第59話 イチャイチャシーン
精神防護のマジックアイテムはSSRの高位アイテムだけあって、高価だった。値段にして3万魔素。
北欧神話のドワーフに相当する闇の妖精ドヴェルグがこしらえた特注の腕輪なんだけど、これでもSSR級の品物としては安いらしい。ビックリ。
名は黄金の腕輪ドラウプニル。
北欧神話に登場する主神オーディンの持つ金の腕輪。その名前には『滴るもの』という意味があって、9夜ごとに同じ重さの金の腕輪を8個滴り落とすと言われている。当然、お金で購入出来るのは滴り落ちた複製の腕輪の方だ。こっちには分裂機能はない。URアイテムの劣化複製品って訳。
うん。アースガルズ共和国は無限に複製され続ける金の腕輪を1個3万魔素で売ってるんだよ。ボロ儲けだね。羨ましい。
「購入」
現物が神馬スレイプニルのひ孫(自称)さんのショップに出品されていたから迷わず購入した。命には代えられない。
これでSR黒き仔山羊の眷属化費用と薬草園のデーモン産植物購入費用を合わせたら5万魔素となる。詐欺を仕掛けてきた黄昏ゴブリンの次元座標を売り払って入手した大金を使い切った事になるね。あっという間だった。お金は幾らあっても足りない。
「へぇ。雰囲気があるね」
大金の入ったスーツケースを空にした代わりに入手したマジックアイテムは滴り落ちるような水滴の形を模した黄金の腕輪だった。
ゆるく曲線を描く細い腕輪は滑らかな手触りでまるで濡れているかのようだ。僕は目利きに自信がある訳じゃないしスピリチュアルな事に敏感な方でもないんだけど、そんな鈍い僕にもこの腕輪には異様な神秘が籠もっているのが一目で分かる。流石はUR宝物の複製品。光輝くような圧倒的な存在感だ。
「北欧神話に登場するトンデモ魔道具の多くが闇の妖精ドヴェルグによって作成されているんだよね。URドワーフユニットか。良いなぁ」
僕の箱庭の名の由来である光の妖精が住む国アールヴヘイムがエルフ達の国ならば、闇の妖精が住む国スヴァルトアールヴヘイムはドワーフ達の国なんだ。
アールヴヘイムにだって凄腕のエルフ鍛冶師はいるんだけどね。北欧神話を代表する物作りの達人と言えばやはりドワーフを連想する。あの有名な終焉の獣フェンリルを拘束した鎖グレイプニルも制作者がドワーフだって言えばその凄さは分かるだろう。時に神々の力すら超える絶大な効果をもたらす秘宝の作り手。それがドワーフのポジション。
「もしかして、箱庭をスヴァルトアールヴヘイムと名付けていたら人間の眷属はドワーフになってた?」
うーん。勿体ない事をしてしまったかもしれないな。
いや、エルフに不満がある訳じゃないんだけどさ。資金繰りの事を考えたらドワーフの方に軍配が上がるよね。箱庭内で技術者集団の育成も出来ただろうし。
でもドワーフがエルフみたいに魔法を使用できたとは限らないのか。鍛冶と魔法の二者択一で僕は魔法を選んでた訳だ。
「あはは。私としてはエルフで良かったです」
「ニーナ」
腕輪に夢中で気付かなかったけど自室の扉をライトエルフのニーナが開け放っていた。手には配膳カートがあり、上にはお洒落なティーポットとお茶菓子と二人分のティーカップが並んでいる。新米メイドとして給仕に行くついでに休憩して来るようアウルムに言われたんだろう。
「あ、もしかしてサルマ様はもっと背の小さな女の子がタイプでした?」
からかうように微笑むニーナは可愛らしくて黄金の腕輪よりも僕には輝いて見えた。
うん。エルフを選んで正解だったね。ドワーフの女性は成人しても幼い少女にしか見えないパターンと、男と同じく髭面の顔をしてるパターンがあるからさ。前者ならともかく後者だったら嫌すぎる。種族単位で美人だとされてるエルフにちなんだ名前にして良かった。
「ニーナがこれ以上、小さかったらバスタブで悲惨な事になってたしエルフで良かったかな」
「も、もう。言わないでくださいよ」
あの時の事を思い出したのか薄らと頬を赤くしてニーナは僕を見つめた。
睨みたいのかもしれないけど、垂れ目なせいか迫力がなくてジッと何かを訴える人になってる。彼氏に気持ちを察して欲しい彼女のようだ。
「何? キスして欲しいの?」
「違いますぅー」
ぶぅとほっぺたを膨らませてニーナは紅茶の準備をし始めた。メイド服の装いの割に気安い。ま、なんちゃってメイドだからそれで良いんだけど。
うん。やっぱ一線を越えて凄い肩の力が抜けたというか僕に気を許すようになったね。良い感じ。
