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□ □ □
向井は、親戚が国会議員ということもあってか、運ばれた病院でも優遇されていた。
まるでホテルのような、豪華な造りの個室のベッドの上で目を覚ましたのだが、まだ自分に何が起きたのかよくわかっていない。
そこが病院のベッドの上であることは、点滴や薬品の匂いからなんとなく察したものの、こういう場合近くにいるはずの付き添いの人間は誰も室内にはいなかった。
そのかわり、ドアの向こう——病室の外の廊下から両親の声は聞こえていた。
『あんたがうちの息子をこんな目に合わせたんでしょう!』
誰かと言い争っている。
まだぼんやりしていて、はっきりとしない意識の中で、そう向井は思った。
両親の声が大きくて、相手の声は聞き取りにくいが、酷い言葉で誰かを罵っている。
「か……さ……」
自分が目覚めたことを伝えようと、口を動かしたのだが、喋るのは難しかった。
仕方がなくナースコールを探して押そうと右手を動かした瞬間、ベッドのすぐ右横にある別のドアが静かに開く。
特別個室専用の洗面所のドアだ。
奥にはシャワーとトイレも完備されている。
「ど…………して……」
「どうして? それはこっちが聞きたいわ。あの状況で、まだ生きてるなんて——……しぶとい男ね」
現れた女は、向井が明らかに知っている顔だった。
「ねぇ、どんな気持ち? ホームに落ちる前に、顔を見たでしょう?」
「や……めろ」
女は手袋をした手で、向井の首手をかける。
細く小さな両手で力一杯、締め付ける。
「愛している人に突き落とされたなんて、どんな気持ちだった? 絶望した? 悲しかった? 辛かった? それとも、嬉しかった?」
「……っ……うぅ」
向井は抵抗しようにも、まだ思うように体が動かない。
ぎゅうぎゅうと締め付けられ、無理やり押し込まれる喉仏。
塞がれた気道の隙間から必死に息を吸い込もうとしても、間に合わない。
「わたしはね、楽しかったよ。信明のおかげで、毎日楽しかった。愛してたから、愛してたから、愛してたから、愛してる、愛してる……愛してるから——……死んで」
「…………」
向井の瞳から、涙がこぼれて枕に小さくシミを作った。
今度こそ、彼は殺された。
『この人殺し!! 二度と顔を見せないでちょうだい!』
『人殺し! とんでもない女だ!!』
病室の前の廊下では、まだ、両親が誰かを酷い言葉で罵っている————
□ □ □
「ですから、私じゃないんです……!! お願いです、一目だけでもいいので、ノブくん————信明さんに会わせてください!!」
「カメラにはっきり姿が映っていたのに、言い逃れするつもり!? なんて女なの……うちの信明がこんな酷い女と付き合っていたなんて!」
警察署を出てすぐ、共通の友人から向井の入院先を聞いて、三好は病室の前まで来た。
だが、警察から犯行の瞬間の映像を見せられていた両親はどうして三好が釈放されたのか納得がいかない。
当然、向井が眠っている病室には入れてもらえなかった。
「あんたがうちの息子をこんな目に合わせたんでしょう! しつこいわよ!」
向井が病院に運ばれたのは昨日。
だが、警察に連れていかれるまで一切恋人である三好がそのことを知らなかったのは、この両親が犯人だと思っている三好に知らせるわけがないからだ。
最初に警察から連絡が来た時、向井の両親は気が動転して連絡するどころではなかった上、少し落ち着いてから、連絡しようとしたその時、警察から防犯カメラの映像を見せられて、犯人に見覚えはないかと聞かれたのだから……
「この人殺し!! 二度と顔を見せないでちょうだい!」
「人殺し! とんでもない女だ!!」
上品な方だと思っていた義母は真っ赤な顔で声を荒げ、優しく温厚そうだと思っていた義父は三好に手を上げようとした。
完璧なアリバイがあるということで、三好は釈放されたが今は常に近くに刑事が張り付いている。
皮肉にも、その刑事が間に入らなければ三好は殴られていただろう。
病院側の方も、この騒ぎを聞きつつけて仲裁のために警備員を呼ばれてしまった。
「落ち着いてください。他の患者さんの迷惑になりますので……」
看護師がそう言った直後だった。
急に慌ただしく担当医と他の看護師が病室に向かって走ってくる。
「どいてください!!」
何が起こったのかわからず、両親は三好が入らないように前に立って塞いでいたドアから離れると、医師たちは勢いよくドアを開けた。
————ピーーーーーーーーーーーーーッ
高い電子音が、鳴り響いていた。
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