異界-2
テケテケから逃げるために駆け込んだのは職員室だ。ひしゃげた机や椅子が散乱する光景を見る前は我ながら良い場所に駆け込んだと思っていた蓮だが、判断を誤ったかもしれないという不安に背中を殴られてしまった。
今更駆け込み場所を変える余裕などなく、視界を四方八方がむしゃらに飛ばした蓮は、辛うじて無事な机を見つけてその下に身を隠した。
一先ずの安堵と共に自分の傷を確かめる。肩の肉をごっそり持っていかれたが、幸いにも上層部だけのため、勢いが弱まった血をハンカチで拭い、無理矢理止血のようなこともしておいた。
そんな怪我の影響もあるが、校舎の様子が次々と変わる光景に加え、気味の悪さとテケテケの存在が蓮の精神を疲弊させる。震える四肢を投げ捨ててヒステリーを起こしたい状態ではあるが、その誘惑に抗えるほどの冷静さはまだ残っていた。
廊下から漂うテケテケの気配を警戒しつつ、見渡した職員室の中は誰かが暴れ回ったかのように荒れ果てており、机の引き出しから吐き出されたプリントや文房具が床に散乱し、中央に転がる机に至っては大きく凹んでおり、血痕のような黒い染みとテケテケの爪痕が刻まれている。その惨状に戦慄した蓮だが、血痕の側に血塗られたクシャクシャの紙を見つけた。
それは明らかに誰かが握り締めていたようで、放置されて長いのか埃と一緒に固まってしまっていた。また机の下に戻り、蓮は苦労しつつも何とかその紙を開いた。しかし、肝心の中身は染みの所為でほとんど判読することが出来ず、乱れた字でも辛うじてわかったのは「出られない」という部分だけだ。
「出られない……この校舎に閉じ込められた生徒は他にも……?」
その血塗られたメモが告げるのは、透が口にしていた行方不明事件だ。それと同時に、この空間に蓮と流華以外の誰かがいることが確実となったが、書いた人物の心当たりなどなく、部屋の惨状が嫌な想像を助長させ――。
ガシャン!!
嫌な想像を肯定するかのようなテケテケの物音に蓮は飛び上がった。あの化け物と出会してから何度も聞かされているが、大きな物音に慣れるような人間はいないだろう。相手を畏縮させるには抜群の効果だ。それは音で驚かせることを主体とするホラー映画のようなものだが、「びっくりした〜!」と感想を口にすればテケテケは我先にとやって来る。判断を誤れば、蓮も血塗れたメモの主と同じ末路を迎えてしまうのだ。
廊下から聞こえてくる物音を気にしつつ懐中電灯の光量を調整した蓮は、職員室の奥まで床を這う。引き戸を抜けてテケテケが現れた場合に備え、出来るだけ距離を取り、なおかつ初見では見えない位置取りを要求される。
「おや……? これは……」
コソコソと蟲のように這いつくばっていた時、床と見つめ合う肘にメモ帳がぶつかった。思わず口に出してしまったが、廊下にまでは聞こえない囁きに過ぎない。
二十秒ほどの沈黙を終え、蓮はそのメモ帳を手に取った。先ほどの血塗れのメモ同様に誰かが遺した手懸かりと信じながら身体を起こし――。
「あっ……!!」
メモ帳に気を撮られた迂闊な行動――積まれていた机を肩で押し倒してしまい、ガシャーン、と派手な轟音が本棟中に轟き、即座にテケテケの歓喜に満ちた咆哮が聞こえて来た。
今に押し寄せて来るテケテケへの恐怖に駆られた蓮は殴るように引き戸を退け――正面階段から飛び降りて来たテケテケと鉢合わせしてしまった。さらに、真横の暗がりからも別のテケテケが姿を現し――。
