第2話『情けは人の為ならず』とか『役不足』とかって誤用が多いよね

狭間はざまさん、その本好きなの?」……と聴いてみた。


 ……狭間さんは首を横に振り、また本に視線を落とした。


 この女性ひと……嫌いなのに読んでるの?


 僕は「読書中に悪いね……。 聞き流してくれて良いからね」……と前置きをして、狭間さんに話し始めた。 


「……僕は、その本を読んで人生が変わったんだ。 ……以前、僕は人の為に生きる事が自分の人生を豊かにする……と思って生きてた。 ……でも、そう思って頑張れば頑張るほど裏切られ、つらい思いをして来たんだ。 ……人に何かをしてあげると、その時だけは『ありがとう』なんて調子良く言ってくれたりするけど、そのじつ、心から本気で感謝してくれている人なんて居ない……って、思い知らされたんだ……」


***


 以前、僕の座右の銘は『情けは人の為ならず』だった。


 人にかけた情けは、絶対に自分に帰って来てくれる……と信じてた。 ……でも、現実は違っていた。


 僕がかけた『情け』は、数知れない。 でも、それに見合った『情け』が返って来た事なんて……1度も無かった。


 ……自分の名誉の為に言っておくけど、僕は、元々『見返り』や『対価たいか』を求めて『情け』かけた訳じゃ無かったんだよ。 ……困っている人が居れば、損得なんて考えず、身体の方が、いつも勝手に動いてた。 でも、ふと振り返ってみると……結局は『徒労』だった事が判明してた。


 ……僕は中学卒業くらいまでに、生まれ付き持っていた『情け』を使い果たしてしまったんだ。 ……きっと……。


 そんな時に出会ったのが、この『完璧な人生』という本だった。


 この本は、これまで自分がどれだけ人生を無駄にしていたか……を教えてくれた。


 ページをめくると、以下のような『金言』だらけだった。


・誰かの事を心配したり、助けたりする……それこそが時間の『無駄』


・誰かの為だと思って行動するなんて『無駄』な体力を消耗するだけ


・思い返して『ああしておけば良かった』『ああしなければ良かった』……と後悔するのは『無駄』な精神的疲労。 


・全ての人間は『自分だけが良ければそれで良い』と思っている。 ……だから、相手を思いやる必要なんて無い


・とどのつまりは、他人と関わる事自体が人生の無駄遣いだ!

 

***


 ……狭間さんは、下を向いたまま、小さな声でこう言った……


「完璧……なんて、つまらない……」


 ……な! なんですと!?


「じゃあ、狭間さんは『完璧』って事?」


 狭間さんがコクリと頷いた。 そして……


「わ……私は……『無駄』もしたいし『後悔』もしてみたい……」


 ! 僕は、いくら望んでも無駄や後悔が残る人生しか送れないのに、なんでこの女性ひとはそんな、事も無げに口に出来るんだ?


 そもそも、何でそんな人が、この本を読んでるんだろう?


「狭間さん……自分が『完璧』って思うなら、何でこの本を読んでるの?」


 ……暫く沈黙が続いたあと、狭間さんが立ち上がり、ボソッと……


「……彼を知り、己を知れば……百戦してあやうからず」


 ……と呟いて、教室を出て行ってしまった……。

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