わたしとみっくん ~ 絶望的なダンジョンの奥底で、変なミミックに懐かれました

えどまき

(本編)

 グォオオオォーー……ゴ・ゴ・ゴ・ゴォオオォーー……


 薄暗い迷宮ダンジョンの奥底で、地面を振るわせるほどの怪物の大音声が響き渡った。

 ここが何階層かはわからないが、迷宮のかなり奥深いところなのは確実だ。通路にいる怪物たちの強さを考えると、下手をすれば最下層だとしてもおかしくない。

 およそ、わたしのようなようやく駆け出しを卒業したばかり、という程度の冒険者が一人でうろついていい場所ではない。そもそも普通なら辿り着くことすら不可能だ。


 わたしはセシリア。先日Dランクに上がったばかりの斥候スカウト職だ。そのわたしがなんだってこんなヤバいところに一人でいるかと言えば、仲間(と思ってた相手)にハメられたからだ。

 いつものようにパーティ仲間と迷宮の浅い階層に狩りに来ていたけれど、戦闘中のどさくさで、仲間クソ野郎の一人に突き飛ばされた先が落とし穴のトラップだった。


 あれは事故ではなく、間違いなく故意だ。あの直前、奴と目が合ったのだけど、あの野郎ニヤニヤ笑ってやがった。そして、ふんぬっとばかりにわたしを蹴り飛ばし、穴に突き落とした。最近、奴とは何かとトラブルになってたが、まさか殺しにくるとは想像してなかった。

 あの野郎、絶対に許さん。冒険者組合ギルドや官憲に訴えるとかいった生ぬるい方法など取るものか。奴はわたしを殺すつもりでやったんだ。わたしの手で落とし前はつける。奴はバリバリの戦闘職なので真っ向からでは勝ち目はないけど、やりようはいくらでもある。

 まあ、ここから脱出しないことには、報復もままならないんだけど。


 落とし穴といってもただ深い穴がまっすぐ伸びているのではなく、途中何度も壁にぶつかってバウンドしたせいか、落下速度は減衰して、即死や重傷を負うことなくこの階層に落ちてきた。

 ただし、即死しなかったのが幸運とは限らない。


 この階層は壁や床が石材で組まれた迷路になっていて、無数の部屋とそれをつなぐ通路で構成されている。そして、凶悪な怪物が徘徊している。

 気配を消して出口を探そうとしたけれど、あっさり怪物に見つかってしまった。そして、ひいひい泣きながら逃げ回ったところ、偶然隠し扉らしきものを見つけて、慌てて入り込んだのが今いる部屋だ。


 グ・ォオオオ~~~……ゴ……ゴ・ゴ・ごぉおおお~~~……ぽひゅぅ~~……


 幸い、部屋のなかはがらんとしていて、いきなり襲ってくる怪物はいなかった。派手にをかいてるその宝箱以外には。


 ぐぉお~~……ごご・ご・ごぉお~~~……ぽひゅぅぅ~~……むにゃむにゃ……


 奥の壁際に鎮座しているその宝箱は、外装にはいかにも豪奢な装飾が施されていた。見た目だけなら、お貴族サマの邸宅に置かれていても違和感はないだろう。だらしなく開かれた蓋が、せっかくの装飾を台無しにしてるけど。


 宝箱の大きさは幅1m、高さと奥行きが70cmくらいというところか。

 目一杯開け放たれた蓋と、本体の縁には丸っこくて真っ白い大きな歯がズラリと並んでいた。そして、宝箱の内側からはやたら生々しくて太い舌ベロがだらんと垂れていた。よく見ると、箱の縁からはよだれが垂れている。ご丁寧に、上蓋に設けられた鍵穴を模した穴からは鼻ちょうちんが膨らんでいた。今どき、異世界から持ち込まれるという『マンガ』でだってそんなベタな描写は見られないというのに。


 要するに、それは宝箱に擬態する『ミミック』という凶悪な怪物だ。そのはずだ。そのはず、なんだけども……大口を開けて、いびきをかきながら寝こけているミミックなんて聞いたことない。そもそもこれでは擬態になっていないではないか。


 一般に、ミミックは強敵に分類されるモンスターだ。普段はダンジョンの中で宝箱に擬態している。そして、宝箱に収められているであろう宝物目当てに近寄ってきた冒険者を捕食するのだ。迷宮の宝箱には罠が付き物だが、その中でも最悪のものと言える。

