悪役令嬢はバラッドを好まない

个叉(かさ)

Petroselinum crispum





§ § §




高く聳える尖塔。

何処までも伸びる、化粧石の美しい白い筒状の先端は、雲海の中にあるため霞んでいる。


薄暮に影落とすそれを、数人の男たちが目指す足音が森に響いた。ものものしいその気配に、不穏な空気を感じた小動物達が逃げていく。彼らは木々をかき分け塔に辿り着くと、扉の前に立った。

黒く重厚感のある木製の扉が、彼らを迎える。

金髪の男が金の装飾のあるノブに触れると、パキンと音がして扉が軽く開いた。男たちは無言で内部に入り込む。

塔の一階部分。そこはがらんどうで、ただ、手前に円形の筒がある。彼らはその中に躊躇わず入っていく。同じ男が、筒の仕掛けを動かした。筒の中の地面が光り、上に登っていく。


彼らが内部に入った後、塔の周囲には数十人の男が残された。それは彼らの護衛の兵。なぜ護衛がいるのか。

それはこの塔が要所であるとともに、ある罪人を幽閉しているからだ。万が一が有ってはいけない罪人を。ただし、彼らはこの塔に入る権限を持っていない。古代からあるこの塔には、そういう仕掛けが施されていた。塔に入る権限には特定のコードが求められ、それ故に外部との接触は限られている。

繰り返しになるが、ここは罪人を一人、幽閉している。しかし、それとともに、聖なる塔でもある。


男達が乗り込んだ円柱の昇降機は、最上階の数階前で上昇が止まった。

この先は雲の上。空気が薄くなるギリギリの階だ。


茶髪の男を筆頭に円柱から出てきた男たちは、その階にある木製の扉の前で唾を飲み込んだ。そして扉を開く。

そこは、粗末な部屋だった。

聖なる場所に似つかわしくない、窓のない部屋。

隙間なく壁を覆っている暗い色の石に吊り下げられたハーブ。パセリだろうか。

簡素な寝台に簡易的な用足しがある。それから粗末なテーブルとこじんまりとした収納式の椅子。

鉄格子こそないが、堅牢な獄だ。


収納式の椅子には、女性が腰かけていた。

赤の癖毛。もとは豊かで長く、艶めいていたその髪。今はざんばらに切り刻まれている。

振り向いた彼女の勝ち気な瞳は、黄、茶、青と緑の混じる神秘的な瞳。

襤褸を着せられてなお気品漂う凛とした佇まいに、男達は怯んだ。


「お久しぶりですわね、皆様」


椅子から立ち上がるその所作一つでも、完成されている。そんな彼女に、茶色の髪の男が食って掛かる。


「一ヶ月も幽閉されているというのに、ずいぶん元気じゃないか」

「そうですわね、規則正しい生活はいいものですわ」


彼女は男の挑発にのらず、一つあくびをする。


「失礼。今朝も早かったのよ」

「何をのんきなことを。リュ-ディア・キルシ・ヴェテライネン。貴様が仕出かした未来の王妃への愚行、忘れたのか」


男が眉間に際を寄せて、リューディアに詰め寄った。


「まあ。アーロ・レピスト。次期騎士団長に名高い貴方が女に現を抜かすなんて。今が非常時でなくてよろしかったこと」


アーロがいきなり距離を積めてきたことに、彼女は少しおどけて見せる。


「あら、非常時かしら。書記官長のアレクシ・ヴァリス、外交官見習いのアハト・ヴィッレ・リンドロース。確か貴方は見習いとはいえ、お父様の担当をそっくりそのまま受け継いだでしょうに。国事を差し置いてこのような場所にいらして大丈夫なのかしら」


茶髪の男と、黒髪の眼鏡の男が、目に見えて動揺する。

お前達の名前は知っている。牽制と皮肉たっぷりに、彼女はアーロ達を睥睨(へいげい)した。


「今日は国が滅びる日?要人が揃いも揃って国の最果てに集合して、いま隣国に攻められればひとたまりもありませんもの」


言葉のでない二人に、彼女は続けた。


「さがりなさい。貴男方より私の方が格上の公爵。それに私は」


生まれながらの威圧。彼女に気圧されて、彼らは半歩さがる。そこに凛とした声が響いた。


「俺の婚約者だった、だろう」

「クスター様」


男爵の後ろから、金髪の男が進み出る。

彼の瞳は濁った空の色。クスター・ラウリ・オヴァスカイネン。この国の、第二王子。王位継承の第一位。

第一王子が聡明ではあるが、多少の難を抱えていることから、くりあがった第一位の王位継承者である。


王族の証である彼の輝かしい金の髪に、公爵令嬢は目を細めた。






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