脳が理解するよりも先に、蓮は自らに迫った鉤爪を躱した。巨人に張り手でもされたのかと誤解するほどの勢いで倒れた蓮だが、その張り手は結果的に彼の命を現世に紡いでくれた。そんな無茶の代償は激痛だけだ。
滲む目を無視して引き戸を閉めたが、すぐさまテケテケによる体当たりを受けて引き戸は激しく凹み、その衝撃で蓮は後ろへ弾き飛ばされた。凹まされた引き戸は即座に悲鳴をあげ、亀裂が入ると同時に飛び込んで来たテケテケによって真っ二つに破壊された。
会いたかったと言わんばかりにテケテケは蓮を睨みつけると咆哮をあげた。それに対し蓮は床に転がる破片を掴んでがむしゃらに投げつけたが、テケテケには蟲が飛んで来た程度にしか感じなかったようで、構わずに蓮に向かって動き出した。
涎と床片を撒き散らしながら迫るテケテケに対し、机の脚を掴んで立ち上がった蓮は積み上げられた机や椅子を進路上に引き落としながら横長の職員室を駆けた。そのままもう一カ所の引き戸へ走ったが、二体のテケテケが手前に飛び込んで来たことで足止めされてしまった。
引き戸すらも力任せで解決しようとする単細胞だが、獲物の恐怖心を嬲って楽しむことは知っているようで、二体のテケテケはわざとジワジワ近付き始めた。
その時になって、蓮はテケテケのことをようやく凝視することが出来た。正面階段から飛び降りて来たテケテケの方は短髪で、ブレザーは最初に出会したテケテケと同じだ。どちらも口が惨たらしいほど裂けており、開けばガクン、と顎が落ちてしまうほどだ。その中では長い舌が陽炎のように揺らめいている。
遊ばれているうえに舐められている。
そう感じた蓮の心は絶望よりも苛立ちが勝った。その結果、絶望はせずに自分の周囲を見つめる余裕が生まれた。
よく見ろ……慢心なら……チャンスはある!
正面にはひっくり返された机が占領し、飛び越えるにしても垂直の机は無理だ。その左右は二体のテケテケが封鎖し、背後にはひしゃげた机と椅子の山だ。つまり逃げ場は無い。それでも、この状況を打開するための策を練るしか道はない。
何か出来ないか……どうにか……どうにか――なるかも……?
焦燥に駆られる身体に急かされながらも必死に突破口を見出した脳の指示は、僅かでも怯めば鉤爪の餌食になる危険な賭けだ。なおかつ、相手が賭け通りに動く保証もない。
それを実行するか決めかねる蓮を嘲笑うかのように、左右のテケテケは小さく跳ねては威嚇を繰り返す。
どのみち殺されるだけか……上等……!
愉快な威嚇を一瞥した蓮は、挑戦的な表情を大げさに浮かべると、左右のテケテケを見比べた。右か、左か、誘惑に応えてくれたのは――見知らぬ幼げな聲だ。
右へ……!
耳元で囁かれたその聲の真偽も心意も疑っている余裕はなく、蓮は右翼のテケテケに向かって走り――飛び上がったテケテケの真下をスライディングでくぐり抜けた。その動きに驚愕したテケテケは頭上でバランスを崩し、積み上げられていた机と椅子の中へ突っ込んでしまったが、もう一体はそれを無視して蓮を追いかけた。
怒りの咆哮に弾かれるようにして廊下へ出た蓮は、引き戸横に積まれていた机を勢いよく倒して足止めを試みたが、テケテケはそれを軽々と飛び越えてみせた。バカにするなと言うような叫びに背中を刺されたが、それを無視して正面階段を駆け上がった蓮は、天井からぶら下がる実習棟と書かれた矢印プレートに従った。
速く……もっと、もっと速く走らなければ……!
