第12話 異界ルール

 BANANAの偉大なる歴史に触れて感極まり箱庭に種なしバナナの果樹を生やしまくった後、僕は我に返った。

 いや、こんなに生やしても食い切れないし、種なしバナナって挿し木で増えるから放置したらそのうち枯れて消えるよね。魔素で維持したら負担で赤字になるし、美味い以外に良い事何にもなくない?


「あ、しくった」


 そうだよ。常に人の手が必要な改良種は在来種に比べて生命力が弱いんだ。

 うちの箱庭は地球のように専門の農家を用意できるような人口はない。というか、僕しかいない。


 品種改良されたバナナはもう自在に生やせ……いや、品種改良されたキャベンディッシュ種のバナナは好きに生やせるようになったんだから、食べたくなったら生やすくらいで良かったんだ。バナナをキメすぎた。


「どしよ。せめてショップで可能な限り売り飛ばす?」


 幸いな事に精霊王であり下級とはいえ女神のニンフ(森精)だったからか魔素の消費は気にならない程度ですんだけど。

 ちょっと箱庭のバナナの果樹を魔法で大まかに把握したら少なくとも数百本は生えててワロタ。魔素消費が重かったらヤバかったね、ガチで。危な。


「仕事の前に中断してた食事の続きをしなきゃ」


 現実逃避にアイテムボックスへ届いている800円もした牛丼を取り出して、青空の下で食事と洒落込む。僕の箱庭には虫もいないしキャンプには最適だね。

 まるで生き物の音がしない静寂な森は僕には寂しく感じるけど。スライムすら滅多に見ない。広さの割に生き物の数が少なすぎるんだ。


「うわ、箸を入れ忘れてる。バナナも房じゃなくて一本だったしサービス悪すぎだろ」


 むむっと押しに弱い貧乏くじミュータントに悪態を吐いて傍に生えてた木の枝から割り箸を作成する。

 木材関連の生産に多大なボーナスが入るのは森精ニンフの数少ない利点だ。形状変化くらいなら、ちょちょいとその場で出来る。


「それじゃ頂きまーす」


 パクッと肉とホカホカのご飯を口に入れた瞬間、再び目の前に火花が散って――。



 ――そう、軟らかく粘りの強い米は単体では美味しいものの牛丼に合わせた時、タレの通りが悪く吸水してベチャついてしまう。だから牛丼には粒立ちが良く、程よい粘りと甘みを併せ持つ米が必要なんだ。それが北海道の『きらら397』の品種にアメリカ米をブレンドしたものであり、『きらら397』は石狩り川流域である――



「ハッ」


 牛丼を口にした瞬間、またもトリップしてしまった。

 何か本当に危ないクスリをやってる人みたいだな、僕。


 恐る恐る再び牛丼を口に入れると今度は何ともない。普通に美味しい牛丼だ。


「牛肉の方は何も分からなかったし米に反応して稲作の歴史を垣間見たっぽいかな」


 今度は弥生時代で卑弥呼に抱きついた幻覚を見た。謎すぎる。

 でもこれで、品種改良された植物の生成方法は確定したな。実際に収穫された食材を口に入れるだけで良い。そうしたら僕は植物に纏わる歴史を再現できるんだ。


「でも稲までなら兎も角、米にするにはやっぱり一手間必要」


 そこまでしてショップで売るのは面倒くさい。僕は果物・野菜担当のニンフで行こう。

 もうマズいなんて言わせない。地球産フルーツの威力を思い知るが良い!



――――――――


〇両性ニンフyj502γ9-hwさん

・種なしバナナ 1魔素

 品種改良されたキャベンディッシュ種のバナナ。

 BANANAを崇めよ!


レビュー

★★★――肥満オーク

まさか地球の食い物が手に入るとは思わなかった。

でも味は良いけど、不思議と量が足りない。何故か食った気がしない。

★★★★――ギャル人魚

スイーツとして購入。何でかペロッとお腹に入る。うまし!

