第9話 頭のおかしい先輩と

~頭のおかしい先輩と~


クリスマスパーティとかいうガラじゃない。

友達とか恋人とかとキャーキャーはしゃぎまわって馬鹿らしい。

昔の人の誕生祝いがそんなに楽しいのか。

どうせこんなの企業とかの経営戦略がどうのこうのとか―――ともかくそういう金儲けしか考えていない連中の思惑なんだ。


とか。


考えてたはずなのに、なぜか。

わたしは、どうやらガッコの先輩とクリスマスパーティをするらしい。


わたしんで。


なぜ……?


なぜ、って。

まあ、ユミカ先輩がしたいって喚いてやかましかったからなんだけど。

受験生じゃないのかあの人。

まったくおかしな先輩だ。

頭とか、言動とか。おかしい。そもそも保健室登校してるような生徒に興味本位で会いに来る時点でイカれてる。下手したら不登校だっていうのに。……まあ、そんな先輩を家に入れようっていうんだからわたしも大概おかしいのかもしれないけど。


なんて思ってたら、ぴんぽーん、と聞こえてくる。


こっちもまた頭のおかしい母親が気を利かせたとかで留守にしてるから、わたしが応えなきゃいけない。

ちょっとだけ緊張しながら応答するとそれは先輩で、宅急便とかの変な人じゃなくてよかった。


「……はい」

『あ、ユラギちゃん? こんばんはー。来たよっ』

「そんなん見れば分かるし」


ぴ、とカメラを切って、玄関まで行って迎え入れる。

先輩は両手に持っていた袋を掲げてひらひら手を振った。

なんか浮かれてるみたいだ。クリスマスのなにがそんな楽しいんだか。


呆れつつ先輩を部屋に連れてく。

ダイニングとか使っていいらしいけど、別にふたりなんだから部屋でも足りる。


―――ふと。


他人を部屋に入れるのは初めてだって、そんなどうでもいいことに気が付く。

べつにだからどうってことはないケド。


「わおー。ここがユラギちゃんの部屋なんだね」

「別になんにも面白いものないでしょ」


自分で言うのもなんだけど、わたしの部屋は殺風景だ。

パソコンとスピーカーがあるくらい。

おしゃれでもなければかわいらしくもないし、そして多分ギャップとかもない。

……人形とかはクローゼットの奥にしまってあるし。


なのに先輩は妙にうれしそうにきょろきょろ。

なんか気恥ずかしい。


「おとなしく座っといて。飲み物持ってくるから」

「あ、一応いくつか買ってきたよ?」


と言いながら袋から缶の飲み物を取り出す。

わざわざ別で小さな袋に入ったそれは、炭酸ジュースからお茶までバリエーション豊かだ。

これならわたしが出す必要はなさそう。


先輩はさらに袋の中身を次々にテーブルに置いていって、袋がゴミ袋になるころにはすっかりクリスマスパーティっぽいごみごみした空間がテーブルの上に完成していた。

ケーキにチキンにパン? にサラダ……よく見ると『あったかい』のスープまである。

よくもまあこれだけまとめて持ってきたものだと思う。


「えへへ。調子に乗っていろいろ持ってきちゃった」

「……そんな張り切る意味が分かんない」

「せっかくなら盛大にやりたいでしょ」


にっこりと笑う先輩に、急に自分がみじめに思える。

わたしにはその気持ちがわからないし、先輩がこうして頑張ってることを評価してあげられない。すごいねとか、ありがとうとか、わーいとか、そんな感情の言語はわたしの語彙にはない。


