はじまりは初恋の終わりから~

秋吉美寿

第1話 初恋の終わり~婚約破棄~(イリューリア視点)

「わたしに近づくな!おまえなんか、大嫌いだ!」

 十二歳の誕生日、大好きだった憧れの人にそう言われた。


 私はエルキュラート公爵家の一人娘イリューリア。

 初恋の君は、この国デルアータの王子ローディ・デア・アルティアータ様…。


 当時の私は、ローディ様のその言葉に深く傷ついた。

 何故なら、それが国や親の決めた結婚だとしても…私はお慕いしていたから…。


 それが本当に恋とか愛とか言われるものだったかは、まだ幼かった私にはわからなかったけれど、大好きな「憧れの王子様」に言われたその言葉に、私はすっかり自信を無くしてしまった。


 その後、何度か王城に父に連れられ出向くことがあったが、ローディ様に嫌われた私は、まともにローディ様のお顔をみることも出来ずいつも俯いていた。


 ギクシャクしていた雰囲気は、父の公爵や国王夫妻にも伝わり婚約は無かったものとされた。


 そう…婚約は破棄されたのだった。


 子供達の未来を憂いた大人たちは、そこまで合わないのであれば致し方ない…と判断したのである。


 そして三年…。

 私は十五歳になっていた。

 この国では十四歳の誕生日を迎えた者は皆、成人とみなされ社交界にデビューするが、私は去年のその時期、仮病を使って屋敷に籠っていた。


 社交界に顔をだせば、公爵令嬢である自分は王族の方々にご挨拶をしなければならない。

 父は、現国王陛下の従兄であり宰相でもあるので常に国王陛下の側にいる。


 当然、王子であるローディ様とも顔をあわせる事になるのである。


 あんな想いは、もう嫌だ。

 憧れの人に嫌われて、どうして顔などあわせられるだろう。

 あれから何度も何故嫌われたのか考えていた。


 父や召使い達は、生まれた時から決まっている婚約に苛立っての事だろうと言ってくれた。

 そして大嫌いだなどとという言葉は、本気ではなかったに違いないと口々に慰めてくれたが私の心には響かなかった。


 王子殿下はお父様に、「イリューリアに詫びたい!本気じゃなかった。イリューリアは何も悪くない」とおっしゃられ、可哀想なくらい反省していらっしゃったと言う事だけれど…。


 私の事を本当は嫌いじゃない?

 いいえ!ううん!そんな筈ないわ!


 あれは、生まれた時から決まっている婚約を嫌っているのではなく私自身を嫌いだという言葉だった。


 お詫びに来られたとは言っていたけれど、その時、私は怖くて会えずに具合が悪いとベッドの中に隠れていた。

 本当は嫌いなのに国王陛下や宰相であるお父様の手前、謝らなければと思われたに違いないのだから…。


 不敬とは思いつつも、そんな偽りの言葉など聞きたくなくて…。

 私は逃げたのだった。


 あの時は本当に辛くて誰にも会いたくなくて…それなのにお父様は無理にお城へ上がらせようとして何度もお城にお供をさせた。

 それが私を思いやっての事だと頭ではわかっていてもそっとしておいてほしかった。


 そんな中、私もいつしか意地になり学園への入学すら拒んで屋敷に引きこもった。

 お父様や召使たちは、私の辛くて悲しい気持ちを解ってくれず学園へ行くよう勧めてきたけれど、お義母さまが庇ってくださった。


 ちなみに今のお義母様かあさまは私が三歳の頃にお父様の後添えとしてこられた方だ。

 私を生んでくださったお母様は私がほんの小さな頃に亡くなっていた。


 義理の母とはいえ、お義母様は血のつながらない私にも優しい素晴らしい女性だ。


 学園にも行かなくて良いと言って下さって、父や召使たちにも私が学園へ行かなくても家庭教師を付ければ良いのだと言って下さった。


 そして見た目など気にしないようにと慰めて下さり、王子様を恨んではいけないとも諭して下さった。

 私が悪い訳ではないけれど私より綺麗な人は山ほどいて、王子様が目移りしてしまうのは仕方がない事なのだと、お父様や召使たちが心でも教えてくれた。


 お義母様だけがを教えてくれる。


 私が、お父様や召使たちがで褒めたたえるのは私の為に良くないと本気で心配して、とても辛そうに『真実』を教えて下さったのだった。


 王子様は、国王陛下や父の思惑で勝手に決められた婚約者が平凡以下の娘で嫌気がさしていたのだと。

 それでもまだ、小さな頃は良かったが、学園に通いだして私などよりずっと美しい令嬢達をみて、私が平凡以下のだと気づいてしまったのだと…。


「可哀想に」と、お義母様はハンカチで目元を押さえながら「私だけは味方よ」と仰ってくださった。


 心も頭も重く考える事すら放棄して倒れそうな私に、お母様は「周りの人の言う事など聞かなくてもいいのよ。私だけは味方だから…」と繰り返し繰り返しまるで『おまじない』のように何度も何度も囁いて下さったのだ。


 ***


 あの時、あの突然の言葉…いくら私が平凡以下で見目のよくない娘だとしても、何故あそこまで…近寄ることすら厭われるほどに嫌われてしまったのかとあれこれと考えた。


 いや、そもそも好かれてすらいなかったのだろう。


 あの頃の私は、今よりもっと、みっともなかったのだから…。

 食が細かった私は痩せっぽっちで、髪はパサパサ…貧相だったと思う。

 豪華なドレスや髪飾りで何とか飾り立ててはいたものの、ごまかしきれていなかったのだろう。


 そんなみっともない私なのに、私は父や国王ご夫妻が乗り気であるのをいい事に、あぐらをかいていたのだ。

 この婚約は両家が認め、ローディ様も納得している事だと安直にも思いこんでいたのだ。


 あんなにも素敵なローディ様が私ごときで満足される筈も無かったものを…。

 ちょっと考えればわかりそうなものだったのである。


 自分が好きだという気持ちだけで私に纏わりつかれて、王子殿下はさぞかしご迷惑だったことでしょう。

 でも、せめて私の容姿が今少し良ければ、あそこまで嫌われる事はなかったのかもしれない…。


 お義母様は、無理はしなくて良いとはおっしゃってくれたけれど、自己満足だからと私は思いつく限り努力した。


 あれから、一生懸命嫌いなものも食べ、朝晩のブラッシングを欠かさず、勉強も頑張った。

 ダンスにマナー、会話術…。

 自分が嫌われたであろう思いつく限りの要素を必死で潰していくことで自分を保っていたのだ。


 私は幾分ましにはなっただろうか?

 好かれるまではいかなくとも、せめてご不快には思われない程度にはなれた?


 …とは言え、引きこもっていた私には両親や家庭教師の先生方、召使い達以外とは、ろくに顔も合わせてはいないのだから成果の確認のしようもないのだけれど…。

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