その温度を求めて 作:椎茸
――そういえば、最後に人に触れたのはいつだったっけ?
塾帰りのバスを待ちながら、ふとそんなことを考えた。秋も深くなって、ずいぶん外の空気が冷たくなってきた季節だった。手には申し訳程度に英単語帳をひらいているけれど、さっきから文字が上滑りしてうまく頭に入ってこない。それでも視線は落としたまま、さっきの問いを考えてみる。
えっと、人に触ったのはいつかって。いつだろう……。ひとまず、友達に触ったことが無いのは確かだな。だって、いつそんなことをするんだ。毎日会っておしゃべりするだけ。リアクションで相手の肩をたたいたり、肩つかんで揺さぶったりって私の柄じゃないし。ああそうだ、運動部の人たちならよくあるのかな?円陣組むとかしてそうだし。
ぼやっと妄想にふけったまま、理解もしていない単語帳のページをめくる。
親?……親だって、ストレートに愛情表現をする性格じゃないし……。病気もここ最近全くかかってないから、熱はかるためっておでこを触ることもないしな。え、もしかしたら私、人との接触がほとんどないんじゃない。
思いがけない発見に至って、私は思わず視線を上げた。そのまま単語帳を閉じる。あたりはもう真っ暗で、バス通りを行き交う車たちのライトが美しかった。すうっと息を吸い込むとピンと張りつめた冬のにおいがした。大好きな季節だ。
さっきの発見には寂しい気もしたが、それより驚きの方が強かった。人が人に触らずに生きていけるなんて!きっと自分みたいな人は他にもたくさんいるのだろう。奇妙な世の中になったな、と少し笑う。友人が幽霊で、実は実体を持っていませんでしたという場合でも私は気づけないのか。
そのままSF的な空想にふけっていると、目当てのバスがやってきた。機械的に乗り込んでいつもの席に座る。冷たい外気にさらされた手をなだめるようにこすってからスマホを取り出して、気づいた。
――スマホの方があったかいじゃん。
そのぼんやりとしたぬくもりとすべらかな画面に、どこか人肌のような要素を見出して、なぜか励まされたような、笑い出したいような気がした。
――とあるウイルスによって大々的に人同士の接触禁止がうたわれる前の話である。
バスに乗りいつものように家に帰りついた少女は、ふと思いついて母親の手を両手でがっしり握った。いきなり冷たい手に掴まれて、ぎゃー、ゆうれいだー、と騒ぐ様子を見て、ようやく彼女は声を上げてふっふっふと笑った。
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