第11話 歴史再現

 朝、トレント達とマンドレイク畑の様子を見て何時も通りゴブリンを追い払う。その後、山菜と果実を採取してショップに納品。

 昼はコボルト達の糞尿からコバルト鉱石の抽出。するのを、酸性の強い魔獣種のスライムから品種改良して作られたクリーンスライムに任せる。精霊種ほどの繁殖力はないけど、知性は魔獣種の方が高くて簡単な指示は通るから便利だ。消化しづらいゴミを指定ヶ所に吐き出すよう言っとくだけでコバルト鉱石が手に入る。


 つまりコボルトの糞を食べたクリーンスライムの食べ残しが高値で売れる訳。なんとも言えない妙な感覚がするな。

 トレントの繁殖事業はコボルトの餌である鉱石とクリーンスライムを魔素で買ってるから一旦中止。仕入れているのは火星の酸化鉄や小惑星から採れた銅、鉛、亜鉛、ニッケルなんかの地球にもある鉱石。普通の岩塊でも大量に食べさせればコボルトはコバルト鉱石のウンチをするんだけど、質の良い餌を与えた方がレアメタルの割合が増えるんだ。


 正直、インベーダーから魔素でコボルトの餌を買うのは微妙だけどね。わざわざコボルトに鉱石を食わせてコバルト鉱石に変換しなくても、そのまま地球に売れば現金化できる。

 でもそういう横やりは卸先のミュータント商会に良い顔されないからなぁ。直接、インベーダーと売買してる部門の顔を潰すんだとか。地球じゃ入手不可能な魔素を対価に出来るデーモンの方が中抜き分を加算しても安価に鉱石は入手できるんだけど。割高になっても地球の商品をインベーダーに売り込めた方がお得なんだと言う。


 一応、精霊種のコボルトが生み出した奇跡の石って触れ込みでコバルト鉱石は地球で高値で売れるんだけど、産業として考えるならインベーダーと競争しても勝ち目はない。向こうは月に眠ってる鉱石のイルメナイトとか、精錬せずにそのまま使える宇宙にしかない還元鉄とか、地球では存在を疑問視すらされている土星の金属水素とかを何百トンと採掘可能なんだしね。

 宇宙は資源の宝庫。20体のコボルトが排出する程度のレアメタルなんて誤差。小遣いにしかならない訳だ。


 だけど。そう、逆に考えたら小遣いにはなる。なるんだ。


「ああ、やっと手に入れた。地球のお金」



――――――――


〇両性ニンフ

 振り込みは確認した? 約束を履行して貰うよ


〇ミュータント互助会取締役

 マジか


〇両性ニンフ

 言ったよね。現金で払えって。僕、覚えてるよ


〇ミュータント互助会取締役

 いや、普通に商会経由で買えよ


〇両性ニンフ

 手間賃が高すぎでしょ! 何だよ牛丼一杯、千円って。倍額じゃんか!


〇ミュータント互助会取締役

 俺だって暇じゃねーんだよ


〇両性ニンフ

 知ってるよ。近隣の宿無しミュータントが家に押し掛けたんでしょ?

 そんなご大層な肩書きを押し付けられて。少しでも金がいるんじゃないの?


〇ミュータント互助会取締役

 牛丼一杯800円だ。それで手を打とう


〇両性ニンフ

 支払ったのは千円だ。バナナも付けて貰うよ


〇ミュータント互助会取締役

 お前、本当にバナナが好きな


〇両性ニンフ

 いいからバナナ買ってきて! バナナ!!


――――――――



 うん。まあ、ね。

 仕方ないんだ。デーモンは魔素で飢えないけど食べ物を口に出来ない訳じゃない。

 現代人が品種改良される前の山菜・果物で食事を我慢し続けるなんてもう拷問だよ。


 カレー、すき焼き、寿司、ケーキ、チョコ、アイス。


 今なら手に入る。もう枕を濡らす必要はないんだ。

 インベーダーのコピー商会は、複製するだけなら兎も角、ショップの販売ラインナップに並べるのは枠を圧迫する癖に安価で無駄が多いって理由で出品しなかったし。デーモン国家経由じゃ嗜好品扱いでろくに流通してなくて僕じゃ手に入れられなかったし。マジで地球が最期の希望って感じだったんだ。


 僕の箱庭が一定の文明水準に達したら絶対に料理文化は地球から継承する。絶対にだ。そう宣言しても良いくらいには地球の料理に飢えてた。泣きそう。


「念願のバナナを手に入れたぞ!」


 テッテレー。

 アイテムボックスに送られてきた食品にひゃっほうと僕は歓声を上げた。


 前世じゃここまでバナナ好きじゃなかったんだけどね。ニンフになってから、何故かどうしても欲してやまなかった。

 半分は女体化してるからかな? ま、どうでもいい。大した事じゃない。

 そう僕はウキウキと一本のバナナをアイテムボックスから取り出して皮を剥いた。


 ダラダラと口からヨダレが止まらない。


「あーん」


 大口を開けてバナナに齧りついて。

 バチンと目の前に火花が散った。



 最初に種なしバナナの栽培が始まったのはアジア大陸の東南端マレー半島。でも、その遙か前から大切な食料としてバナナの種を人間は地に植え増やし子々孫々へと継承して来ている。何百年も何千年も何万年も国が生まれて滅びるよりも遙かに長く。数万年かけて継承し続けたバナナの果樹の中からたった一つ、種のない突然変異のバナナが世に生まれ出たんだ。およそ5千年前。人は果樹の枝を利用して一代で終わるはずだった異形のバナナを更に世界中に増やしていった。僕はそれを宙に浮いて只ずっと見ていた。

 次から次へと生まれては死んでいく人間が少しずつ少しずつ世界に満ちていく。それが早回しをしたかのようなスピードで目の前に展開されていった。


 マレーシア・タイ・ミャンマーとバナナは北に伝わって行き西のインドへ。そこから更にインド洋を越えてアフリカ大陸へ。

 なんと紀元前四世紀にはあのマケドニアのアレキサンダー大王がインドまで遠征してきてバナナを発見している。その地で僕は遠目に見た彼と目が合った気がした。


 東アフリカから西アフリカへ大陸を跨いで伝播していったバナナは更にカナリア諸島に辿り着き、16世紀のコロンブスによるアメリカ大陸発見を機に大西洋を越えアメリカ大陸へと渡っていった。そして19世紀にはアメリカ資本をもとに中南米各地やフィリピンで大規模生産を行い始め、種なしバナナが世界中で販売されるようになる。


 その壮大な歴史を瞬く間に目にして何時の間にか泣いていた僕は。


「ああ、そうか」


 無意識に生やした種なしバナナの果樹へともたれ掛かっていた。


「バナナの品種改良をするって事は、人類の歴史を再現するって事なのか」


 何か途方もない壮絶な偉業を達成したかのような気持ちで胸が一杯だった。

 うん。この感動を皆にも伝えなくちゃならないな。


 ずずっと鼻を啜った僕はそう思い至って掲示板を開き、どう伝えるか暫し悩み、簡潔に一文だけ書き記した。



【交流用】総合雑談スレpart5


877:両性ニンフ

バナナ、超うめぇ!


878:名無しの転移者


879:名無しの転移者


880:名無しの転移者

>>877 そうか、良かったな(生暖かい目

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る