第21話 ソウル・サルヴェイション(1)
あたしが学校で笑うことはない。
そりゃ、友達付き合いで笑ってるふりをするくらいはある。けど、それだけ。
あたしが本気で笑えるのは、シキと一緒にいるときだけ。
――彼が再び引きこもってから一週間がたった。
部屋に鍵を付けて、誰も入ってこられないようにして。
いまのあたしの……シグルドリーヴァの力を使えば鍵くらい簡単に壊せるだろう。けど、何故か体が拒んだ。
……生徒会長のウズ先輩が教えてくれた、シキの精霊としての能力がそうさせているのかな。わからないけれど。
「伊東ってさ、来宮さんが一緒の時が一番輝いてなかった?」
「あー、なんかわかる。一年のころはなんかパッとしなかったもんな」
「来宮さんが来てからだったよな。急に可愛くなったの」
「それな!」
放課後の教室。クラスの男子の騒ぎ声。小耳にはさんだその会話が妙に的を射ているようで、少し嫌になる。
なにもない空間とにらめっこして、それから軽くため息を吐いて。
「……ハル」
不意に、鈴の鳴るような声があたしの名を呼んだ。
即座に笑顔を作って「はいはーい」と応対する。
「フユ、どうしたの?」
「オーディ……生徒会長から『生徒会室に来てちょうだい』とのことづけだ」
「わかった。一緒に行こ」
生徒会室のドアを三回ノックすると、中から「はーい」と声が聞こえて。
「いらっしゃい、ハルちゃん、フユちゃん」
扉を開けると、中には会長以外は誰もいない。長机の上にはティーセット。
「座りなさいな」
「わ、わかりました」
答えながらティーカップの前の椅子に腰かける。フユもそれを真似るように腰掛けて。
会長は話し出した。
「単刀直入に言うわ。……昨日、しばらく休んでいた来宮さん――シキちゃんから電話がかかってきたの」
「シキから!? ……です、か?」
あたしは酷く取り乱す。
なんで……なんであたしじゃなくてこいつに……。
ここで暴れるわけにもいかない。深呼吸して怒りを鎮めて。
「……それで、なんて言ってたんですか?」
目の前の女を睨みつけながら、聞いた。
「明日――つまり今日、放課後に自宅に来てください、とのことよ」
なるほど。
やっと、やっとシキに会える!
「行く! 行きましょう!! いますぐにっ!」
あたしは叫ぶように言う。
「わ、わかったから……ちょっとトイレに行かせて」
会長はすこし引きつつ席を立つ。そのままトイレに向かう前に振り向いて、いままで蚊帳の外だったフユに聞いた。
「フユちゃんも行く? いちおうあなたも呼ばれてるのだけど」
彼女はこくりとうなづいて。
「呼ばれてるのであれば行こう。……シキとも、久しく会話していないのだ」
「……普通の家、というのはこういう家屋のことを言うのか」
「そういうことは言わないの」
ナチュラル失礼をかますフユをたしなめる会長。
そんなやり取りを背に、あたしは息を呑む。
シキがいない一週間はあまりにも無味乾燥だった。あの日までは一晩シキと会えない日があっただけで辛かったのに、一週間も離れてたのだからもうおかしくなりそう。
いや、既におかしくなっていたかもしれない。
息は荒くなって、心臓はバクバクと鼓動して。
もし、拒絶されたらどうしよう。
緊張とか不安とかが入り混じりながらも、あたしは玄関のチャイムを鳴らした。
「はーい」
出てきたのは幼い少女。シキの妹のアキ。
「ハルさん……シグルドリーヴァと、オーディンと……たしか、レギンレイヴでしたか。白髪の精霊」
レギンレイヴ、とはたぶんフユの力の名前のことだろう。精霊同士は能力の名前で呼ぶ習わしがあるって会長に聞いたし。
その会長は、アキに何かを聞いていた。
「……『アキ』でいいのかしら」
「スクルドと呼んで構いません。今までもそうだったでしょう」
さあ、お入りください。そう言って招き入れるアキに怪訝な面持ちをする会長。それを横目に、あたしはリビングに向かう。
そこそこに大きめの部屋。四人掛けのテーブルに、ダイニングキッチン。いつもならここでテレビでもつけてくつろぐのだけど、今日はそんな気分にはとてもなれなかった。
もうすぐシキと会えるんだって。それが、それだけが、とてもとても嬉しくって。
どきどきと、ただ心臓が激しく脈を打っていた。
「そういえば、です。最近、お姉ちゃんとのつながりが弱くなっているような気がするのです」
