おいてかないで

九傷

おいてかないで

 


 12月24日、クリスマスイブ。

 街はネオンで賑わい、たくさんのカップルが腕を絡ませ、幸せそうな笑顔を作っている。

 そんな中、俺は一人、駅前の銅像の前で佇んでいた。



「…………」



 今の俺は、周囲のカップルの目にはどう映っているだろう?

 長時間同じ場所に立っている俺を不審に思うだろうか?

 ……いや、幸せそうな彼ら彼女らにとっては、眼中にないのかもしれない。


 俺はポケットからスマホを取り出し、現在時刻を確認する。



(18時30分か……)



 つまり俺は、もう2時間半以上もここにつっ立っていることになる。

 我ながら、よくもまあこの寒い中諦めもせず待ったと言いたい。

 しかし、流石にそろそろ諦め時だろうとは思う。



(信じたくはないけど、やっぱりそういうことなんだろうな……)



 スマホのチャットアプリには、俺からの一方的なメッセージログしか残っていない。


 おーい、まだかー!

 もしかして、何かあった?

 どうしたんだ? 連絡をくれ!


 そんなメッセージが30分ごとに送られているが、返信は一切ない。

 メッセージには既読表示が付いているのに、何の反応もないのだ。


 ただ遅れるだけであれば、何らかの反応があるハズだ。

 寝ていたとかでメッセージを見れていないのであれば、既読は付かないハズ。

 では、読んだ上で俺のメッセージを無視する理由はなんなのか?

 そこには、無言のメッセージが込められている気がした。



(でも、よりにもよってこのタイミングは酷くないか?)



 現実的に考えれば、まずフラれたと考えるべきであろう。

 しかし、そのタイミングが余りにも残酷過ぎるのではないだろうか。

 何もクリスマスイブに……と思わずにはいられない。


 心が折れてしゃがみ込みたくなるのをなんとか堪えつつ、俺はあと30分だけ待つことにした。

 それでもダメなら電話をしてみて、それでもダメなら……、クリスマスケーキでも買って家に帰ろう。





 ――――二日後。



 トラウマレベルのクリスマスを過ごした俺は、今日もスマホを見つめながらウジウジとしていた。

 あれからも何度かメッセージを送ってみたが、やはり既読は付くものの返信は無し。

 電話もかけてみたが、結局繋がることはなかった。

 コール音は鳴るので着信拒否にはされていないようだが……、いっそ着信拒否にして貰った方が諦めもつくというものである。



(……直接アイツの家に行ってみるか? ……いや、流石にそれはキモイか)



 アイツ――董子すみれこの家には何度かお邪魔しているため、場所はわかっている。

 しかし直接押しかけて、嫌悪の表情を向けられでもしたら……、俺はもう立ち直れないかもしれない。

 そう思うと、行動に移すことはできなかった。



(それに、もしかしたら俺以外に彼氏ができていて、今も董子の部屋で……なんて、それは流石にないか)



 董子は、そういう器用な真似のできる女ではない。

 付き合い始めて2年程度でしかないが、そのくらいのことは理解しているつもりだ。

 そして彼女のことを知っているからこそ、今回の彼女の行動に少し違和感を覚えている。



(……そもそも、なんで董子は俺と別れようと思ったんだ?)



 自分がフラれることに心当たりはない。

 フラれるときなんてそんなものかもしれないが、何の前兆も無いというのはおかしい気もする。

 仮に何か原因があったとしても、董子の性格から考えれば、直接会って伝えてくると思うのだが……



 ブルブル ブルブル



「っと」



 スマホをいじっていると、急に画面が切り替わり着信が入る。

 一瞬董子からかと思ったが、表示されている名前は別の友人の名前だった。



「もしもし」

『あ、角谷すみや君、今平気?』

「ああ、平気だけど」

『董子のことなんだけど、もしかして今一緒にいたりする?』

「っ!? い、いや、いないけど」



 董子の名前が出てドキリとする。

 電話口の彼女は董子の友人でもある為、名前が出ること自体はおかしくないのだが、タイミング的に動揺してしまった。



『……本当に? 何か隠してない?』

「ほ、本当だよ。俺だってその、連絡が付かないんだから」

『え!? じゃあ、角谷君も連絡取れてないってこと!?』

「っ!?」



 も……? 今彼女は、角谷君と言ったよな?

 それって、彼女も董子に連絡が取れていないってことなのか?



「ちょっと待って! じゃあ董子は高橋さんの電話にも出ていないってこと!?」

『うん……。〇インには既読が付くんだけど……、角谷君も同じ状態?』

「ああ……」



 どういうことだ?

