第67話 決着の行方

 そののち、園遊会で各国の要人たちの見守る中で行われたルークのイリューリアへの求婚の言葉プロポーズは、世の乙女たちの憧れの的となった。


 そしてその場にいた紳士達は、その覚悟と愛する女性の国に対する配慮の細やかさに感嘆し同じ男としての憧れと尊敬を寄せられたのは、当然かもしれない。


 もとよりルークは、デュロノワル一族を一斉に検挙した影の立役者として兵士達からは、崇拝されていたので、もはや、その人気は留まるところがないほどで、ルーク本人が戸惑うほどだった。


 そして、デュロノワル一族の処遇について相談されたルークは一切の感情をみせずに、速やかに刑を行うようにと助言した。


 園遊会の前に処刑し一味をこの国に留まらせてはならない!

 反旗する時間を与えてはならないと。


 それは、カルム宰相やキリアク王には、まるで神託のようにも聞こえた。

 その言葉にカルム宰相とキリアク王は賛同し、ルークがこの国を去る前にデュロノワル子爵自身はもちろん、極刑に処された。


 そして、マルガリータに関しては、極刑は免れる事となった。

 最初こそは、単なる願い事をしただけの、わざとではなかったとはいえ、エマリア姫を死に追いやりカルムや幼かったイリューリアにまで黒魔石の影響を自覚しながらも暗示をかけ続けたマルガリータの罪は極刑に値するものだった。


 だが、カルムやイリューリアへの愛憎の記憶を消された上で、辺境の地にあるさびれた小神殿での生涯預かりとなった。


 これは、黒魔石さえ手にしなければただ我儘なだけの女で終わったであろうという事と、結局カルムに一度も愛されずに終わった事に対して僅かばかりの憐れみの言葉をルミアーナが漏らした事による温情ありあまる処遇だった。


 本来ならば、父親と同じく極刑で然るべき罪だっただろう。


 そして、罪に手を染めていた大人たちもまた流刑に処され、まだ罪を問うにはあたらぬと思われる子供達は神殿預かりとなり、ラフィリルの大神殿へと送られた。


 この子供達は、大神殿で神官達に正しく導かれながら自活していけるだけの教育を受けた後、新たな戸籍を与えられ社会に送り出されていく予定である。


 その迅速で明確な判断、行動、温情。


 その言葉に一切の迷いもなく、まるでそれは王者の威厳のようなものすら感じられた。


 国王はいっそ、ルークを養子に立ててこの国の次期国王になってもらいたいくらいだ!

 そうすれば、可愛い従兄弟姪いとこめいのイリューリアは次期王妃となり万々歳なのに!と心の中で思ったものの口に出すのは憚られた。


 例え世継ぎの王子で無いにしても、ラフィリルほどの超大国の王子を養子にくれなどと、例え大国と呼ばれていようともデルアータ程度の国からでは『不敬』ととられかねないからである。


 ルーク自身が望めば別だろうがルーク自身は国王になりたいなど夢にも思っていなさそうである。


 ふっとため息をつき窓の外、遠くをみるキリアク王だった。


 今回の息子の呆れた行動に絶望したキリアクは王としてではなく親として立ち戻ると悲しくて仕方がなかった。

 極刑も覚悟せよと二人に言い渡したものの片や血を分けた弟、片や我が子である。


 本当は、命ばかりは…とも思う。

 しかし、一国の王として考えるならば世界平和を祝う各国の要人の集まる会をあんなにも愚かな騒ぎで台無しにした二人は許されるべきではないし、しめしもつかないとも思う。

 王族であるが故に、””では済まされないのである。


 キリアクは、沈痛な面持ちで深いため息をつき、椅子に腰かけた。


 ***


 そして、その時、ふと背後に人の気配を感じ、振り返ると、きらきらと銀色の光の渦の中からルークが現れた。


「キリアク王、国王の私室への突然の来訪のご無礼をお許しください」と胸に手をあて礼をとる。


 キリアクは、驚いて立ち上がり、ルークに、向かいの席に座るようにうながす。


「これは!ルーク殿!いえ、かまいませんとも!どうぞ、おかけください。貴方はこの国と可愛いイリューリアの大恩人なのですから…して、一体、何用で?たしか、この後、イリューリアを連れて国に戻られる前に挨拶に来て下さるとは聞いていたので、来客用の部屋に赴くつもりでおりましたが」と王が尋ねる。