 魔法防御が高いうえに、近接戦闘能力も極めて高い。たいていは同一階層のほかの怪物より数段上の強さを持ち、低層に出現したミミックに全滅させられる低ランクパーティは後を絶たない。高レベルのパーティなら偽装に引っかかることはまずないが、それでも真正面から戦闘すればかなり苦戦することになる。

 唯一の救いは、宝箱に偽装しているせいで、あまり移動能力がないことだろうか。動けないわけじゃないけれど、ある程度離れれば執拗に追いかけてきたりはしない。そして、迂闊に近寄らなければ、襲ってはこないという。


 わたしがまだ襲われていないのは、まだ間合いに入っていないからだと思うのだけれど、このミミックが爆睡してるから気づかれてない、って可能性も否定できないよーな……。

 擬態はミミックの強みのはずなのに、擬態とけたまま眠りこけてるって、それでいーのか、あんたは。


 まあなんにせよ、このミミックが今すぐ襲ってこないならそれでいい。まだ扉の向こうでは、のっしのっしと、わたしを追ってきた怪物の足音がしているのだ。わたしにはこの部屋に留まる以外の選択肢はなかった。

 しばらくして、怪物の足音は遠ざかっていった。そこでわたしはようやく一息ついた。


 ふごぉぉおおおお………………ごっ……? 


 ふと、喧しいくらいに響いていたミミックのいびきが途絶えた。

 なんだろう、と思って見ていると、上蓋がガチンと閉じた。

 上蓋の左右二ヶ所には、硬貨ほどの直径の真ん丸い金属球がついてたけれど、それがまるで目蓋のように下から上へとまくれ上がって、中から白地に黒丸の模様がついた宝玉が現れた。クリっとしていて、まるで眼球みたいだった。もしかして、あれがミミックの目玉なのか。

 パチクリと目蓋を開閉させながら、その眼球はわたしを見ていた。


 無言のまま、わたしとミミックは見詰め合った。

 じぃいいい~~~~。

 宝箱の表面に水滴が浮きはじめた。もしかして、あれは冷や汗なのだろうか。

 そうしていると、ふと、ミミックが目を逸らした。上蓋に備わった眼球の、その視線を逸らしたのだ。


「ひゅ、ひゅう~~~、ひゅ、ひゅう~~~♪?」


 宝箱は目線を逸らしながら、上蓋を少し開けて口笛を鳴らした。かすれてはいたけれど、それは紛れもなく口笛だった。てか、あの口でどうやって吹いてるのだろう。


「いやいやいや、擬態がバレたからって、口笛で誤魔化そうっていうのは無理があるからね?」

「ふごっ!?」


 わたしが指摘すると、ミミックは口笛をやめて、しょぼ~んとしてしまった。

 ミミックの挙動はまるで人間みたいだった。わたしが喋る言葉を理解してるのかねえ。

 生きるか死ぬかという極限状態だというのに、わたしはなんだか面白くなってしまった。


 とりあえず安全そうなので、気分転換にわたしはとりあえず空腹を満たすことにした。

 バックパックから、甘いクッキーを取り出した。はちみつを使っている、わりとお高い品だ。

 わたしがクッキーをポリポリ齧っていると、ミミックの上蓋中央にある鍵穴が、まるで鼻のようにひくひくと動いた。いや、あれはもしかして本当に鼻の穴なのかもしれない。クッキーの香りに反応したのだろうか。


 試しに、わたしはクッキーを頭上に掲げてみた。すると、ミミックの小さな目がクッキーを凝視した。次いで、クッキーを持った手を右に左に大きく動かすと、ミミックの視線もそれに追従してくる。なんか、実家で飼ってた犬みたいだ。

 よく見ると、宝箱を模した蓋の縁から何か雫が垂れている。涎か。


「食べたい?」


 わたしがそう聞くと、ミミックは「ふがふがっ」と答えた。どっちだろう。わからん。

 わたしはミミックに向けてクッキーを放り投げてみた。

 すると、ミミックはっとい舌をシュっとカエルのように伸ばして、飛んできたクッキーを空中でキャッチすると、一瞬で飲み込んでしまった。

 ミミックは両目を瞑って、硬そうに見える宝箱の側面がメコッボコッと膨らんではしぼんでを繰り返した。あれは咀嚼してるんだろうか。

 そうやってモゴモゴとやっていたかと思うと、急にまぶたをクワッと開いた。そして、宝箱の蓋がバクンッと開くと、「ふごぉおおおおぉっ!?」と咆哮をあげた。中から出てきた巨大な舌がびろんびろんと宙で踊り狂い、本体の宝箱がガタガタと揺れた。