「例えば?」
「思考が読めなくなったり……あと、体も重い気がしますし」
「……そう」
そんな会話をぼんやりと聞きながら、あたしはシキを待った。そうしてしばらくして。
「ごめん、遅くなった。……みんな、久しぶり」
シキが現れた。
制服姿。腰まで伸びた長髪を簡単に結んで、少し身ぎれいにしているように見える……けど、あたしにとってはもうどうでもいい。
「シキ! 会いたかった!!」
「そうか。本当にごめん。……ちょっと、色々あってさ」
「色々ってなによ! もう……」
感極まってちょっと泣きそうになるあたしを、シキはそっと撫でて。
「……来てくれてありがとう。ウズさん、フユ。あと、ハルと、アキも」
そっと、何かをあきらめたような微笑みを浮かべた。
「どっか、出かけようか。……たとえば、ショッピングとかにでも」
あたしたちは出かけた。
行き先は、少し遠くのショッピングモール。
着いたら、五人で服屋さんを巡った。
かわいい服をいっぱい見て、試着して、ついには買ったりして。
それから、チョコレートドリンクをみんなで買った。
イケてる写真なんか撮って、インスタに上げたりなんかして。
笑いあって、はしゃぎあった。
あたかも、普通の女の子みたいに。
時間はあっという間に過ぎていった。
――残酷に、過ぎていった。
「今日は楽しかったね!」
帰り道。笑うあたしに、会長……ウズ先輩とアキはつられて笑って。
シキも、微笑んでいて。
ただ、フユだけは訝しげな表情をしていた。
「どうした? 楽しくなかった?」
シキが聞くと、フユは「いい息抜きになった」と言い。
「……だが、少しだけ、気になることがあった」
間を置きつつ、遠慮がちに。
しかし、彼女は列挙する。その違和感を。
「何故、いつまでも日が沈まないのだろう。午後も遅いはずなのに。何故、金銭は底をつかなかったのだろう。あれほど物を買ったのに」
……言われてみれば。
シキの家に集まったのは放課後で、そもそも高校の授業が終わるのはすでに日も沈みだす頃のはず。それなのに、三時間くらいは遊んでいて何故日は沈んでいないのか。
お金なんてもっと顕著だ。高校生はたいてい使えるお金に限度があるはず。バイトをしていたりすれば別だけれども、あたし以外は働いているような気配はない。
ウズ先輩は度々学校に行けなくなるくらいに病弱なので働けそうもないし、フユちゃんはバイトをしていたらこんなに世間知らずで変な口調にもなってないだろう。シキは数日前まで引きこもりでニートだったのでナシ(というかすでに把握済みだし)。そしてアキは論外。小学生がバイトできることは法律的にありえない。
そしてあたしは、バイトはしてるけど――
「たしかに今日、お金下ろしてないじゃん」
――そういうことだった。
「気付かれちゃったか」
シキの一言。それとともに……轟音が響き渡った。
「――どういう……」
ウズ先輩の疑問はかき消されて、直後に答えは明かされる。
オレンジ色の空。その向こうにいたのは――あまりにも大きな、真っ黒いカマドウマだった。
「とっくにわかってたんだろ?」
「なに? なんのこと!?」
わからない。否、わかりたくなかった。
ほかのみんなも悟ったみたいで――アキが恐る恐る口にする。
「……この世界は、夢、ですか?」
「そうだよ。……僕の作りだした、夢の世界さ」
カマドウマの形をした怪物の跳躍によって、踏み荒らされる町。人のいない不自然な、しかし妙なリアリティにあふれた街並み。
これが夢の世界だというのなら、なんて夢のない夢なのだろう。
「なんで、こんな……」
その質問に、シキはうつむいて。
「……ただ、最期に思い出の一つくらい作りたかった。それだけさ」
「さいごって……どういう……」
嘘だ。やっと会えたのに。
この言葉の意味することくらい、分かってたはずなのに。
予感を裏切ってほしい。
「言葉通りさ」
少しの間を作って、彼は「予想通りの答え」を告げた。
「僕は、君たちの中から消える。起きたら僕のことは誰も覚えていない。……神様のことなんて、誰も覚えていないほうがいい」
「かみ、さま?」
「そう。……僕は神になることにしたんだ」
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