★★――美形ドライアド

内包された魔素が乏しい。

麗しい乙女が手作りしてる事を考慮して星2。

★★★――畜生エルフ

食い出が足りん。改善しろ。


――――――――



 アイテムボックスに100房、ショップに100房のバナナを出品。そろそろ夕方になるから今日は限界数まで魔法で乱獲した。

 でも暇を持て余してるデーモン達が秒速でレビューしてくるんだけど思った程の反応じゃなかった。味は凄い良くなってるのにも関わらず。


「食った気がしない? 何でだろう……。あ、魔素不足。地球の果物だからそれで」


 デーモンは魔素がある限り飢えない。この項目をまた見逃してた。

 この言葉は魔素がないと普通の食べ物が必要って意味じゃなくて、普通の食べ物じゃ腹の足しにはならないって意味なのかも。僕の勘違いじゃなかったら。


 身近のデーモンで例えるなら、コボルトは伝承として鉱石を偽物とすり替えるって謂れがあったから本能的に欲していただけで、身体を構成する栄養として鉱石を口にしなきゃいけない訳じゃないって感じかな。あくまで食べてるのは鉱石に内包された魔素。地球は魔素が少ないから普通のデーモンは食料には見向きもしない。魔素と神秘の足しになる人間だけを狙って侵略し続けている訳だ。


 でも、ショップに出品したバナナは地球産じゃなくて僕の箱庭で生成した果物なんだけど。

 在来種の山菜・果物には魔素が詰まっていたらしいし、ニンフの力で促成栽培するから駄目って話でもないんだよな。


「あのバナナは人類の歴史を再現して品種改良した奴だから、それで? 地球環境すらも再現してた?」


 ログハウスへの帰宅中にまばらに生えるバナナの果樹を確認してみたけど、確かに周りの植物に比べて魔素濃度が低い。弱々しくて枯れそうに見える。

 うーん。植物は植生がそれぞれ違ってて気候や土地条件の違いで根付かない事もあるし、実の生る季節や保存に適した温度と湿度も違うけど……そんなのニンフの力でまるっと無視できるんだよなぁ。それなのに枯れそうに見えるってのはやはり魔素が原因かな。周りの植物に自然淘汰されそうになってる?


「難しい。素人が農業するのは困難だって確かによく耳にするけど」


 脱サラして農薬を利用しない身体に良い農作物を作って暮そうと田舎に移住を決意して、虫害で近隣の農地まで駄目にしたっていう恐ろしい話を聞いた事があるしな。確か最後は村八分にされて都会に逃げ帰ったんだっけ。

 一見、良さげな方策に見えても、その土地に合わせた施行をしないと駄目って訳だ。


「でもバナナの自力での品種改良とか僕には無理」


 あくまで嗜好品として売るかな。プレイヤーのデーモンなら腹が膨れなくても買うでしょ。

 バナナの果樹も数百本はあるんだしね。魔素に適応した個体が現れるかもしれない。


「うまうま」「あまあま」「もぐもぐ」

「君らも気に入った?」


 空中に浮いた小精霊達もバナナの甘味を口にして笑顔になってる。その数、およそ20体。

 うん。何時の間にかトレントより多くなってるね。あれから数日しか経ってないのに。何かはずい。


 でも仕方ないんだ。だって投資に対するリターンが大きすぎるもの。

 トレントは一苗を眷属にするのに200魔素も必要なのに、小精霊はスライム時代に眷属にしたら10魔素で済む。おまけに神秘も提供してくれる超優良種なんだ。

 Nランクの小精霊よりRランクのトレントの方が奉納する神秘の質は高いんだけど、繁殖の手間を考えたら小精霊を増やす一択だよ。


 正直、セクハラと金の事しか考えてないデーモン進化スレの住人を内心で小馬鹿にしてたんだけど、めっちゃ有用な情報だった。

 ゴメンありがとう。気持ち悪い奴しかいないけど、天才だと思う。


「神秘の蓄積は何とか目処が付いた。後はフルーツ購入費用の為にも魔素の稼ぎを増やすか鉱石の輸入方法を変えるかだね」



◆◆◆◆


箱庭名:アールヴヘイム

支配者:サルマ・フィメル


文明レベル:0

文明タイプ:原始/精霊


箱庭人口:38人

経過年月:16日19時間21分

箱庭面積:10km2


魔素濃度:2078

蓄積神秘:102


保有戦力

N  :879

R  :25

SR :0

SSR:0

UR :0


◆◆◆◆

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