第58話 満場一致のパラドックス

「餓死が死因ってエグいな」


 魔法少女スティルがウィッチ化した状況に僕は眉を潜めた。鬱エロゲとして有名な魔法少女大乱でも中々聞かない死因だ。

 全く聞かない訳でも、同レベルの酷い悪堕ちパターンがない訳でもない辺り闇が深いけどさ。全魔法少女がウィッチ化するバッドエンド世界線じゃ人類規模で飢餓に陥るしね。良くまあエロ無しの全年齢移植版なんて発売できたもんだ。過激すぎる暴力シーンを理由に結局R15が付いてたっけ。


「惑いの魔女は原作キャラじゃないから背景がイマイチ分からない。決戦戦力の魔法少女が餓死するってどんな状況なんだ」


 魔法少女支援組織は何をやってたんだろう。攻め寄せるデーモンやインベーダーを早期発見するレーダー役の魔法少女なんて最も厳重に守られて然るべき人材なのに。食料の配給すら受けられないって。そもそも魔法少女はかなりの高給取りで飢えるような立場じゃないはずなんだけど。


「今の所、魔女の被害は侵略者側のみ。同じ魔法少女に死ぬまで監禁されてた訳じゃない」


 こういう可能性すら考えなきゃ駄目なのが地球の恐ろしい所。

 SAN値が減ったウィッチ化寸前の魔法少女はもう正義の味方なんて生易しい存在じゃないんだ。それは魔法少女批判をマスコミが一切、取り扱わない辺りからも察せるでしょ。不機嫌な批判家が多いネット世界ですら魔法少女への誹謗中傷はないらしいんだよね。これはもう異常と言わざるを得ない。間違いなく検閲されてる。


 本来ならネットでは賞賛の声よりも批判の声の方が圧倒的に多いはずなんだ。

 個人特定の難しい大型匿名掲示板に限らずネットでは上から目線で呆れた感じで物事を言ってる人が非常に多い。ネットを一度でも利用した事があるならば誰しもが目にした事があるはずだ。文章からは負の感情が滲み出ていて、それなのに何処か皆、意見が画一的で個性がない。ネット初心者には異様に見えると思う。


 まあ、それが何故かは簡単な話。批判を書き込んでるのは他者を貶してマウントを取るのが目的だからなんだよね。

 至らない所を見付けて駄目だしをすれば、その人よりも自分の方が偉いんだと気軽に思える。批判をするのは気持ちが良いんだ。内容は他者の受け売りでも構わない。テンプレをなぞって批判してもマウントを取る事は十分出来るからさ。しかも相手を思って酷評してる訳じゃないから批判はしても具体的な改善案は出さない訳。これがネットが悪意で溢れる大体の理由。


 逆に人を賞賛するのはとても難しいんだ。

 賞賛というのは『自分は持ってないけれど相手は持ってる優れた部分を掘り起こして自ら進んで褒める』という行為だからね。

 プライドが傷付くし、心に余裕がないとそもそも優れた部分は見えてこない。その人の悪い側面だけじゃなく良い側面を発見できるような多角的な見方をしなきゃならないからさ。

 褒めるというのは結構な知的行為なんだ。


 だからネットに賞賛ばかり書き込まれてて批判が存在しないなんて普通じゃない。

 例えそれが人類社会を命懸けで守ってる正義の味方に対してだろうとね。だって犠牲者は0じゃないんだよ? 身内が被害に遭ったのに世界を守ってくれてありがとうなんてコメント出来る? むしろ、周囲に抑圧されてて普段は批判できない分、ネットじゃボロクソに言ってないとおかしい。それで空気を読まない害悪なコメントだと。周りから不謹慎だってボロクソに叩かれる展開になると思う。


 あー、魔法少女になったばかりの頃だと凄い気になるだろうな。検閲するのが正解か。そういう切実な意見を書き込ませちゃいけない。

 耳触りの良い言葉ばかりを求めずに苦言を糧にして成長しろって意見を色んな媒体でよく目にするけどね。そういうのは批判される側にヘイトを受け止められる最低限の心の余裕があって初めて成り立つ。何が原因で魔法少女が悪堕ちするか分からないんだから政府や警察が言論統制をするのは当たり前の事。むしろ言論統制される前にどれくらいのマスコミの悪影響があったのか想像するのが怖いくらいだ。少なくとも、そういうのが原因で悪堕ちした魔法少女が原作に一人いる。


 うん。唯一の人類の庇護者である魔法少女が実は最悪の地雷だって周知させる訳にはいかないね。魔法少女が精神的に不安定になればなる程、ラスボス級の敵が増える。報道の自由なんて特権を振りかざすマスゴミの存在なんて許しちゃ駄目。それ、人類社会に対する最悪の利敵行為だから。ネット情報は魔法少女支援組織の電脳対策班が対処して、魔女の秘密を知った民間人は記憶処理を受けてるんだろうな。何という管理社会。凄くディストピアっぽい。


