第7話

 空に赤みがさしてきた頃、僕は一息つくために、広場の端で座り込んでいた。

 考えてみれば、ここに来てまだ10時間足らずだけれど、1年分くらい人と話した気がする。自分でも驚いたのが、それが一方的なおしゃべりじゃなく、ちゃんと会話になっていたことだ。緊張はしたけど前みたいにひどく震えることもなかった。

 みんなが僕も楽しく話せるようにいろいろと気を遣ってくれたのかもしれないけど、ユナエルが言ってくれたように、少しずつ前に進めているような気がする。

 一人でそんなことを考えていると、ユナエルが歩いてきて僕の隣に座った。

「玲に渡したいものがあるんだ」

 そう言ってユナエルが取り出したのは、銀の装飾が施された小さな箱。受け取って箱を開けると、中に碧い石のペンダントが入っていた。

「それはボクの守り石の半分を加工して作ったお守り」

「これ、本当にもらってもいいの?」

「うん。でも一つ約束」

「約束?」

 ユナエルは僕に優しく笑いかける。

「日常から、一歩外に踏み出してみて。そうしたらその先にきっと、眩しいくらいに明るくてあたたかいものがあるから」

 明るくて、あたたかいもの……。僕に見つけられるだろうか。

「君ならきっと見つけられる。ボクが見つけられたように」

 ユナエルは広場の中央にいる仲間たちを眺めていた。

 この場所が、代表のみんなが、ユナエルにとっての明るくてあたたかいものなんだ。僕もユナエルみたいに、居心地のいい自分の居場所を見つけられたらいいな。

「おーい、そろそろ時間だ。召喚の間に行くぞー」

 遠くからのイグニスの呼びかけに従い、僕たちはみんなで召喚の間に移動した。

 僕がこの世界に来た時に最初にいた場所に着くと、イグニスはユナエルの背中をトンと押した。

「お前が送ってやれ」

 ユナエルは驚いて少し戸惑っているようだけれど、みんなは何も言わず、その様子を見ていた。

「でも今回ボクは担当じゃないからダメなんじゃ……」

「いいから」

 イグニスもみんなも、とても優しい表情をしている。

「イグニスがああ言ってるんだから、俺たちで玲を送ってやろう」

「……うん」

 ノクスとユナエルは並んで召喚の間の石段に上がった。僕も二人に続いて石段に上がり、指し示されて中央に立つ。

「そういえば、ユナエルは玲と約束してたよな」

「聞いてたの!?」

「ああ。俺から一つお前に言いたいことがあるんだ……俺と約束して欲しいこと、かな」

 ノクスはユナエルの頭に軽く手を乗せた。

「自分が劣っていると決めつけるんじゃなくて、もっと自分の良いところを見てやれ。ユナエルには良いところいっぱいあるんだから」

「……うん」

 ユナエルは恥ずかしそうに顔を赤くしたけれど、とても嬉しそうに見えた。

「今日ここに来られてよかった。ありがとう」

「こちらこそ、楽しい時間をありがとう、玲」

 みんなと感謝と別れの挨拶を交わし、僕はユナエルとノクスの魔法に包まれて、人間界へと戻っていった。

 僕は二人の魔法で、今まで見たことのない美しい夜を見た。暗闇を明るく照らす大きな碧色の月。

 月に見とれているうちにだんだん意識が遠くなり、気がつくと自分の家の玄関にいた。

 長い夢でも見ていたような気分になったけれど、僕の手にはちゃんと、ユナエルからもらったペンダントの箱があった。

 インターホンの軽い音が響く。扉を開けると、明利の姿があった。外はもう日が落ちて薄暗い。

「夕飯できたよ」

 明利はそれだけ言うと、すぐに背を向けて歩き出した。僕は箱を強く握りしめて、深呼吸する。

「明利、僕明日から頑張るよ。友だちづくり」

 明利は振り返って、笑顔で大きくうなずいた。

「うん」

 明日学校で、みんなに自分から声をかけよう。人と関わることを怖がらないで、いろんな人と話してみよう。

 ユナエルたちとの出会いが、僕に勇気をくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る