 あんまりにも激しい動作だったんで、なんかヤバい状況になったのかと、わたしは思わずビビッてしまった。

 ややあってミミックは静かになったけれど、視線はわたしの方を向いていた。


「も一個食べる?」

「ふごふごッ!」


 たぶん、ほしいってことなんだろう。ミミックの口から舌とは別の細めの触手が二本出てきて、わたしのすぐ手前までゆっくりと伸ばしてきたので、そこにクッキーを載せてやった。てか、わたしは余裕で触手の射程内にいたようで、今更ながらゾっとしたんだけれど。

 触手はクッキーを落とさないよう、そろそろと戻っていった。そして、ぱくんと飲み込んだ。今度は目を細めながら、味わうようにゆっくりと咀嚼していた。


 どうにかコミュニケーションとれてるのかな、と思ったとき、わたしの脳裏にシステム神さまのお告げがあった。


『ミミック(レベル81)の〔飼い慣らしテイム〕に成功しました』


 え? とわたしは耳を疑った。システム神さまは、レベルが上がったときとか、スキル関連で何か変化があったときに、それを神託として通知してくれるんだけれども。まさか、テイマーでもなんでもない斥候職のわたしに、テイムのお告げがくるとは夢にも思わなかった。


 てか、クッキーでテイムされるミミックって、なによそれ。そんなんで餌付けされるモンスターがどこにいるのか。

 ミミックって意思疎通が難しすぎて、テイムは不可能って聞いてたんだけどねえ。それに、レベルもわたしよりずっと高い。普通はテイムするときって力でもって相手をねじ伏せるものらしく、そのため自分より低いレベルのモンスターしかテイムできないって言われてる。

 もっとも、このなんかいろいろとユルいミミックが特殊イレギュラーなだけ、という気がしないでもない。

 まあ、なんにせよ、システム神さまが認定しているのだから、テイムは成功しているはず。


「えーっと、きみはわたしと一緒に来るってことでいいの?」


 そう尋ねると、ミミックはその箱を上下にガタガタと振るった。少々わかりにくいが、これは頷いてるってことなのかな。

 となれば、テイマーがテイムしたときに最初にすべきことは、まずは名前付けだったかしら。たしか、主従契約を確定する上で必須だったはず。


「じゃあ、名前はなんにしようか……『みっくん』でいいかな?」


 そう言った途端、ミミックの上蓋についた目が半目になった。安直すぎるけど、しょうがないじゃない。わたしに名前づけのセンスなんてない。

 けど、命名した瞬間に、なにか魂の奥底でこのミミックと繋がったのが感じられた。説明しづらいけど、繋がった、としか表現のしようがない。これがたぶん、テイマーがテイムしたモンスター相手に感じるという『パス』なんだろう。


「よろしくね」

「ふごっ」


 ふと、みっくんの視線が壁際に置きっぱなしになっていたバックパックに向いた。

 みっくんは触手を伸ばしてバックパックを掴んで引き寄せると、ぱくんとその口の中に飲み込んでしまった。バックパックはミミックの宝箱の体よりずっと大きいのに、どういうわけかすんなり収まってしまってる。


「え? ちょっ!?」


 まさか荷物を丸ごと食われるとは思ってなかったので、焦った。

 しかし、すぐにみっくんは再び口を開くと、ゲロ~ンとバックパックを吐き戻して床に置いた。

 味がお気に召さなかったのかと思ったけど、どうも様子が違う。


「ん? もしかして、みっくんの中って、アイテムボックス代わりになるってこと?」

「ふごふご」


 ミミックにそんな能力があるなんて初耳だった。アイテムボックスの機能を持った宝箱に擬態してる、ってことなのか。

 容量は確かめてみないとわからないけど、ひょっとしたらすごいことになるかもしれない。なにせ大量のアイテムを持ち運べるアイテムボックスなんて、超高額すぎてわたしみたいなぺーぺーには絶対手が届かないから。

