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 ▽ ▽ ▽



「もうこんな時間……」


 短時間のバイトとは違って、やることはとても多い。

 いくら忙しい職場とはいえ、まさか正社員となって二日目で、こんな時間まで働くことになるとは流石に思っていなかった。


 これなら、バイトのままの方が良かったんじゃないかと思いながら、もうみんな帰ってしまって、私のデスクのライトぐらいしかついていない真っ暗なオフィスから出たのは、午後十一時を過ぎたあたり。

 ヘトヘトになりながら、駅まで歩いていると、何かが私の前を横切っていった。

 白くて小さなその何かは、よく見慣れたあの子と同じ目をした二十日鼠。


「あら……こんなところで……」


 車通りは少ないが、こんなとこに出て来てしまっては、気をつけないと……なんて思っていると、もう一匹やって来て、なぜか私の目の前でピタリと止まった。

 そして、鼠は私の顔を不思議そうに見つめる。


「もしかして……いや、まさかそんなはずは……————」


 道路の真ん中で、鼠と視線があって……本当は、管理下に置かれていない鼠を直接触るのはあまりよろしくはない。

 でも、私を見つめるこの子は、もしかしたら、あの時ケージから逃げた子なのかもしれないと、私はしゃがんで手を伸ばしてしまった。


「君が抜け出さなければ、私はずっと、あそこにいたのかな?」


 命を扱う現場にいるのは、本当につらい。

 人間が生きるために犠牲になるとわかっていながら、連れて行かれるのを見ているだけでも、あんなに胸が苦しくなるのだから、きっと私には向いていなかったんだろう。

 なんども失敗を繰り返して、いなくなったら、別の子を使って……

 お前の代わりなんて、いくらでもいるのだと、私が言われているような気がしてしまう。


 きっと、私がいなくなった後、また新しいバイトを雇って、同じことをさせているに違いない。

 あぁ、でも、そう思うと、私もあの子たちと同じように、替えのきく人間なんだろうと思えてくる。

 いつか私じゃなきゃ、ダメだと言われることがしたい。

 そういう人間に、これからでもならなきゃ……


「逃げ出してくれて、ありがとう……————」


 あんな職場のことより、これから先のことを考えよう。

 本当に、失敗ばかりの人生だけど……これから、ここから変えていけばいい。

 私を覚えていてくれて、選んでくれた先輩のためにも、頑張らなきゃ。


 鼠から手を離して、もう一度立ち上がった。

 その瞬間、白い光が————————











 痛い。

 痛い。

 痛い。

 痛い。


 ねぇ、何が起きたの?

 ねぇ、ここはどこなの?

 ねぇ、あなたは誰なの?


 ねぇ……

 ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ


 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?


 苦しい。

 苦しい。

 苦しい。

 苦しい。

 息ができないの。


 ねぇ……

 ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ


 教えてよ……

 教えてよ……


 どうして、私を殺したの?



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