 俺は董子からの無言の意思表示だと思っていたが、高橋さんにまで同じ行動を取っているのは流石におかしい。

 一瞬、〇インの画面を開きっぱなしにしている可能性もあるかもと思ったが、俺だけでなく高橋さんの個人チャットまで同じ状態なのであればその可能性も低い。



『どうしよう角谷君……。私、凄く不安になってきた……』

「わかった。俺が董子の家に直接行ってみるよ」

『本当!? お願い角谷君、董子の様子を見てきて!』

「ああ」



 返事を返し、通話を切る。

 俺は速やかに身支度を整え、部屋を飛び出した。





 ………………………………



 ……………………



 …………





 董子の住んでいるアパートは、都心から離れた町の、静かな住宅街にある。

 俺の住んでいる場所からは6駅離れた場所にあるので、ここまでおよそ1時間ほどの時間がかかった。

 来るまでに何度か連絡を入れてみるも、やはり既読は付くが返信はなし。

 さっきまではこれに虚しさを感じていたというのに、今は焦燥感の方が強くなっている。



(董子……、無事でいてくれよ)



 心の中で祈りながら、備え付けのインターフォンを押す。

 静まり返った廊下に、ピンポーンという電子音が鳴り響く。

 ドアの向こうに、人が動く気配はなかった。



(留守、なのか……?)



 開くとは思えないが、ドアノブを回してみる。

 すると、ガチャリという音をたててドアが開いた。



(鍵が、かかっていない?)



 留守でも留守じゃなくても、鍵がかかっていないというのは不自然だ。

 女性の一人暮らしで、そんな不用心なことをするとは到底思えない。

 やはり、何かあったのか……?


 恐る恐るドアを開いて中を覗き込む。

 電気は付いていない。



「董子ー! いるのかー?」



 声をかけてみるも、反応はない。

 病気か何かで倒れている可能性もあるため、俺は慌てて中に入り込む。

 しかし……



(いない……。留守だったのか?)



 いや、入ってきた時確認したが、董子の靴は玄関にあった。

 だから出かけている可能性は低い。


 そう思い、俺は風呂場やトイレを確認する。

 しかし、董子の姿はなかった。



(ってそうか、別に靴があったからって、出かけてないとは限らないか)



 ちょっと近所のコンビニに行く程度であれば、履きやすい草履か何かで外に出る可能性は十分にある。

 そう考えれば、鍵がかかっていないことにも納得がいく。……不用心ではあると思うが。


 俺はひとまず外に出て、董子が帰るのを待つことにした。

 このまま中で待っていようかとも思ったが、帰ってきたら誰かが家にいたなんて状況、叫ばれてもおかしくないのでやめておいた。


 それから、30分程待った。

 しかし、董子が帰ってくる気配はない。

 ちょっと出かけたにしては、流石に時間がかかり過ぎている。



(電話、かけてみるか……)



 今までと同じなら、董子が出ることは恐らくないだろう。

 しかし、もし近くにいれば着信音くらいは聞こえるかもしれない。

 そう思い電話をかけてみると――



 ~~♪ ~~♪



 ややくぐもったような音楽がどこからか聴こえてくる。

 何の曲かは聞き取れないが、着信音のようだ。



(この近くにいるのか?)



 そう思い周囲を確認しに行くが、音は逆に遠ざかってしまった。

 元の場所に戻ると、再び音が聞こえてくる。



(まさか、中から聞こえているのか?)



 そう思いドアに耳を当てると、確かに中から音が聞こえているような気がする。

 不審者と間違われるリスクはあるが、俺はもう一度部屋の中に入ってみることにする。


 部屋の真ん中まで来ると、さっきよりも鮮明に着信音が聞こえてきた。

 しかし、具体的にどの辺りから聞こえてきているかがわからない。

 ベッドにも、化粧棚にも、スマホらしきものはない。

 まさかと思いベッドの下を見ると、着信音が少し大きく聴こえた気がする。

 ただ、肝心のスマホはベッドの下にはなかった。



(……下の方から聞こえているのか?)



 顔を床に近づけると、音が鮮明になる気がする。

 しかし、整理された床にはそれらしき物は見当たらない。



(……ん?)



 床を這うように音を探っていると、どうも壁際の畳辺りが一番音が鮮明に聞こえるようだ。

 一見すると何もない畳だが……



(……迷っていてもしょうがないし、やるか)



 俺は意を決して畳を外してみることにする。

 物が乗ってなかった為、外すのは容易であったが、そこには――



ふた? なんだコレ……)



 畳を外すと、そこには床下収納庫の扉のようなものがあった。

 一体何故こんなものが? と疑問は浮かぶが、どうにも着信音はこの中から聴こえているようである。

 少し警戒をしつつ蓋を開けてみると、そこには――古びた梯子はしごがあった。

 どうやらコレは、地下室へと続く扉だったようである。



(ということは、まさかこの下に董子が?)



 着信音は確かに地下から聴こえてきているようである。

 しかし、何故こんな地下に……?



「おーい! 董子! いるのかー!」



 俺はまず声をかけてみることにするが、返事は返ってこず、自分の声が反響するだけであった。



(もしかしたら、地下に降りる際に落下してしまったとか?)