異様なほど長く見える廊下に冷や汗を撒き散らしながら走り、実習棟へ通じるドアが運良く開いていることを願いながら把手へ飛びついた。
「やった……!」
願いが届いたのかはわからないが、あっさりと開いたドアは蓮を快く迎え入れた。懐中電灯の明かりが書道室と用具室前の廊下を照らした。その真向かいには被服室も見えるが、実習室を一つ一つ確認する余裕などなく、蓮は背中でドアを叩き閉めるとその場から逃げ出した。その背後ではドアが凹み、テケテケの怒号が轟いた。
非難するような怒号を無視して角を曲がり――廊下の真ん中に立つ翳の後ろ姿を目にした。
「翳さん!!」
堪らず叫ぶと、彼女はくるりと振り返った。蓮の目に容赦なくライトが当てられたが、腕で目を庇いながら足を止めなかった。
「蓮くん、ストーップ!!」
そう叫んだ翳は、擦れ違う瞬間に蓮の腕を掴んだ。体格差もあって引き倒されそうになったものの、どうにかその動きを止めた翳は、追いかけて来たテケテケに気付いた彼女は蓮を連れてヒュルリと身を翻した。それとほぼ同時に飛び上がったテケテケは鉤爪を振り上げたが、躱されたうえに勢い余って二人の真横を通り過ぎてしまった。しかし、逃げる時間なぞ与えるか、と言わんばかりにテケテケは悶える蟲のように向き直り――転がって来た赤い筒を反射的に切り付けると、突然目の前が白くなった。
「はい! 煙に巻かせていただきまーす!」
蓮を連れて斬撃を躱した翳は、横の木箱に入っていた消火器を蹴りつけた。目の前に来たものは何でもやっつける単細胞が災いし、テケテケは切り裂いた消火器の煙に巻かれてしまった。何も見えなくなってしまった単細胞を置いて、翳は蓮と一緒にその場から退散した。
「単細胞にはちょうどいい目くらしだね」
翳はどこかで聞いたことがあるような捨て台詞を吐き捨て、新校舎へ通じるドアがある東側廊下を曲がり――第一視聴覚室前に立つ椎名を見つけた。
「うぉ!! おっ? お二人さん、こっちだ!!」
椎名の方も相当に驚いたようだが、第一視聴覚室へ入るようにすかさず叫んだ。翳はそれに従って蓮を中へ放り込んだ。肩が血まみれなことには気付いていたが、今は気遣っている余裕がない。
二人に続いて室内に飛び込んだ椎名は、翳が背中で閉めたドアの手前に備品棚を移動させた。もう一カ所のドアには、脱出に備えた小さい棚で塞いである。照明は室内にあるノイズだけのテレビを使っている。
「はは、お前さんたちもテケテケに追い回されたんだろ?」
「あなた……小瀬川さんですね? 無事で……良かった」
「おー? 心配してくれるのかー、サンキュ」
椎名の無事な姿に安堵した蓮は、その場で静かに尻餅をついた。それに対して椎名は心配されることへの感謝でカラカラと笑った。自分の身の安全を心配してもらえることは素直にありがたかった。この世紀末状態では尚更だ。
自分たちの状況が笑える状態かどうかはともかく、流華から消息不明を告げられた椎名も同じ状況に陥っていたことは判明した。死体で発見……なんてことになっていたら、脱出どころか抗う気力すらも奪われていたかもしれない。
蓮は今頃になって空気を求め始めた心臓と肺を押さえつつ壁に寄り掛かると、二人の様子に目をやった。
椎名は表面上落ち着いているようだが、手と脚が微かに震えているうえに、腕に真新しい痣や切傷がある。本人が言っていたように、テケテケとやらに追い回されていたことは確かのようだ。何故かそれでも表情は明るい。
翳の方は以前にも見たことがある仕草、髪を弄くりながら廊下を気にしている。表情は見えなくてわからないが、彼女が髪を弄っている時は小説のネタを考えているか、風呂に入るか入らないかを決め――真剣に思案中ということだ。
「ん〜……厄介なことになっちゃったな〜」
翳は呟き、二人の方へ振り返った。
「確か……チミはルウの友達だねぇ? カリドールで擦れ違ったね」
「カリ……? あんた校外の人だろ? なんでこんな所に……」
「蓮君と付き合いがあってね〜旧校舎の取材というイベントに乗ったのさ〜」
「ああ……」と椎名は納得し、彼女の自己紹介を聞いた。椎名は小説を読まないため彼女の名前は知らなかったが、小説家という職業には妙に納得した。見るからに個性的で、好奇心の塊であるというシンパシーを感じたからだ。すると、翳はそのシンパシーを読んだのか、ジロジロと瞳を覗き込んだ。
「な〜んか、初対面とは思えないかも〜前世で姉妹だった〜?」
「それならあんたが姉貴だな、よろしく」
