第28話 ランク差と戦力差はイコールにあらじ

「それじゃ販路確保と産地偽装の根回し頑張ってきてね。試食用のリンゴは3つぐらいで平気?」

「はい。十分です」


 バックパックに入れた魔素濃縮リンゴを大事そうに抱えたアウルムはスゥッと息を吸って細く長く吐き出した。

 吐き出された吐息にはアウルムの圧縮された魔素が乗っており風に乗って一定空間をグルグルと回転し始めている。その規則正しい流れが光を帯び、円形の図を空中に描き出していく。まんま魔法陣だ。追加するように魔法陣内部にギリシャ文字が書き足されていく。そのギリシャ文字の一部の数字には僕も心当たりがあった。僕の箱庭の次元座標だ。


「目的地の次元座標は帝都ヘレネスの次元ポートじゃないんだ」

「……っ。眷属化すると、転移先の次元座標すら読み取られるのですね」


 3Dビジョンを用いない次元転移の仕方にへえと感心しながら聞いてみたら数字部分なんてアウルムは表示してないらしかった。眷属契約するとこういう部分にも影響するんだ。ああ。例の古参URが転移先を特定可能だったのは魔法陣から無理矢理、情報を引っこ抜いたのかもしれないな。つまり転移魔法陣を何らかの方法で隠蔽すれば逆探知も防げるのかも。

 そう新たな知見に喜びながらも、僕は自分が知っているオリュンポス帝国の出現座標じゃない事に首を捻った。


 次元転移は悪用しようと思ったら幾らでも悪用可能な便利過ぎる移動手段だ。インベーダーがデーモンの急襲転移を警戒して政府機関なんかの重要施設を惑星表面にではなく常に移動させ続けている大型宇宙要塞に置いて対処するぐらいにはね。あの超技術を持つインベーダーでさえ次元転移による侵入を防ぐ方法は開発できてないんだよ。凄いぞデーモン。


 まあそのデーモン達自身すら次元転移を完全に防ぐ方法なんて持ってないんだけど。精々、次元転移に必要な時間を大幅に増やす術式を施した魔素で空間を囲うくらいかな。勿論そんな事、デーモン国家の箱庭全土になんて施せない。幾ら魔素があっても足りない。だから外敵が転移してくる予兆を感じたら即応できるようデーモン国家は専門の部隊を待機させてる訳だ。


 でも、自国デーモンの次元転移を禁止するのは凄まじく不便で現実的じゃない。特に自由奔放なURがそんなルールを守る訳がない。

 それで最終的にこの場所でなら好きに次元転移をしても良いですよと許可された場所が幾つも生まれたんだ。その場所をデーモン達は次元ポートと呼んでいる。


「ええ。ラミア一族の商会が自費で運営している次元ポートを利用します。多少の手数料が必要になってしまいますが……」

「あ、そこら辺は気にしないで。渡した魔石は好きに使って良いから」


 無料で利用可能な帝都ヘレネスの次元ポートではなく高い借地代を支払ってでも近場に次元転移が出来る場所が欲しいってデーモンは多い。特に地位が高いデーモンほど欲しくなるらしい。時間を魔素で買うって訳だね。寿命の軛から逃れても知的生命体は時間に追われて暮らしているのさ。忙しない話だ。


「ありがとうございます」

「うん。里帰り楽しんできてね」


 オリュンポス帝国在住のラミア一族の中でも帝都ヘレネス出身の都会っ子アウルムは笑顔で頷いて急速に形成された次元の穴へと吸い込まれていった。

 不思議な光景におおっと感嘆して溜息を吐いた。僕もニンフ種族じゃなきゃ見知らぬ地を冒険する旅デーモンになれたのになとちょっとした羨望があったんだ。最も神秘の蓄積が容易い全デーモンが嫉妬する箱庭持ちなのにもかかわらずね。隣の芝生は青く見えるって奴。


「さ、気を切り替えて商品開発しようか」


 バニラビーンズもチョコの原料カカオも内部の種子を加工して食品化するんだけど、やる事は同じなんだ。発酵させて乾燥。

 カカオの方は完熟した果肉と一緒に種を木の桶で熟成させ、バニラの方は未成熟な時期に種子鞘ごと採取して鍋の熱湯で加熱して布で包み何度も発酵と乾燥を繰り返すって作業内容は全く違うんだけどね。カカオは果樹に生る果実の種で、バニラビーンズは蔓性植物の鞘って分類からして異なるんだから仕方ない。


