第6話

騙されてはいけない。目の前にいる女は、悪魔。実際、僕と接点のある人をすでに何人も殺された。大事な友達も殺されかけた。



まだ僕の口を拭いている女の細い腕を掴んだ。


「ゲームは、終わりだ。帰る……疲れた」


この部屋から出ようとする僕を止める為、鬼の形相で若い兵士が走ってくる。


あと数メートル…………。


突然、僕の前で兵士は苦しみ、受け身もとらずに前に倒れた。白目を剥き、痙攣しながらゴポゴポ赤い泡を口から出している。


「はぁ……はぁ………こ、こんなタイミングで、内臓が破裂するなんて…………運がないヤツ」


「面白いね、キミ。あんなごみ溜めに君みたいな希少種がいたなんて………。もっと早く会いたかったな。悪魔ですら惚れてしまう君の『運』を操る力。さっき、彼から運を奪ったわね」


「あぁ……。人生のほとんどの運を使ったからさ、今すぐ運を補充しないと今夜にでも死んでしまう。だから、アナタからも相当量の運を貰うよ」


僕に運を奪われたら、死ぬ。それが分かっていながら、この女は僕から逃げようとしない。



「なんで………」


逃げない?


分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。

分かりたくも……ない。


イライラするな。ほんと………。




「なんでだよっ!!」


「まるで、分かってない。死なんて、私は全く恐れていない。今まで死よりも恐ろしいモノをこのタワーで見てきたからね



死を覚悟した人間の目だ。



どうして今…………。


あのことを思い出すんだよ!



まだ、僕が自分の力に気づく前。


人生で一番幸せだった時。



『ママ………あれは、なに?』


『あれが見えるの?』


『うん。なんか青くて、ふわふわして……雲みたい』


『あれは、運よ。そう………アナタにも運が形として見えるのね』


『ママにも見える?』


『うん。ぼんやりだけど見えるよ。昔は、もっと良く見えたんだけどね。でも、このことは秘密だよ。運が見えることは、誰にも言っちゃダメ。ママとの約束ね』


『………どうして言っちゃ、ダメなの?』


『悪い人に利用されるから。アナタには、ママみたいに苦しい思いをしてほしくないの』


『マ…マ?』



どうして泣いてるの?



「………………っ」


「どうして君は、泣いてるの?」


僕は、女から逃げるように距離をとった。


「早く殺しなさい」


「…………いや……だ」


「甘い。激甘だよ~。そんな特別な力があるのに勿体ないなぁ。その力を上手く使えば、このタワーの最上階まで行けるかもしれないのに………」


「そんなもの興味ない」


「ふ~ん。そっか、そっか。……………つまらない男」



女は、無表情でペタンと床に座ると、落ちているチョコを躊躇なく口に入れた。


あれは………


毒入りのチョコ。


すぐに女の額を大量の汗が流れ。

女は薄く笑みを浮かべ、目を閉じ、ゆっくり………ゆっくり………。




闇に堕ちた。



僕は、まだ温かいその女に体を密着させ、しばらく冷たい涙を流した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



この出来事がきっかけで、僕は悪魔的な魅力を持つこのタワーに惹かれ、その最上階を目指すことを自分の生きる目標とした。


「私も忘れんな」


【訂正】僕とネムの目標とした。

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