 まあ、今は容量を確かめる術もないので、まずは迷宮を出ることを考えないと。


 さて、どうやって外に出たものか。みっくんと一緒に。

 試してみたところ、みっくんは触手で床を這い進むことはできるみたいだ。けれど、その歩みは少々遅く、ダンジョン内での移動には適していない。


 わたしの背中に触手でしがみつく形で、わたしが背負っていくのも考えた。しかし、ミミックの触手に巻きつかれている女性、というのはどうにも絵面がひどいわ。異世界の『成人男性向けマンガ』にありそうなネタを実践するのはごめんこうむりたい。

 まあ見た目はともかくとしても、触手はミミックの主武器であり、それが移動のためにふさがれるのはちと困る。この階層ではわたしの戦闘力は役に立たず、みっくんの戦力に頼るしかないのだ。


 悩んであれこれ試行錯誤した結果、赤ん坊を抱っこするように、わたしがみっくんを抱えることにした。手で抱えるだけだときついんで、抱っこ紐の代わりにロープで補助している。要は、コロシアムの観客席で弁当を売る販売員さんと同じスタイルだ。

 バックパックはみっくんの中に保管してもらうし、重量的には問題ない。そして、この形なら戦闘時でもみっくんは存分に触手を振るえる。蓋が開くとわたしの視界がだいぶ遮られちゃうけれど、まったく前が見えないほどじゃない。

 これで、わたしたちは部屋の外へと出た。





 みっくんは強かった。十数本の触手を自在に操り、モンスターを締め上げ、突き刺し、引き裂いた。同階層のモンスターより数段上という評判どおり、ほとんど鎧袖一触だった。ほんと、敵対しなくてよかった。

 みっくんには移動力がないけど、そこをわたしが補うことで、無双状態だった。戦えるアイテムボックスなんて、素晴らしすぎる。


 ただ、それだけで万事うまくいくかというと、そんなに甘くはなかった。ここにはみっくんよりもさらに凶悪で危険な相手がいたのだ。


 そこはT字路になっていた。たぶんマップの構造からみて、もうじきこの階層から出る階段があるはず。顔を半分だけ出してT字路の左側を見ると、そこにはたしかに上に行く階段があった。

 そして、T字路の反対側の右奥を見て、わたしは凍りついた。通路の先に、そいつは立っていた。


(ミノタウロス、亜種……?)


 通常のミノタウロスでも充分脅威なんだけど、それより二周りは大きい。まさに筋肉の塊という感じで、二の腕なんてわたしの胴回りより太そうだ。巨大な角と全身を覆う長い剛毛は、牛の魔物というより野牛の魔物と言ったほうがいいかもしれない。

 一目見ただけで、全身の毛が逆立った。わたしの未熟な斥候スキルでも、あれのヤバさは感じ取れた。みっくんでさえも、ブルブルと震えているくらいだ。


 迷宮の下層では、ごく稀に異常な強さをもったモンスターが生まれることがあるという。

 その強さは階層主ボスや、迷宮核の番人ラスボスをも上回る。迷宮の法則に囚われず、暴虐の限りを尽くすそれは、『徘徊する災厄』あるいは『魔王』とも呼ばれるイレギュラー。