今の所、日本の大奥めいたギスギス感もないし、こんな感じでイチャイチャハーレムを拡大して行けたらなって思う。
貧乏くじミュータントの鈴原が危惧してた大量のR蛇娘加入による箱庭の勢力バランス崩壊もアウルムのおかげで問題なし。精神攻撃も北欧神話のアーティファクトがあるから大丈夫。もう何も怖くない。
なーんて、余裕こいてフラグ構築してたせいか、思わぬ事態が発覚した。
「ヘイ! ハウアーユー?」
「I’m fine!」
「Perfect!」
元気に返事してくるSR黒き仔山羊に良かったと僕は笑って、彼らの周りにたむろする黒い山羊の群れに顔を引き攣らせた。
樹木を横倒しにして蹄と触手と大きな口を付けたなんちゃって山羊のSR黒き仔山羊と違い、周りに侍っているのは本物の山羊達だ。しかも僕の眷属。
覚えがない訳じゃない。確かに僕はNランクの山羊デーモンを10頭ほどショップで購入して世話を蛇娘の皆に任せていた。うん。白い普通の山羊デーモンのね。動揺した様子の蛇娘リーダーのオーカから山羊達の毛が真っ黒に変色していたのが知らされたのが今朝の事だった。
「あー、ちょっと調べて良い?」
「OK!」
「of course!」
周りにいる山羊をカード化しても良いか黒き仔山羊に聞いたら快く許可されてホッとした。
どうやらURシュブ=ニグラスに箱庭を破壊するか乗っ取るよう予め指示されていた訳じゃないみたいだ。余りにも早い勢力増強に少し不安になったけど、まだ大丈夫。彼らは僕の熱心な信徒だ。今も神秘を捧げられているのが手に取るように分かる。
「それじゃ、ちょっとゴメンよ」
「メェ」
手近にいた黒い山羊に触れて一瞬でカード化する。
うん。この子達も僕を主だと見做しているね。そうじゃなきゃカード化プロセスで抵抗感があるはず。最悪の事態じゃないっぽい。
◆◆◆
R黒山羊『レギオン』(1/10)
有利特徴:群体+
不利特徴:孤立-
四足歩行の草食動物である山羊に産まれた突然変異。
生まれながらの異端児。悪霊であり悪魔の一種。
人の社会に馴染めない者が畜生に堕ちた所で溶け込める訳ではないのだ。
彼らはレギオン。大勢であるが故に。
◆◆◆
「あーね」
黒い羊は集団の中で上手く溶け込むことが出来ていない人を意味する心理学用語なのは前にも言ったけど、聖書には実は似たような逸話がある。
それがレギオン。神の子イエスの前に登場した悪霊達だ。
悪霊に取り憑かれて自傷を繰り返す男をイエスが救おうとした時、悪霊は地獄に送られる事を恐れて近くにいた豚へと放り込むよう命乞いをした。これをイエスは何故か受け入れて許した。その理由は何となく分かる。
イエスに出会った男は墓場に住んでいて裸で歩き回り昼も夜も大声で叫びながら自分の身体を石で切りつけていた。
また鎖や足枷を引き千切る程の力を持っていたらしい。そう、男は鎖や足枷で墓場に括り付けられていたんだ。悪霊に憑依されて正気を失ったという理由でさ。うん。人間って怖いね。
その後、村人達の財産であった2000頭の豚は暴れ狂って断崖から落ち溺れ死んだ。正気に戻った男と引き換えにね。
イエスは村の財産を台無しにした事で村人達に芳しく思われず追い出されるように旅路へと出た。同行を願う男に今回の出来事をこの地方へ広めて欲しいと言伝を残して。
多分、元ネタが現実だったらイエスが豚に放り込んだのは悪霊じゃないな。これ。
トラウマとかそういう系のモノな気がする。わざと村人に経済的な損害を与えて逸話を周知するよう言い残したのは一種の教訓のように思えてならない。
でも伝承種族のデーモンの場合、この逸話を元に生まれるのは取り憑いた種を唆す事で破滅へと導く狡猾な悪魔だ。
それか畜生となっても誰にも受け入れられる事がなく馴染めなかった悲しい悪霊の群れ。今回は後者のパターンかな。有利特徴に群体+があるのに、不利特徴に孤立-があるのは自分達以外とは上手くやれないって事か。ボッチは群れてもボッチとかいう嫌な種族特性をしてる。
「君らと上手くやれてそうなのは同類相憐れむっていうか、SR黒き仔山羊の下位互換だから?」
「「Ia!」」
ニヤリと笑ってR黒山羊を触手で引き寄せたSR黒き仔山羊を見て、何となくRデーモンが急に増えた理由を察した。
うん。そうだったね。高位デーモンの寵愛を受けた下位デーモンは進化してもおかしくないんだった。
これはつまり、単にリア充カップルの惚気を見せられてる訳じゃな?
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