「はい、じつは…皆のおらぬところで、内緒のお願いがありましてね…ザッツ王弟殿下とローディ王子殿下の刑は、最低でも二週間は執行しないで頂きたいのです」


「ほう…?それは一体なぜですか?」と王が尋ねるとルークはふっと笑顔になった。


「今日、これより、わたしはイリューリアをつれラフィリルに帰り、両親…ラフィリル国王夫妻にイリューリアを私の婚約者として紹介いたします。両親はイリューリアとの事を手放しで喜ぶことでしょう。そして、数日をラフィリルで過ごしたら、わたしとイリューリアはまた婚約式をこちらで行うために戻って参ります」


「なんと!この国で婚約式を?」


「はい、その際には、ラフィリル国王夫妻、王太子夫妻、そして月の石の主と精霊様方も来られるはずです」


「なっ!なんですと!まさか、そのような!しかも来週にはとは!ラフィリルは馬車で旅しても一か月以上はかかる遠い国のはず!」


「私は魔導士ですよ?今とて一瞬で現れたではありませんか。距離など関係ありません」


「!」


 キリアク王は驚きのあまり声を失った。

 魔法とは、そんなにすごいことも成せるのかと!

 数キロ先どころではない最果ての国にまで一瞬で行けるなど、思いもよらなかったのである。


「この国で盛大なる婚約式を行うとともに、ラフィリルとの絆が深まるこの婚姻の祝いに、恩赦を!」


「なっ!」キリアク王は驚き、ルークの瞳を覗き込む。


「ま、まさか、ルーク殿はザッツとローディを助ける為に婚約式をこの国で?」


「いいえ、それこそ、まさかですよ。わたしはイリューリアの父君カルム宰相の為、ひいては父親想いのにこの国でと思っただけです。しかし我が国の月の主や精霊様方まで招くのですから、国をあげて祝っていただかないと格好がつきませんし、かなと思ったまでです」


「し、しかしあの者達の所業は…」


「そうですね、許せるものではありませんが、命を落とさねばならぬほどのものではありませんね。別に彼らは誰かを殺めた訳でも陥れた訳でもありませんしね。まぁ、イリューリアに対するあれは、うっかりすれば陥れたと取られても仕方ない部分もありましたが…悪意があった訳でもないようですし…最悪の事態は回避できましたしね」


「め…面目ない」


「いえ、失礼しました。決してキリアク王を責めている訳では…」と笑う。


「ただ、さすがに諸外国の手前、無罪放免という訳にも参りませんでしょう?どうでしょう?身分剥奪後国外追放という形でラフィリルの学院への留学を考えてみられては…まだお若いのですし…。ザッツ将軍もまた、身分剥奪後追放という形で、ダルタス将軍の下に兵士として預けおくのは如何でしょう?」


「そ!それは真ですか?」


 キリアク王は涙ぐんで喜んだ。

 命が助かるばかりではなく、やり直す機会をルーク魔導士は与えてくれるというのである。

 願ってもない申し出である。


「実は王妃が、園遊会を終えた後から寝込んでしまって…気丈にはしていても、あれも息子の極刑は受け入れがたかったのでしょう。王妃にこの事を伝えてやっても?」


「ええ、もちろんですとも!では、私の願いは聞き入れて頂けると思ってよろしいですか?ぜひ、イリューリアの為にもこちらで婚約式を」


「もちろんです…もちろんですとも!」キリアク王は感激の涙にうち震えながらルークの手を取り頭を何度も下げた。


「どうか、頭をおあげください。願い事をしたのは、わたしの方なのですから」と、優しく笑った。


「いや、どれだけ感謝しても足りないくらいです」とキリアクは、言ってまたもや頭を下げた。


「では、私は、ダルタス将軍と共に兵達にお別れの挨拶をさせて頂きます。その後、予定通りキリアク王ご夫妻へ挨拶に参りますので…」とウィンクしてルークは再び銀の光に包まれてその姿を消した。


 キリアク王は王妃のもとへ走り、この事を告げた。

 王妃もまた目に涙をためて喜んだ。

 そして飛び起きて支度を整えラフィリルの一行との別れの挨拶へと向かうのだった。

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