「前世姉妹説は面白いね〜」
「あたしは面白くないけどなー」
カラカラ笑う二人。
「あの、二人とも……今までどこにいたんですか?」
「おー、あたしは目を覚ましたらすぐにテケテケに追いかけ回されて……被服室に隠れてたよ」
「あたしは教室棟の三階にいたよ〜。物音と咆哮が聞こえたから、さっきの場所まで来たら〜蓮君と合流〜」
「……皆、目を覚ましたらこの校舎に閉じ込められていたわけですね」
「夕陽と変な化け物も見たぜ? 録画出来なかったけどな」
「内装も変わったしね〜? さっきまでおんぼろ校舎だったのに」
翳の発言に頷く椎名。彼女も校舎の変貌には気付いていた。
「なんか生活感があるんだよ。ベニヤはないし、埃まみれだった廊下もそれなりに綺麗だし……テケテケいるし」
「テケテケ……あの化け物の名称を?」
「ああ、下半身が見当たらない化け物にはピッタリだろー? ちと古臭い気もするけどな」
「いいねぇ、ノスタルジーだよ〜。さすがだよ〜しいな〜」
この異質な状況でキャッキャする二人に呆れつつも安堵する。発狂やヒステリーを起こされるより遥かにマシだ。
「まぁテケテケのことはともかくさ、その傷は手当てしないと後々面倒かもなー」
肩の傷を指摘され、蓮は血だらけのシャツを脱いだ。たっぷりと血を吸ったシャツは糊付けされた封筒のように肩の傷に引っ付いており、引き剥がす時も痛かったが、幸いにも乱暴された後にしては血が噴き出しているわけではかった。
「保健室は本棟にあるからなー。とりあえずこれを傷口に押し付けておけよ。血だらけのハンカチより断然だからなー」
椎名はバッグの中に入れていた洗濯済みのタオルを取り出し、蓮に放り渡した。
「おっと〜その前に〜傷口を洗っとこうね〜」
途中でタオルをひらりと受け止めた翳は、持っていたペットボトルの水を少しずつ傷口にかけ、清潔にしてからタオルを押し当てた。
「これが正しいかわからないけど、このタオルを蓮のベルトで固定しておくから」
翳はテキパキとタオルを固定した。
「へぇ〜、意外と鮮やかだなー?」
椎名は感心しながら、耳のビデオカメラでその手当てを撮る。
「小瀬川さん、それは?」
「これ? ビデオカメラ。取材用のなんだけど、生きてここを脱出出来たら投稿しようかなって。譚怪の海とかに」
「信じてもらえるかわかりませんが……。それよりも有益なものが撮れていたりしませんか?」
「どうだかなー」
かぶりをふった椎名は、ビデオカメラを耳から下ろし、バッグから別のビデオカメラを取り出した。テキパキとコードを接続し、撮った映像をもう一度確認する。
「入る前と……あたしが気を失って目を覚ましてから、今までのドキュメンタリーしかないよ?」
この状況を明確に説明出来る有益な情報源はなさそうだ。夕陽、化け物、変貌する校舎、外には黒い霧、最高だ。
「あの……状況を整理しませんか? 何が起きているのか」
「……それでわかるかー? わけのわからない旧校舎に閉じ込められた、以上終わりだろ?」
ビデオカメラを耳に付け直す椎名。
「そうだ……これに何か書いてあるかもしれません」
蓮は曲がるほど強く握り締めていたメモ帳を思い出し、二人に見せた。居場所判明というポカをやらかした原因だが、それは言わない。
「どちらも職員室で見つけたものです」
血塗れのメモを前置きしつつ、翳に手渡した。
翳は中を調べるが、ミミズが踊るような文字に加えて蓮が握り締めていた所為もあり正確な判読が出来ない。書いた主が急いでいたことは理解出来るが、有力な情報源になるのだろうか。
「ン〜……ヒエログリフじゃわからないなぁ〜」
「ヒエログリフに失礼だろー」
横からメモ帳を覗いていた椎名は笑った。
「……とりあえず、判読出来る箇所だけ掻き集めて読んでみるね」
一九九一年 月 日
大きな夕陽と黒い影を見て、この校舎に閉じ込められて何日目だろう。もうそんなことはどうでもいいかもしれない。校外には出れたけど、一緒にいた公恵が目を離した隙に消えていた。どうやっても現実世界に戻れない。校内に戻っても、私が隠れている……前には、下半身がない化け物が……もうろついている。二足歩行の黒い……塊を見つめていた久美という一年生は次第に狂ってきたため、……に閉じ込めておいた。もう生きているのは私だけだ。どうすればここから……。どこからか聲が聞こえる……誰? だれですか、だーれ、わたし……。
「こんなところかな〜」
