14.ローデンでの過去 運命の邂逅
ゼスを先頭にした騎馬の小集団はベルシスの指示通り旋回し、丘を登るまでにも何騎か討ち取られた。
だが、討ち取られた数より多くの騎兵が死力を尽くして丘へと集まり、最終的にはベルシスの目には二、三百騎が終結したように見えた。
死地でかつての精悍さを取り戻した彼らは、もう止まる事はない。
「よく耐えた。これが乾坤一擲の一撃だ! 己が武勇に全てを賭けろ!」
そして、丘を登りきればベルシスが下知を飛ばして敵左翼に突撃を仕掛ける。
「全軍突撃!!」
丘を下る勢いも借りて風のように疾駆する騎兵集団の先頭はゼスとベルシス。
先頭は当然狙われ矢がベルシスの頬を掠め、頭髪を吹き飛ばす。
「ベルシス・ロガはここにあり!!」
それでも、ベルシスは半ば自棄になりながらも自身の存在を誇示し続けた。
カナギシュ騎兵までの距離が遠く感じる。
背後で落馬したボレダン族の呻き声が聞こえた。
(振り返るなっ! 真っ直ぐに敵を見据えていなければ……)
主観的には緊張に包まれた長い、長い時間は、実際にはそれほどの長さは無かった。
カナギシュ騎兵の陣に飛び込むとゼスは剣を振るう。
カナギシュ騎兵も負けじと短弓から剣や槍に持ち替えて応戦しようとするが、後続のボレダン騎兵がそれを阻む。
こうして、ボレダン騎兵は雪崩の如くカナギシュの包囲陣左翼を打ち崩して、一点集中突破を成功させた。
ベルシスは死地を脱したのだ、ひとまずは。
※ ※
ベルシスの最初の案ではゼスやボレダン騎兵と共に森へ逃げ込む筈だったが、カナギシュの追撃はすさまじく、それだけにベルシスを逃す訳にはいかないのだろうと感じられた。
それはボレダン族の男達にも感じ取れたようで、追撃を受ける最中、数十騎を率いる男がゼスとゼスにしがみつくベルシスに向かって言った。
「カナギシュのファマルめはゾスの将軍殿が生きていると都合が悪いらしい! なれば俺たちの戦いの指針は一つ! 将軍殿に生きてローデンに戻ってもらう事だ!」
「何をするつもりだ!」
「時を稼ぐ! ゼスよ、不甲斐ない俺たちだが、最後にボレダンの矜持を思い出せたぞ! さらばだ!」
そう告げて数十の騎馬が旋回を始め、雄たけびを上げてカナギシュの追撃部隊に突撃を掛けた。
その光景にベルシスが思わず叫ぶ。
「無茶だ!」
「……確かにそうだ。だが、あんたには生きてローデンに戻ってもらわねばならない。カナギシュはそれで報復に怯えて暮らすことになるし……俺たちの最後を」
「ふざけるな! 最後まで生き抜くために戦え! ボレダンの矜持は包囲突破で示したんだ! あとは生き残ってボレダンの力でカナギシュに!」
「……」
ゼスはベルシスの言葉に沈黙を返した。
そして暫し間が空いてから、小さく息を吐き出して重々しく口を開いた。
「家族は囚われたか、殺された。戦えた少数の者だけがここにいる。仇を討てずとも一矢報いなくては矜持を示した事にはならない」
それだけ告げるとあとは黙って馬を走らせた。
ベルシスは今の自分は無力であると痛感し返す言葉を持たなかった。
(年若く未熟な私では、死を覚悟して一矢報いようとする彼らを止める術はないのか……)
結局、陽が落ちかける頃にはゼスはベルシスを森まで送り届け、降りるように告げた。
ベルシスは暫し迷ったが、馬を降りると護衛のように付き従っていたボレダンの男たちがベルシスに向かって馬上ではあったが右手を左手で包み、敬意を表して去っていく。
次々と去っていく中で一人の騎兵がベルシスに馬を寄せる。
「貴方は若くとも、まさしくゾスの将軍であった。窮地にあっては誰よりも勇敢で我らの矜持を取り戻してくれた。感謝いたしますぞ」
それだけ言うと、はにかんだように笑って馬首を翻して去っていく。
夕日に照らされた真っ赤な平野にボレダンの男たちが向かっていく。
最後にゼスも、ベルシスに向かって右手を左手で包む馬上礼を行い。
