第拾壱幕 暁光

「お地蔵様は!?」


「見つける前に奴が……!」


 舌打ちする透。四人は鵺から逃げ、教室棟の一階を走っていた。


 状況は最悪だ。意識はあるけど椎名はもう無茶出来ない。お地蔵様は見つからず、さらに状況を悪くしているのは鵺が巨体を活かして校舎に体当たりを繰り返していることだ。もはや弄ばれているようにしか見えない光景に、さすがの透も笑顔ではいられない。


 おそらく花子さんは倒されてしまっただろう。もう加護はない。


「ちっ……味な真似を」


 帯刀したままの流華は頼もしく見えるが、自分たちと同じように化け物相手には無力だ。人体模型は物体として存在していたからこそ勝利出来たのだ。


 透よ……考えるんだ……こんな時はどうするべきか……。


「……実習棟へ行く! 多少は校舎が保つはずだ!」


 三人に叫んだ透は、すぐ横のドアを抜けようとしたが、そのドアの反対側に切り刻まれた女がいることに気付いた。待ち伏せしていたようだ。


 掃除用具が入ったロッカーをドアの前に倒し、二人へ二階に行くよう合図した瞬間、ドアが激しく揺れた。


「そちらさん、ずいぶんと気が短いね!」


 精一杯の嫌味。それに憤怒したのか、中央階段がレンガのように崩れ、鵺の巨体の一部が顔を出した。流華が先行していたが、崩れる瞬間に飛び退いたため難を逃れた。


「クソッタレ! そこまで出来るなら最初からやれよ!」


 毒づく透だが、鵺は何も言わない。


「南階段しかない! 急げ!」


「また壊されるのでは!?」


「行くしかないだろ!」


 蓮を促し、透はもう一度椎名をしっかりと支える。


「走るからな、少し我慢しろよ」


「はは……意外にも良い男じゃん」


「そいつは吊り橋効果ってやつだね。行くぞ!」


 蓮は透の反対側に回り肩を貸す。流華は伏兵を探るために二人より先行した。その時、旧実習棟に通じるドアが開き、切り刻まれた女が現れた。女は切っ先が欠損した刀を構え、四人に向かって走り出した。


「……私とサシでやろうっての? 良い度胸してんじゃん!」


 流華は蓮と透の制止を無視すると抜刀し――駆け出した。自然と口が緩む。曾祖母は軍刀だったけど、祖母もまた刀を握っていた。祖母に幼い頃から叩き込まれたのは剣道だが今は――竹刀とは違う、本当の死合いだ。


 切り刻まれた女は速度を落とさずに下から流華の右手を斬り上げ――空を斬った。対して流華は前敵に向かって斬上げてくると予想し、斬合う瞬間にスライディングで斬撃を躱すと、切り刻まれた女の右側面に回り込み――反応が遅れた女のうなじに木刀を振り下ろした。


「南無三!!」


 木刀は切り刻まれた女のうなじにめり込むと、その身体を斬り飛ばした。その威力は左腕が千切れるほどで、切り刻まれた女は男子トイレの手前に倒れ込んだ。人なら大怪我だが、相手が相手だ。流華は落とした刀を奪い、固まっている三人に叫ぶ。


「何固まってんの! 急いでよ!!」


 頼もしい女性の姿に言葉をなくした二人はやや遅れて頷いたが、上がっている途中に階段を壊されるんじゃないか、という恐怖に足が進まない。そのまま躊躇していると、案の定、南側非常口と壁を砕いて鵺が顔を出した。驚く四人に目もくれず、背中から骨格標本とくせ毛のテケテケを降下させた。


 その追撃隊は脅威でもあるが、それよりも階段を上がれることが証明されたことの方が大きく、四人は血追撃隊に大した反応を見せずに階段を駆け上がった。


「最初から出張れば良かったのにねぇ!」


「そうされたら俺たちは終わりますよ! コンクリートの教室棟を壊せるほどの――」


 蓮はそこまで言って、翳が校舎の外周で走っていることを思い出した。


「透、翳さんを捜しに行きます! 二人を!」


「なっ……! この状況で?! 無茶を……」


「二手に別れれば追撃隊も二分出来ます!」


 蓮は流華にもそれを伝えると、崩れた中央階段から一階に飛び降りた。


「お前正気か!?」


 思わず透は叫んだが、今は二人を心配している余裕なんてない。抜刀した流華を制止し、旧実習棟へ逃げ込んだ。


「流華、防火扉を!」


 流華が触れた防火扉は、中庭に通じる非常口を守るようにT字路全てに備え付けられている。扉を広げた流華は追撃隊の姿を視界から消したが、すぐにテケテケの咆哮と体当たりの衝撃が響く。


「こっちにも!」


 続いて第一視聴覚室前の廊下にも展開してもらい、テケテケたちの追撃を妨害するが、それを嘲笑うようにして非常口の壁が崩壊し、鵺の破壊的な顎が飛び出して来た。


 飛び散る破片と衝撃に吹き飛ばされた三人。椎名を庇いながら倒れた透だが、砕けた壁の一部が額にぶつかって来た。激痛が頭を襲い、透は薙ぎ倒された。

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