判別出来ないため、わからないところもあるが、メモ帳も血濡れのメモも行方不明事件に巻き込まれた生徒の持ち物だったのだろう。メモ帳の裏には二年B組大崎よし子と記入されている。
「わからねぇことばっかりかーありがてぇなー」
がっかりだと肩をすくめる椎名だが、蓮は記入されていた聲という言葉に顔を顰めていた。何故なら、ついさっき謎の聲に助けられたばかりだからだ。このメモを書いた人も聞いたのだろうか。
「所々荒れているのって……その久美とか公恵とかっていう奴らの痕跡ってことか?」
「そうかも〜。とにかく、これであたしたちがいるのは普通の校舎ではないことが判明したね。九一年の人が同じような現象にあっていたことも知れたし」
「行方不明事件が起きたのは九一年って聞いたな……。どうやら本当だったみたいだなー。あたしらも脱出出来なければ……って?」
互いに顔を見合わせて、黙ってしまう蓮と椎名。
それに混じらず、翳は一人髪を弄る。目を覚ました時から感じていた気配の確証を得ることが出来たメモ帳に感謝する。化け物にされてしまった元人間のテケテケだけでは確信はなかったが、この校舎には奴らを統率する〝まつろわぬもの〟が確実に存在している。ある程度の推測も思い浮かんだが、二人にはまだ伏せておく。テケテケだけでも詰みに近いのに、投了を促すのは避けたい。
「どうすればいいんでしょう……俺も渡り廊下で校外の霧を見ましたが、さっきまでいた世界とは明らかに違いました。テケテケやそのメモ帳を信じるなら出口は……」
「流華はどうしてるかなー……外からこの状況ってわからないのかな……」
不安を遮るように椎名は少し大きめな声で呟いた。その呟きに対し、蓮は流華のことを告げていないことを思い出した。手短にそのことを告げると、椎名は弾かれたように蓮を凝視した。
「……それで、彼女とは教室棟で別れました。実習棟へ通じるドアに押し込んで、自分はテケテケを引きつけて逃げたので……こっち側にいると思っていたんですが……」
「うそっ……マジか……」
テケテケから逃がしてくれたことはありがたかったが、流華が別のテケテケと出会した場合、あの足では対抗出来ない。武器が必要だ。
「流華を捜してくる。この実習棟のどっかにいるんだろ?」
「あれ、一人で行くの?」
翳は尋ねた。蓮と二人きりになれるなら好都合だ。椎名や流華、透のことはまだわからない。さすがに自身の力や推測を軽々と口には出来ないから歓迎だ。それだのに、
「それは危険ですよ。俺を追いかけて来たテケテケは二体います。一人では……」
「でも蓮はその怪我だしなー、満足に走れる?」
「それは……」
「あたしは流華と違って足には自信がある。ここを隠れ家に決めておけば、はぐれても合流出来るだろ?」
「確かに! 一人で行動したほうがテケテケに見つかる可能性は低いよね」
激しく頷く翳。話し合いが出来る場所を得た今、どうしても蓮と二人きりになれる状況が欲しい。
「追いかけ回されたけど、今度はもっとうまくやるよ」
「じゃあ……右だから」
「右?」
何かの助言かもしれないが、意味がわからず聞き返したが、翳の意識が蓮に向けられたため諦めた。何やらこの小説家さんは蓮と二人きりになりたいらしい。デート先としてのチョイスは最悪だろう。
「はいよ、右だな? かげりんのアドバイス……胸に留めておくよ」
かげりんって……。
その発想はなかった。椎名の仕草や言葉遣いにそぐわない可愛らしいあだ名に面食らった蓮は、気付かれないように一笑した。
「ちょいと行ってくる。とりあえずここが合流拠点ってことで」
「はい……気を付けて」
化け物が徘徊する廊下へ出て行く椎名の背中を見送る。一人にするのは気が引けたが、怪我の所為で足手纏いになる可能性も捨てきれないため、蓮は大人しく待つことにした。
「あの夕陽を見てから……全てがおかしくなりましたね。翳さん、あの夕陽についてどう思っていますか――」
黙ったままの翳に話しかけた蓮だが、返って来ない返事に振り返った瞬間――。
「やっと……二人きりになれたね」
それはいつもの翳とは思えないほどの真剣さを纏った声。その突然さに圧倒された蓮は思わず後退るが、翳の方は神妙を浮かべたまま迫る。
「あの……翳さん」
制止する蓮の腕を気にもせず、翳は微かに光る唇を蓮の唇に近付け――。
「話したいことがあるの。ルウや椎名には言えない……この現状とあたしのこと……」
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