「うーん。魔女合同対策スレは対処不可能なUR怨霊に阿鼻叫喚になってて暫くは情報を拾えそうにないね」


 ハァと溜息を吐いてギシッと軋む椅子の背もたれに寄りかかった。

 今回の事件で情報リテラシーの大事さが改めてよく分かったね。運営は未だ変わらずこの世界で最強っぽいけど、運営が掲示板利用者を必ずしも守るとは限らないんだ。どうしてもシステムには抜け穴が出来る。ネトゲなんかじゃそういう場合は人の手で逐次修正が入るものだけど、そういう人らしい機微を運営に期待は出来ない訳で。


「いざって時の為に僕も精神防護のマジックアイテムが欲しいな。SSRの魔道具って幾らだっけ」


 ポチポチと3Dウィンドウを操作して僕は再び情報収集にのめり込んでいった。



◇◆◇◆



「紅茶は色と香りが命。緑茶とは違って沸騰直後のお湯を使用しなきゃ駄目なの。低い温度で深い味わいを引き出すのは紅茶には向いてないみたい」

「逆に旨味甘味渋味苦味のバランスの取れた緑茶を楽しみたいならティーポットに少し冷めたお湯を入れて5分ほど放置」

「いや、緑茶でも高温のお湯を使用する事で香り高さとあっさりした味わいを楽しめるらしい。むしろ低温のお湯を利用するのは玉露などの一部の高級茶のみ推奨されているんじゃなかった?」

「安い茶葉でも低温のお湯でゆっくり蒸らすのはOKじゃなかったかな。好みの問題じゃない?」

「蒸らす時間が違うって聞いたような。煎茶なら20,30秒くらいで、玉露は120から150秒だったはず」

「え、5分じゃないの?」

「どっちだっけ。地球のお茶の入れ方ムズイー」


 キャイキャイと下半身が蛇体の若い女性達が給仕服を着てティーポットを片手に騒いでいる。

 それを耳の尖った肌色の違う少女達がアワアワと狼狽えながらも教えを咀嚼しようとしていた。箱庭の主が気分で作ったメイドの仕事を学ぼうと必死なのだ。その様子を少し離れた場所で妙齢の美女の上半身を持ったラミアが微笑ましげに見ていた。物事を深く学ぶ際にはこうやって覚えた事を先輩が新人に指導をするのが習熟するにはちょうど良いのである。


 また地球の細かなマナーなどは指導者側のラミアですら把握しきれていないので多少は見逃されるが、薬師のアウルムにとって植物から抽出されるお茶の味わいは重要な採点ポイント。しかも主が森精のニンフなので、お茶は貴重な商材にもなり得る。色んな意味で手を抜けない案件であった。


「今は題材は紅茶ですから余計な雑学に惑わされないで下さいね」


 予めティーポットの中に注いであったお湯を捨てている二人のエルフへとアウルムはそう釘を刺した。

 こうやってティーポットの温度を上げる事前準備を挟む事で最終的な紅茶の仕上がりがまるで違うのだ。逆に緑茶の場合は湯飲みにお湯を少し冷めるまで置いてからティーポットに入れて利用すると良い。茶葉によって異なる最適な温度を管理する事が重要なのである。


「はい。アウルムさん」

「は、はい……」


 既に現状に馴染んだダークエルフのナフィーサは兎も角、箱庭に来たばかりで色んな事が目新しいライトエルフのニーナは目を白黒させて頷いた。

 相手は有名な、神話にさえ登場する蛇怪。デーモンの恐ろしさを嫌という程に耳にしてきたニーナにとって思わず警戒してしまうのは仕方ない事であった。西洋諸国では危険な侵略者というのは大抵の場合デーモンだ。次元転移によって突如出現する神出鬼没のモンスター達。その中には蛇を思わせるデーモンもまた当然のように出現していた。


 逆に人間同士の争いが続くアフリカ大陸で蛇蝎の如く嫌われているのはインベーダーだ。

 腐敗した政府上層部に深く浸透して莫大な影響力を誇示するのみならず、人間を使った各種危険な実験を魔法少女の目の届かないアフリカ大陸で宇宙人達は密かに行っている。人間を程よく減らす為の新種の病の開発。人間の人工的なミュータント化実験。魔法少女になる際の重要項目と思われる感情を操るロボトミー技術の発展。これらをインベーダーはアフリカの人間を大量消費する事で実験している。魔法少女の邪魔は入らない。妨害する為のマンパワーが足りないからだ。