 あれはそういう類のモノだ。絶対に、『勇者』でもなんでもない斥候職わたしなんかが相対していいモノじゃない。


 幸い、まだそいつは背中を向けていて、こちらに気づいていない。隙を見て階段まで行くしかない。けん制になるかわからないけど、携帯ランプ用の油の瓶を用意しておく。

 階段まで五十歩ほどか。ゆっくり、足音を立てないように、慎重に階段に向かって歩いていった。後ろを見たらくじけそうなので、ひたすら階段だけを見ていた。

 あと三十歩ほどまで来たところで、


「グォオアア゛ア゛ア゛ア゛ーーーッ!!」


 後ろで獣が咆哮をあげた。心臓が止まりそうになったけれど、わたしは全力で駆け出した。

 背後からドッタッドッタッと足音が迫ってきているけれど、振り返って確認してる余裕はない。見てしまったら、きっと心がくじける。

 わたしは走りながら、油の瓶を後ろへ放り投げた。火を付けられればと思ってたけど、これじゃ無理そう。

 背後の気配がもうあと少しまで迫ったとき、ズルッと音がして、ドタンッと何かが倒れて派手に床に当たる音がした。

 その間もわたしは一心に走り続けた。後ろの気配が遠ざかっていく。

 そうして、わたしは階段にたどり着くと、休む間もなく上へと向かった。後ろからは、獣の雄叫びが響いてきた。

 階段までは追ってきていないらしく、どうやら逃げ切れたようだ。





 長い階段上がりきった先には扉があって、それを開くと、見覚えのある場所に出た。一階層の端っこの通路だった。

 通路を進んで、馴染みのある広間に出た。

 ここまで来れば一安心。わたしはみっくんを下ろして、床に座り込んだ。


「はぁ~~……」


 ほんと、あんな場所からよく生きて帰って来れたもんだ。みっくんがいなかったら、絶対に無理だった。

 しかし、ほっとしたのもつかの間。広間の別の入り口から、数人の男たちが入ってきた。

 全員、知っている顔だ。特に、先頭の野郎は因縁の相手だった。


「マーティネスッ!!」


 頭に血が上って、わたしは怒鳴った。マーティネスはわたしを落とし穴に突き落とした犯人だ。草の根分けても探し出すつもりだったけど、まさかこのタイミングで遭遇してしまうとは。


「セ、セシリア!? 貴様ッ、生きていたのか!」


 奴も驚いていた。わたしが生還するとは夢にも思わなかったのだろう。取り巻きたちもギョッとしていた。


「地獄の底から舞い戻って来てやったわよっ! あんたをブチ殺すためにねッ!」

「くそっ、こうなったら仕方ない。殺せ!」


 マーティネスの号令で、他の連中も武器を構えた。

 わたしも武器を構えたけれど、ここでの遭遇は想定外だった。準備もなしに、勢いでこの状況に陥ってしまった。みっくんはモンスター相手なら間違いなく強いけれど、人間相手というのはまた別の難しさがある。連中はクソ野郎どもだが、中堅冒険者パーティとして名を馳せている連中である。連携の技術はまったく侮れない。

 しかし、事ここに至って、予想外の状況ではあっても奴から逃げるわけにはいかなかった。


 双方ともに殺意全開で、互いに武器を向け合って対峙しているとき。人間同士の諍いなどまるで斟酌しない乱入者が現れた。


「グォオ゛オ゛オ゛ォオオ゛オーォーーッ!!」


 わたしが通ってきた通路の奥で、あのミノタウロス亜種が威嚇の雄叫びをあげていた。


「なんでっ!?」

「な!? ミノタウルス!?」


 まさか、わたしを追ってきたのだろうか。

 それだけじゃない。ミノタウロスの背後、通路の奥には夥しい数のゴブリンやオークが通路一杯にひしめいていた。すべてこの階層にいるはずのないモンスターたちだった。


「なんであんなにモンスターが!? まさか、スタンピードッ!?」


 誰かが叫んだ。

 普段はダンジョン内のそれぞれの棲み処から出てこないモンスターたちが、何かの切欠で一斉にダンジョンの外へと這い出てくる現象。それがダンジョンが引き起こす災害、スタンピードである。

 モンスターたちはダンジョンの外では生きられず、数日もすれば死んでしまう。しかしその間に、モンスター達はダンジョン周辺地域で暴れ周り、甚大な被害が出る。災害と呼ばれる所以だった。

 当然、ダンジョン内に残っている人間など、間違いなく皆殺しにされる。


「うわぁああ!」

「に、逃げろ!」


 マーティネスとその配下どもは先を争って逃げ出した。

 わたしも逃げなきゃいけないんだけど、床に下ろしたみっくんを再び担ぎ上げないといけない。絶対に間に合わない。咄嗟に、わたしはみっくんの影に隠れた。それ以外、思いつかなかった。

 冷静に考えたら、普通はそんなんでやり過ごせるはずないんだけど、ミノタウロスはわたしのほうを一瞥しただけで、そのままマーティネスたちを追いかけていった。

 あちらのほうが脅威度・優先度が高いと見たからか、それとも単純にあっちの方が体格が大きい分、肉の量が多くて食い出があるからなのか。モンスターの考えることなんてわからないけれど、とりあえずわたしはターゲットから外れたらしい。


 ただ、それで危機を脱したかというと、そんなことはなかった。ミノタウロスが引き連れてきたオークたちは、間違いなくわたしをターゲットとして近寄ってきていた。

 ゴブリンやオークは、単体ならみっくんの方が圧倒的に強い。しかし、相手の数が尋常じゃなく、すべてを殲滅できるとは限らなかった。取りこぼした奴がわたしに向かってきたら、わたしにはかなり厳しい。