 でも原理的には一緒なんだから必要な作業部屋は一つで済む。ログハウスの近場に建てた作業小屋に水と火と風の小精霊を集めて最適な温度・湿度や乾燥期間なんかを探って行けば良いんだ。バニラビーンズの栽培で一番難しい花の受粉あたりはニンフの力でスキップ出来る。僅か一日しか開花せず自家受粉すら出来ないバニラの花に四苦八苦しているバニラ農家の方に申し訳ないくらい簡単。凄いイージーモードだ。


 オカゲでもうちょっとでチョコとバニラの商品作物が出来そう。現状、僕以外には再現不可能って点に目を瞑れば満点だ。間違いなく金になる。

 ああ、でも発酵と乾燥のキュアリングは小精霊と波長の合うダークエルフに丹念に教えれば習得可能かもしれない。植物の生成だけならそう手間でもないし人間の追加補充が出来れば十分に事業としてやっていけるだろう。


「人間の購入資金はバニラビーンズで賄える。勝ったな」


 うんうんと満足げに頷いて、僕は途中で会ったナフィーサにトレント達の事を任せると作業小屋へと向かった。



◇◆◇◆



「キャアアッ」


 悲鳴を上げるダークエルフのナフィーサに容赦なくゴブリン達は襲い掛かろうとした。

 デーモンの位階としてはNランクのゴブリンとRランクのダークエルフとでは比べ物にならないのだが、闘争に対する心構えが違った。生まれた時から死と隣り合わせで生きてきたゴブリンと寵愛を受けようと本能に無意識の内に発情させられていたダークエルフとでは暴力に対する適性がまるで違う。人間だった頃と変わらずナフィーサは無力なままだった。


「火の精よ!」


 だが、ダークエルフの有利特性は物理的な身体能力に左右されない。魔素の精密な操作と精霊との親和性にこそ最もリソースを割かれている。

 故に齢二桁になったばかりの幼子でも抗う力は持っていたのだ。


「ギィガァァアァアアッッッ!!」


 全身を炎に包まれたゴブリンは堪らず身体を地に転がした。根源的な恐怖に後続のゴブリンの足が止まるが、同胞の身体を纏う炎が消え、少し煤けたゴブリンが怒りに声を荒げながら立ち上がるとニヤニヤした嘲る笑みを零して再び足を動かし始めた。

 相手はNランクデーモンといえどNランクにも数えられない微精霊では力不足だったのだ。


「ど、どうしよう……」


 平然とした様子のゴブリンにアルマも狼狽え始め大人トレントが逃げるよう声を掛けようとした時、広場に新たな乱入者が現われた。


「何してんだ、お前ら!」

「アミール! ヒィスィチィフゥ!」


 地球エリアの収穫物を採取していたダークエルフの少年が騒ぐ小精霊の長達に連れられて急遽、戻ってきたのだった。

 笑顔になったアルマとホッとした様子で胸を撫で下ろしたナフィーサが無事な事を確認したアミールは走りながら声を張り上げた。


「ナフィ、アルマ。お前らは女神様のとこに―――」


 その走り寄ってくる希望は無慈悲に飛んできた剛速球の投石にて砕かれた。

 頭部に直撃した石はどんな力が込められていたのかアミールの頭部にぶつかると粉々に砕け破片となって周囲に散った。

 まき散らされた物は石片だけではなくアミールの血も大量に混ざっており、その衝撃の威力を物語っていた。


「あ、アミール……」


 信じられない思いでその光景を眺めていたナフィーサは近付いてくる大きな影に怖々と視線を上げていった。

 そこには不気味な笑顔を浮かべる緑の巨人が佇んでいた。



◇◆◇◆



「やだ、やだぁーっ!!」

「放してぇ……」


 僕がその現場に駆け付けた頃にはナフィーサとアルマは取り押さえられていて、衣服を脱がされている真っ最中だった。

 近くには頭部からダクダクと血を流しているアミールが倒れていて、周囲のトレントは樹木の枝を何本も叩き折られていた。


 そう、つまり。


「間に合った」


 陵辱していたぶろうとゴブリン共が時間を浪費した事でナフィーサとアルマは殺されずに済んだ。貞操の方も無事。まだ衣服を脱がされようとしている段階だ。

 トレントも幹を折られた者はおらず、アミールも呻いて二人に手を伸ばしている。まだ生きている。


 何も失ってない。

 そう判断した僕は冷静に慎重に魔素を手繰り。


「死ね」


 ゴブリンを皆殺しにしようと広場を植物で埋め尽くした。

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