なにも、先輩をバカにしたい気持ちがある訳でもないし、わたしだって楽しめるものなら楽しみたい。音楽を聴くのは楽しいから続けてる。


でも、こうしてはしゃぐことの意味が分かんないんだ。


「ユラギちゃん。おいで?」

「……」


先輩がとなりをぽんぽんと叩く。

クッションを置いてその隣に座ると、先輩はずぃっと三日月形のポテトを差し出してくる。


「はい、あーん」

「ん」


バカみたい、となんとか言わなかった。

ポテトを食べると、まあ、ポテトだ。うすしお。

もすもすしていて、飲み込むとのどに張り付くから、缶のコーンスープを開けて一緒に飲みこんだ。

甘くてどろりとした中にしゃもしゃもするコーンが入っていて、嫌いじゃない。


「おいしい?」

「……まあ、普通」

「ふふ。分かる」


なにがおもしろいのかくすくす笑いながら、先輩もポテトを食べた。

先輩は玉ねぎのコンソメスープを選ぶ。


「あちっ」


とか言って舌をさらす姿は少し間抜けだ。

正直、先輩ならこうなりそうだなって少し思っていた。

それが面白くて、つい、笑ってしまう。


「もぅ。笑わなくたっていいのに」

「先輩間抜けすぎ」

「おちゃめと言ってほしいところだね」


なんて言いながら、先輩は今度はチキンを差し出してくる。

餌付けでもしているつもりなんだろうか。

そんなことで心を許すとでも思っているのなら全く的外れだ。

まったく。


「ぁむ」


チキンは衣がまだサクッとしている。

冷めてべちょっとなったのは嫌いだから、まあこれも悪くない。

とはいえ口の中が脂っこくなってしまうから、もぐもぐしながら適当に飲み物を―――


「はいこれ」

「んむ」


かしゅ、と開けた缶を差し出される。

ちょうど選ぼうと思っていたウーロン茶。


「……ありがと」

「あ、やっぱりそうでしょ」

「なにが」

「ううん。ユラギちゃんはこれかなーって思ったからさ」


……ほんとに、なにが楽しいんだろ。

今のところ、先輩が食べさせてくるものを食べて好きに飲んでいるだけだ。

おしゃべりもゲームもなにもしないで、先輩は退屈じゃないんだろうか。


「……つまんないでしょ」


たぶん、チキンのせいで滑りがよくなってしまったんだ。

口からこぼれた問いかけに、なにか、背筋が冷える。

暖房が効いているはずなのに身体が震える。

震えは勝手に舌をまた動かした。


「先輩がなにを想像してたのか知らないけど、わたし別にこんなことされても喜ばないし、そんな妄想みたいに都合よくいい雰囲気とかなんないし。だからつまんないでしょ? 思った通りいかなくて、つまんないでしょ」


先輩はきっと、わたしと楽しい時間が過ごしたかった。

じゃないとこんなことしない。

だけどわたしはそれに応えられない……応えられなかった。

先輩がどんな都合のいいことを考えていたのかは知らない。けど、まさかこんな状況を望んでいたはずはないんだ。


でも、しかたない。

楽しめるなら楽しんだ。

ほかの人みたいに、クリスマスだーってはしゃげるならそうした。

でもわたしにはそれが理解できない。


「んー」


先輩は手にしていたチキンを置いて、ウェットティッシュで手をふいた。

それからふとわたしの口元に視線を向けて、むぃ、と拭き取られる。

どうやら衣でもついていたらしい。

ウェットティッシュのなんとも言えない味に舌先がしびれる。


むぐ、と顔をしかめるわたしに先輩は苦笑して、それからふぅと吐息する。


「正直なこと言うとね」


―――寒気がする。


先輩の正直な言葉。

先輩は帰ってしまうだろうか。

この賑やかな空気をテーブルの上に置き去りに。


それをいやだなんて、わたしが言えることじゃ―――


「正直、想像の百倍くらい楽しい。うん。ちょっと舐めてた」

「……はぁ?」


なにを言ってるんだこの人。

訳が分からず見つめると、先輩はめちゃくちゃ真剣っぽい表情で見返してくる。


「たとえばだけど、一年前の私とこうしてパーティとかしてくれた?」


一年前。

去年の春過ぎに初めて会ったから、この時期っていうのを考えても……半年とか?

それくらいの先輩……


「たぶん……やだけど」

「じゃあこれは?」


と言ってポテトを差し出される。

受け取りつつ考える。


「……やだ、かも」

「じゃあ……これは?」


先輩がそっと頭に手をのせる。

なでなで。


……いや、小さい子供じゃないんだから。


「まあ、ムカついてたと思うけど」

「ね?」

「ね? って」


つまりどういうことなのか。

首をかしげる私に、先輩はくすくすと笑う。

理由はわからないけど、なにか楽しそうだっていうのはわかる。


「正直クリスマスパーティとか完全に口実だからさ」

「なにそれ」


なんの口実なのか……さっきから訳が分からなさすぎる。

なんだこの先輩。


「ま、心配しなくてもいいよ。私、たぶんユラギちゃんが想像してるよりユラギちゃんのこと大好きだから」

「は? ……意味わかんないし」


意味わかんない、けど。


まあ……いや、やっぱなんでもない。ないはず。




結局先輩は、それからもひとりでずっと楽しんでた……っぽい。

ほんと、変な先輩だ。

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