第4話 長距離の恋人と
~汗好きらしい遠距離の恋人と~
走る。
走る。
走る。
ひたすらに走って、走って、走って、走って。
その視界の奥に立ち尽くす彼女を見つけた瞬間―――たぶんわたしは世界記録だって塗り替えた。
「ユミカッ!」
「えっ、あっ、カケル!?」
驚いた彼女は駆け込んでくるわたしに混乱しながらも両手を広げて受け止めようとしてくれる。
それがたまらなくうれしくて飛び込もうと思ったけど、でもとっさに自分のひどい有様に気がつく。
なにせ相当な距離を全力で走ってきたものだから汗だくだ。
セーターがたぽたぽになってる気がするくらいに汗を吸わせてる。
着ていたコートはいつの間にかどこかに落としてきたっぽくて、だからこんな汗だくだくで抱き着くのはさすがに抵抗があった。
彼女の前で急停止。
なるべく大したことないよって見せるために笑顔を浮かべて、可能な限りさわやかに。
「おま゙っ、ごほっ、ぐふっ、ゲホゲホッ!」
「ちょっ、大丈夫?!」
めっちゃせき込んだ……
でもユミカ背中さすってくれる優しい……さすがわたしの最愛のひ、と……
「カケル!? カケルーッ!」
「―――やはー、死ぬかと思った」
「びっくりしたよもう」
適当なベンチに座ってなんとか息を整えるわたしに、ユミカはなんとも呆れた顔。
せっかくのクリスマスなのにこんな有様だっていうんだからそりゃあ呆れもするよね。
汗だくだし、約束の時間には遅れてくるし……マズったな。
「どうしたのさカケル。なにかあったの?」
「あはは。やー、なんか電車止まってたみたいだから」
「え゙っ。じゃあ向こうから走ってきたの……?」
「そそ。ていっても途中まではこれたんだけど。六駅くらい?けっこー疲れたねー」
「いやそれどころの騒ぎじゃないでしょ」
大学生になって一人暮らしを始めたから、こういう時にはたまらなく不便だ。
それにしたって結局遅れたんだから、こんなことならタクシーでも捕まえとけばよかった。
ユミカに会いに行かなきゃってばかり考えてたから思いつかなかった。
ほんと、バカみたい。
「―――ほんと、バカなんだから」
「え?」
脳内の自重が現実に重なる。
そんなまさかと思って顔を上げると、彼女がわたしをぎゅっと抱きしめた。
「あ、あはは。そうだね。ほんとバカすぎ。ほら、汚いからさ、……やめてよ」
ショックを受けている。
ちょっとした言葉なのに。
からかいとか、そういうものだ、きっとそうだ。
わかってるのにいま、私は、ショックを受けている。
だから、そんな間抜けなわたしを知られたくなくて離れようとする。
それなのに彼女は、離れてくれない。
「バカだよ。ほんとに、バカ……どうして私も走らせてくれなかったの?」
「どうして、って」
「カケルが私のために頑張ってる間、私はただ待ってるだけだったんだよ? そんなのずるい。私だってカケルと一瞬でも早く会いたかったのに―――私だけが、一方的にカケルを素敵だって思うだけじゃん。ズルいよ、バカ」
「ステキ……?」
なにを言ってるんだろ、ユミカ。
今の私と一番かけ離れた言葉だ。
そう思うのに、ユミカはむっと唇を尖らせる。
「言っとくけど私カケルにベタ惚れだからね。カケルが私のために頑張ってくれたんだからそんなのもう当然惚れ直しちゃうからね」
「いや、でも」
「それに私、カケルの汗好きだよ?」
恋人に突然汗フェチ宣言された……!?
「変な意味じゃなくて。ほら、カケルは陸上してるから。ああ、この人は好きなもののために目いっぱい頑張ってるんだなって。汗だくになるのだって気にせずに、頑張ってるんだなって、そう思うから」
「ユミカ……」
まるでその言葉が嘘じゃないと示すみたいに、もっとぎゅっとして、そのうえキスまでくれる。
……ほんとに、ユミカには敵わないや。
こんなのわたしこそ、惚れ直しちゃう。
「ありがと、ユミカ。大好き」
「だからそれ私のセリフなんだって。大好き、カケル」
―――とはいえ。
「さすがにこの状態でレストランとか入りにくいかもねー」
「ふぅん。じゃあ汗、流す?」
「え?……あー、いやでもせっかくのクリスマスだしそんな……」
「ほら、どうせ明日も一日あるんだから」
うるんだ瞳と上気した頬。
なんだか……こう……もしかして、シたくなってる……?
「あの、さ。汗がどうとかって、ホントに変な意味はないんだよね?」
「……モチロンナイヨ!」
「めっちゃカタコトだー!?」
―――でも。
結局わたしたちは、デートのしょっぱなから汗を流しに行った。
だって恋人にあんな風に迫られたら仕方がないと思う。
わたしけっこうそういう欲は強めのほうだと思ってたけど、ユミカと付き合い始めてから実はそうでもなかったんだなって……
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