないでしょ。トマトなんて買わないよ、私トマト嫌いだし」


 トマトが嫌いな私が、トマトなんて買うわけがないでしょう?

 その時は、他人の空似だって話になったんですよ。

 でね、もう一人の友達が言ったんです。


「あんたが見間違うってことは、相当似てたんじゃない? ほら、世の中にはさ自分に似てる人が三人いるっていうじゃん? きっとそれだよ」

「なにそれ、三人もいんの? この顔が?」

「それか、ドッペルゲンガーってやつじゃない? ほら、見たら死んじゃうやつ」

「じゃぁ絶対そいつに会っちゃダメじゃん! トマト売り場に近づかないようにしないと」


 なんて話して、くだらない話で笑いあってたんですよ。

 その時は、ただの話のネタくらいにしか思ってませんでした。

 ドッペルゲンガーなんているわけないし、単純に見間違えだろうと。


 だけど、その後、元彼にも同じようなこと言われて……


「あのコンビニにいただろう」——とか。


 それも全く言った覚えのない場所だったんです。

 それから、全然知らない小学生の女の子にも声をかけられて……


「先生、こんにちは!」って……


 先生って何?

 誰この子って、とりあえず挨拶しかえしはしたけど、怖くないですか?

 そんなことが立て続けに起きたんですよ。

 これはもう、マジで似てる人がいるんじゃないかって、さすがに思うじゃないですか?


 で、行きつけの店から出た時、今度はまた全然知らない女の人……背が低くて、私より少し年上の人に話しかけられたんです。


「三好先生……」って。


 いや、マジで意味わからなくて、聞いてみたんですよ。


「私、そんなにその人に似てるんですか?」

「ええ、よく似ていますよ。あまりにも似ていて……本当に、本人じゃないんですよね?」

「だから、違いますって……私は、三好じゃなくて古島です」


 写真も見せてくれて……

 それがもう、本当にそっくりで……小学校の先生をしているって聞きました。

 あーだから、小学生に話しかけられたんだって納得したんです。


 それでね、言われたんですよ。

 ちょっとしたお小遣い稼ぎをしませんかって……

 なんでも、自主映画の撮影をしているらしくて、撮影中に私にそっくりなその人が最後のシーンの前に怪我しちゃって撮影が止まってるとかで……


 代役で出てくれないかって……

 それで、駅のホームに立っている役者さんの背中を押して欲しいって。

 もちろん、その役者さんはスタントマンだから安心して、合図をしたら勢いよく押して欲しいって……


 まぁ、それだけでお金が入るなら別にいいかなって……

 実は私、妊娠しててたみたいで、お金が必要だったんです。

 何かと入り用でしょう?

 今の彼氏の稼ぎだけじゃ、やっていけそうもないし。


 あ、もちろん、妊娠がわかってからはお酒は飲んでませんよ?

 付き合いで行ってるだけなんで……







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る