 絶体絶命か。そう思ったとき。

 みっくんの舌が伸びてきて、わたしの腰に巻きついた。


「え? ちょっ!?」


 そのままみっくんの口へと引き寄せられ、わたしは宝箱に飲み込まれた。ちょうど、ミミックが獲物を捕食するときのように。

 スタンピードの影響なのか。まさか、このタイミングで裏切られるとは思ってもみなかった。テイムしていたはずなのに。気持ちは通じてると思ってたのに。

 そうして、わたしの意識は遠くなっていった。





『セシリア、おきて』

「う~~ん……ん?」


 誰かに呼ばれた気がして、そこでわたしは目を覚ました。


「ここは……」


 起き上がったわたしが目にした光景は、ひどく美しく幻想的だった。

 柔らかい日差しが辺りを照らしていて、春のような暖かい風がゆったりと吹いていた。その場所は森の中にできたちょっとした広場で、地面はやわらかい草花で覆われていた。すぐそばには石造りの小さな噴水があり、湧き出た水が零れ落ちて、小川となって森へと続いていた。周囲を囲っている森は木々が生い茂っているが、下生えにも適度に光が当たっていて、陰鬱さは感じられない。

 そして、そこかしこに光の玉が漂っていた。手の平ほどの大きさのそれをよく見ると、人の形をしていて、思い思いに戯れていた。今ではほとんど伝承でしか知られていない妖精たちだ。これほど大勢いるのは、奇跡に近い。


 周囲の光景に見とれていると、不意に声が響いた。耳で聞いているというより、頭の中に直接響いてくるような感じ。


『おどろかせちゃって、ごめんね、セシリア』


 聞き覚えのない、子供の声。でも、思い当たるとしたら一つしかない。


「もしかして……みっくんなの?」

『うん』

「あなた、喋れたの?」

『ここはボクのなかだから、おもってることがすごくつたわりやすいんだとおもう』

「中?」

『うん。ボクのなかはいくつかの「あくうかん」とつながってて、ここはそのうちのひとつ。そとはあぶなかったから、セシリアをここにいれたの』


 みっくんの内部というのは複数の亜空間とつながっていて、それでアイテムボックスのようなことができるらしい。これだけの空間となるとその容量は破格だし、生きたままの人間が入れるというのはアイテムボックスにはない特性だ。

 てっきり、わたしはみっくんに喰われたと思ったんだけど、実際にはスタンピードから逃れるため、みっくんの判断で緊急避難的にわたしを内部に収容してくれたらしい。

 裏切られたと思ってしまって、ごめんなさい。


 もう少し聞いてみると、どうやらこの空間は妖精の里をまるごと亜空間に格納したものらしい。大昔、妖精の女王に頼まれて、妖精たちの避難場所にしていたということのようだ。

 ミミックの中に、こんな世界が広がっているなんて。これはもう、伝説とか神話級の話じゃなかろうか。……とはいえ、いかんせん一介の斥候の身には余るスケールの話なので、スルーするしかない。


「みっくん、助けてくれてありがとうね」

「♪~」


 とりあえずここは安全そうだし、半日もたてば一階層にあふれたモンスターたちもバラけてくるだろうから、それまでここで休むことにした。





 休息をとった後、わたしはみっくんの外に出た。

 一階層はひどい有様だった。赤い血と青緑の体液がそこら中にぶちまけられ、肉片と骨、そしてモンスターと人間の死体がそこら中に転がっていた。

 マーティネスも、その手下たちと一緒に残骸になっていた。半分欠けた頭くらいしか残ってなかったけど。自分で始末したかったものの、あの状況じゃ仕方ないか。

 マーティネスたちの所持品のうち、荷物運搬用の台車が無傷で残っていたので、これを拝借してみっくんを載せた。これでだいぶ移動が楽になりそう。


 まだ一階層にはちらほらとモンスターが残っていたけれど、大半はダンジョンの外に出てしまったようだ。

 スタンピードの原因がわたしを追い掛けてきたあのミノタウロスのせいだとしたら、故意じゃなく偶発的なものだったとはいえ、わたしにも少々責任があるような気がしないでもない。

 多少はモンスター討伐に協力しないとダメだろう。幸い、モンスターが密集してさえいなければ、みっくんが対処できる。


「さて、行こか」

「ふごっ」


 わたしとみっくんはダンジョンの外へと向かった。


〔了〕

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わたしとみっくん ~ 絶望的なダンジョンの奥底で、変なミミックに懐かれました えどまき @yedomaki

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