 魔法少女の覚醒には一定の治安と経済的な裕福さが最低限ある事が必須と言われている。

 少女達の過ごす掛け替えのない日々を、平和な日常を理不尽に破壊する侵略者という構図が彼女達に覚悟を強いる為だ。

 故に極端な貧富の差があったり人死にが珍しくない環境だと魔法少女が生まれるに足る希望が足りず覚醒し得ない。また、アフリカではたとえ覚醒してもより良い環境を求めて先進国に引き抜かれる。覚醒したての魔法少女は純粋で特に身内の危機に弱い。魔法少女支援組織のエージェントに勧誘されて、せめて防衛手段の整っている先進国に連れて行ってあげたいと思うのを批難するのは酷だろう。


 これを命の選別だと批難する有識者は多いが政府は単なるデマだと取り合わない。

 だが、地球の魔法少女の滞在場所が先進国に偏ってるのは統計データからも分かりきった歴とした事実であった。


 ならばアフリカでインベーダーを止める者が皆無なのかと言うとそれもまた違う。

 現地で信仰を獲得したデーモン、一軍の指導者へと成り上がったミュータント、研究所から脱走した改造人間。超技術を誇るインベーダーと対峙できる者は魔法少女以外にも多い。勿論、人外に対する誤解と偏見はアフリカ大陸でも根強いが先進国ほど強硬な姿勢に出る住民は少ない。

 

 これが一国の主導者にまで成り上がったミュータント傭兵に対する現地と国外の認識のズレを生み出していた。

 危険なミュータント社会の萌芽だと先進国は騒ぐが、そういう状況に追いやったのは魔法少女を引き抜いた彼らなのだ。社会秩序の維持の為にも最早ミュータントは欠かせない防衛人員と化しつつあった。


 こういう背景がナフィーサとニーナの態度にすらも影響している。

 同じ恩人に救われた同胞だと言うのに何処か透明な壁がお互いを隔てて一定以上には仲良くなれない。親しげに言葉を交わすが心にまでは届かない。

 それが最近の二人の悩みであった。


「そうね。今回はニーナの入れた紅茶を主様に提供して貰いましょうか。香り高い茶葉の良さをよく引き出せています。紅茶を普段から飲み慣れているのが良かったのでしょうね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 少し照れくさそうに笑ってニーナは小型の配膳カートをキュラキュラと押してサルマの自室へと向かった。

 配膳カートには二人分の紅茶と地球から取り寄せたお茶菓子が載せてある。試験をクリアしたちょっとしたご褒美だ。


「やはり、あの娘。強くなってますね」


 ジッと遠くなっていくニーナの姿を見ながらアウルムはポツリと言葉を零した。

 紅茶の出来がナフィーサより良かったのは普段から飲み慣れていた事もあるだろうが、デーモンになって嗅覚が鋭くなった事と、エルフの有利特徴である精霊魔法+が大きく関わっていた。精霊との意思疎通に補正を与えるこの有利特徴は微精霊が僅かに関与していた紅茶の品質にすら影響を与える。

 一種の調理判定をされた紅茶を蒸らす過程でエルフの神秘補正が僅かに加算されたのだ。エルフは生産活動全般に種族補正が加わる内政要員なのである。


「何ででしょうか。この前まではアルマちゃんが飛び抜けて才能がある他はドングリの背比べだって言ってましたよね?」


 肥満オークの奇祭を経験したNイノシシを打破した唯一のダークエルフであるアルマは彼らの背中に乗ることすら許されたRデーモンの強者だ。

 精霊との感応力が他のエルフに比べて際立っていて箱庭碑文の主要人物であるゴブリンのウィッシュ並だという将来有望な精霊術士なのである。


「おそらく房中術による強化でしょう。主様はまだSR下位の神秘値。ランクアップまでは不可能でしたか」

「ぼうちゅう?」

「セックスによる恒常的なパワーアップです。高位デーモンの寵愛を受ける事は下位デーモンが出世する有名な方法の一つなのですよ」


 アウルムの説明にパチパチと何度か瞬きをしたナフィーサはようやく事態を呑み込み、スッと表情が消えた。


「…………あの、白エルフ」


 ボソッと小声で呟かれた恐ろしい程、無機質な声にナフィーサ自身が驚いて彼女は思わず口を手で押さえた。

 当然、聞こえていただろうラミアのアウルムは優しい顔でサラッとナフィーサの頭を撫でるとそのまま彼女の身体を抱きしめて前へと蛇行し始めた。未だ幼い齢の少女の小さな嫉妬の炎は長年生きたアウルムにとって可愛らしくて微笑ましい駄々にしか見えなかったのだ。


 休憩がてら甘い物を食べさせて少女の機嫌を取ろうとアウルムは蛇娘達にティータイムの用意をするよう促した。

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