「もし生きてまた会えたならば――あんたの下で働くのも悪くない、そう思える指揮だったぞ、ベルシス」
「その言葉忘れるなよ、必ず救援に向かう。無理な戦を仕掛けず、足掻くんだぞ!」
必死なベルシスの言葉に笑いながらゼスもまた馬首を翻して赤い平野に去っていく。
ベルシスもまた彼らに背を向けて森へと進む。
その背を見送るなどと言う悠長なことをしては助けられる者も助けられないからだ。
だが、ベルシスはそこで自分の運命と出会う。
ローデンの民がベルシスに心服するようになる出来事の前兆として。
それはベルシスにとっては単なる偶然でしかないが、ローデンと言う地方の宗教観からすれば必然の出来事であった。
※ ※
ローデンの街に繋がる筈の森は深く険しい。
ましてや日が沈みつつある今の時刻ではそこは闇が支配する領域。
気ばかり焦って進んでいたベルシスだったが、自身が道に迷った事を自覚するのにそう時間はかからなかった。
「い、急がなきゃならんのに……」
物語によくある竜が住まう様な場所にも思えて、ベルシスは原始的な恐怖と心細さを覚えたがそれでも歩みは止めなかった。
そこに、ふっと赤い物が森の中を横切ったように思えた。
(け、獣か? いやでも、赤いぞ? か、怪物か?)
(……なんだ? まさかこの辺には獣だけじゃなくて怪物もいるのか?)
思わず恐怖に立ち止まってしまったベルシスだったが、それが赤い衣を纏った少女だと気付き、安堵の息を吐いた。
少女は片手に明かりをもっていたから、その姿が視認できたのだ。
「き、君!」
ベルシスは助かったと思い声をかけると、少女は明かりをこちらに掲げて、あっと小さな声を上げた。
そして、トテトテと森の中とは思えぬ軽快さでベルシスの傍にやって来て、たじろぐベルシスに構わずに深い紅の衣の懐から布地を取り出してその顔を拭おうとした。
「転ばれましたか?」
「え? いや……馬から落ちた、のかな」
「それでこの程度の軽傷で済まれたのは、三柱神の加護があったのですね」
そんな会話をやり取りしながらも少女はベルシスの顔を拭うが、血は固まっているので落ちない。
少女も諦めたのか、可愛らしい顔に不満を浮かべながら布地をベルシスの顔から遠ざけ。
「それに、夜迫る森に一人でいて……。危ないですよ」
「それはそうだが……私にはやる事がある。街まで案内してもらえまいか?」
「――分かりました。お手を取らせていただいても?」
灯りもなく、土地感もないベルシスは正直その方が助かるので一つと頷く。
その様子を見て少女がベルシスの手を握った、ひんやりと冷たい手だった。
「貴方が――隻眼のウォーロード」
「はい?」
「――いいえ、なんでもありません」
謎めいた言葉を告げる少女に引っ張られながらベルシスは森を歩く。
三つか四つは年下だと思われる少女に、ベルシスは自分に起きた身の上を語りボレダン族を助けねばならないと懸命に伝えるが、聞いているのかいないのか反応があいまいだった。
時々相槌を打ってはくれるが、心ここにあらずと言った風に思えるのだ。
(大丈夫なんだろうか?)
「聞いておりますし、大丈夫ですよ」
「……っ?」
(お、思わず考えを口に出していたか?)
間抜けた声を上げたベルシスを見やって、紫色の神秘的な瞳で私を見上げて少女は笑った。
引っ張られるままに森を進んだ先に、明らかに人工物である苔むした石造りの建物にたどり着いた。
屋根と四方に柱があるだけの、簡易な神殿のように思えた。
「ここから地下道を通ればローデン市街の建物に出ます」
「ああ、助かったよ」
ベルシスは礼を述べると少女は嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
<続く>
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