 これだけ暗ければ、足を踏み外す可能性も十分にある。

 もし地下で倒れているとしたら……そう思った俺は、迷わず梯子を下りていた。


 スマホの光を頼りに慎重に下っていく。

 意外にも結構な深さがあったが、十数秒ほどで床に足が付いた。


 地下室にはスマホの着信音が鳴り響いている。



「董子ー! いるのかー!」



 もし床に倒れていたりしたら踏んでしまうため、慎重に足を進める。

 地下室の全体像はわからないが、それなりには広いようだ。



「董子ー」



 声をかけながら、ゆっくりと奥へ進んでいく。

 すると、足の裏に何か湿った感触を感じる。



「ひぃっ!」



 思わず声を漏らしてしまった。

 素足だったため、強い嫌悪感が全身に走る。



(な、なんで床が湿っているんだよ……)



 もしかして、地下だから水でも湧き出しているのだろうか。

 あるいは、下水か何かが漏れている?


 少し怖いが、スマホを照らして確認してみることにする。


 すると、スマホの明かりに照らされ、





 何か――――足のようなものが見えた。





「ひぃぃぃ!?」



 病的な真っ白な足の指先が見え、俺は驚きのあまり尻餅をついてしまった。

 尻にジワリと何かが滲み、不快感がこみ上げてくる。



「す、董子……?」



 どうやら、俺の目の前には誰かが立っているようだ。

 それが董子かどうかはわからないが、心当たりがあるのは董子しかいない。

 だから声をかけたのだが……、目の前の誰かからは返事が返ってこなかった。


 俺は意を決してスマホのライトを前に掲げてみる。


 ライトに照らされて姿を現したのは、白装束に身を包んだ長髪の女だった。



「――――っ!」



 またしても漏れそうになった声を、今度は歯を食いしばってなんとか堪える。

 董子、ではないハズだ。

 董子はこんな長髪ではないし、もっと健康的な肌色をしている。

 じゃあ、この女は誰だ?



「あの、誰、でしょうか?」



 尋ねてみるが、返事は返ってこない。

 当たり前だ。さっきからアレだけ声をかけているのに、何も反応がないということ自体、少しおかしい。


 段々と恐怖感がこみ上げてくる。


 もしかしたら、この女は殺人犯か何かで、董子はその手にかかっていたとしたら?

 ……スマホの着信音は近くから聴こえるが、董子の安否は不明だ。

 色々と考えが巡る中、ふと視線を女の手の辺りに落とす。

 そこには、大量の髪の毛のようなものが握られていた。



 根源的な死への恐怖、そして得体のしれない女の姿に、俺の感情は爆発した。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」



 這うようにして梯子の元へと戻ろうとする。

 すると、途中で何かに引っかかった。

 構うものかと無視して行こうとするが、ふと何かに気づき足を止める。



(今の、何か人のような……)



 恐る恐るスマホのライトを向けると、それは本当に人のようであった。

 嫌な予感が頭を過るが、腕は勝手にその人の顔を確認しようとする。


 董子だった。

 目を大きく見開き、酷い顔をしている。

 彼女は既に冷たくなっており、息もしていなかった。

 そしてその手には、着信音の鳴り響くスマホが握られていた。



「っっっっっっーー!」



 声にならない叫び声を上げ、その場から飛び退く。

 恋人の死体を見るというあまりに衝撃的な状況にありながらも、それ以上の死の恐怖により、なんとかその場から離れようと、梯子へと向かい必死によじ登る。

 そして異変に気付く。

 開きっぱなしで下りてきたハズの蓋が、何故か閉まっているということに。



 よくよく考えれば、最初からおかしかったのだ。

 董子が地下室にいるのであれば、蓋を閉めたり、畳を元に戻したのは誰なのか?

 そんな当たり前の疑問に気づくことなく地下室に下りてきたことが、そもそもの間違いだったと気づかされる。



(外にもう一人、誰かいる!?)



 閉まった蓋を押し開けるように、必死で力を込める。

 しかし、何か重いモノでも乗っているかのように、蓋はビクともしない。

 やはり外に誰かがいて、この蓋を押さえつけているのだろうか?

 それとも、超常的な何かがおきているのか?


 深い絶望感が頭を支配し、体が勝手に震えてくる。

 その時――



 ピコピコ♪



 左手に握っていたスマホから電子音が聞こえる。



(もしかして、高橋さんか!?)



 先程電話でやりとりした高橋さんが、心配になって連絡をくれたのかもしれない。

 彼女に事情を伝えれば、もしかしたらここから脱出できるかもしれない!


 絶望に差した希望の光に飛びつくよう、俺はスマホの画面を確認した。

 しかし……、そこに表示されたメッセージは高橋さんのものではなかった。


























 董子『おいてかないで』





「っ!?」



 あまりの動揺に、スマホを取り落としてしまう。


 死んだはずの董子からのメッセージ……

 そうだ……。おかしな点はもう一つあった。


 何故、死んでいるハズの董子が、チャットアプリを既読にできるのか。

 画面が開きっぱなしだったとしても、複数トークに既読を付けることはできないハズ。

 さっきの白装束の女が勝手に見ていた?

 ……いや、スマホは董子の手にしっかりと握られていた。

 わざわざ見るたびに董子の手に持たせ直していたとは思えない。


 じゃあ、一体どうして……?







「おいてかないで」



 今度は、耳元で声が聞こえた。

 その声は董子のものだったのか、それとも他の誰かのだったかはわからない。

 ただ、俺の意識はそこでプッツリと途切れてしまった。







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おいてかないで 九傷 @Konokizu2

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