第6話 待ち合わせ<碧>

「おい、遅いぞ」

 待ち合わせ場所である高校の最寄の駅前にある噴水広場には、光岐がいた。眉を顰め、光岐は身体を震わせていた。コートもセーターも着ていなければ、そりゃ寒いだろうと言いたくなった。僕の方はというと、ちゃんと制服の上にダッフルコートを着ているし、買ったばかりのネイビーのセーターも着ている。

 そんなことは、いい。ひとまず本題に入らなければならない。

「お、おい……」

 光岐がどよめきながら、人差し指をある方向へと向ける。

 指先には、水谷美月がいた。

 さりげなく校内では、白シャツの上に白いセーターを着ていたくせに、いつの間にかセーターを脱ぎ捨て、白のパーカーを着ていた。こういったところも抜け目がない。

 そんなことはともかく、語弊がありそうなので、さっさと光岐に事情を伝えたほうが良いのかもしれない。

「これには事情があって」

「お、おい、まさかお前彼女が……」

「違う」

 水谷とほぼ同時に否定の声を上げた。なんだか、アイドルグループのユニゾンのようだ。

「ただの同級生だ」

 そうか、と光岐は引き気味に反応を示した。

 勘違いと思い込みばかりが多い世界だ。意思表示を怠らないことが生きる道を築き上げることに繋がる。

「同級生ということはわかった。だけどなぜ、ここにいるんだ?」

 当然の疑問だ。頭の中を整理し、事情を伝えることにした。

「なるほど。話してしまったか」

「ごめん。話さないほうが逆に面倒になると思った。だから、連れてきたんだ」

「ねえ、ちょっと聞こえている」

 はいはい、と僕は適当に水谷の指摘する声を受け流す。

 ツリーにイルミネーション点灯されているこの喧騒な噴水広場にいる人々の目に、僕らの姿はどう映るのだろうか。

「まあ、謎を解くなら、人数は多い方がいい」

「そうでしょ」

「手分けして、探したりもできるしな」

「ねえちょっと、私も仲間外れにしようとしていない?」

 話の方向性がずれたということもあり、本題に入ることにした。

「というか、なんで待ち合わせ場所をここにした? 湊の元カノの高校で待ち合わせするんじゃなかったのか」

「そりゃ、碧が学校を後にするのが遅いからだよ」

「それは僕が悪かった。ごめん。でも、ここで待ち合わせをしていたら、湊の元カノの動向がわからないよ」

「何も問題はない」

 光岐は名探偵でもなったかのように、決め顔をしていた。様になるには、まだまだ年を重ねる必要があるようだ。

「すでに俺は早めに学校を後にし、湊の元カノである西條さんの後を追いかけた」

 はあ、なるほど。

 なんだかよくわからないけど、僕は光岐の行動力に感心した。噴水広場付近に置かれた偉人の石像と並ぶことができそうだ。

「で、追いかけてみて、何かわかったのか?」

「それが……」

 光岐は口を閉ざす。僕と水谷は光岐に視線を向ける。

「それが、なんだよ。早く教えてくれ」

「何も見つからなかった」

 落胆した。当然、大学生がいうラク単ではない。

「真っすぐ家に帰ったということ?」

 水谷が率直な疑問を光岐にぶつけた。

「いや、違う。塾に行ったみたいだ」

「だったら、怪しいじゃない」

 水谷は嬉しそうに呟いた。

 おいおい一体何なんだよ、と思いながら、二人の会話を見守ることにした。

「塾の後って、大抵何か起きるものだから」

「そう? 俺、中学の時塾に通っていたけど、何も起こらなかったぞ」

「塾の中で、恋愛とかトラブル、事件は起きがちだから」

 水谷は光岐の呟きを無視し、さぞ実体験かのような語り草で話し始める。ミステリーの見過ぎでは、と思いつつも、黙ったまま話を聞く。

「確かに、そうかもな。例えば、塾講師とその女子高生が……」

 話がとんでもない方向性になっていきそうだったので、僕は慌てて光岐の口を片手で塞いだ。

「だから、塾の前で張りついて、西條さんという人の動向を追う」

 塾は駅前にあるということもあり、早速塾付近で、待機することにした。

「あー、寒い」

「そりゃ、Yシャツとジャケットだけじゃ、寒いでしょ」

 水谷は僕が心に秘めていたことをあっさりと口にする。うるさいな、とばかりに光岐はただ白い吐息を吐く。

 塾の看板にはIT技術を駆使した最新の塾、といったキャッチコピーが並んでいた。ならば、在宅でPCを使って教えろよ、と思わず言いたくなった。

「コンビニでホットココアでも買ってこようかな」

「俺はコーヒーの方が好きだ」

「なに大人ぶってんの。ココアのほうが甘さが凝縮されて美味いんだから」

「はいはい、人それぞれ」

 こんなところで、痴話げんかをされては困る。捜査の邪魔にしかならない。

 光岐と水谷は悴んだ手を擦り合わせ、東京の夜の空を眺めていた。相変わらず、星なんかありゃしない。別に、僕も星の存在なんかにありがたみは感じない。

 何か願いの人でも叶うのなら、話は別、だ。

 普通にお腹が減ってきた。この様子だと、二十二時くらいまで、西條さんは塾に居座り続けるのではないだろうか。それならば、コンビニで肉まんかおでんでも買ってきて、寒さを凌いだほうがいいように思える。

「コンビニ行かない?」

 そう言った直後に、塾のテナントビルの入り口から西條さんがやってきた。

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