第7話 コストカット
「よし、間に合った」
何とか在庫がなくなる前に高級ベッドを購入してログハウスに設置できた。これでチクチクする藁のベッドとはおさらばだ。
ん? 藁があるんなら米とか小麦とかを商品にしないのかって?
いやー、稲穂に実る可食部が少なくて直立してる野生種の陸稲米とか小麦・大麦の起源種とか、ニンフの力で生やしまくったまでは良かったんだけど。脱穀とか籾すりとか製粉とかが面倒くさくてね。
米を量産する為には最低でも千歯扱きを作って只管に稲穂から籾を落として、更に木臼で籾殻を取り除く必要があるんだ。小麦粉を製粉する為にはどっかから石臼を調達してくる必要があるし。
採取するだけで終わる山菜採りとは必要な労力が違う。一回、稲穂を大量に木箱に詰めてショップに出してみた事もあるんだけど、苦情メールが殺到して魔素を返金する騒ぎになって取り止めた。
全行程をニンフの精霊魔法で代用するのも可能なんだけど、一度作れば終わりのログハウスと違って魔素の消費が気になる。値段に反映すると今度は売れないだろうしね。魔素さえあれば飢えないデーモンにとって食事は単なる娯楽に過ぎないんだ。
正直、僕だってそこまで苦労して必要ない食事を取る気にはなれない。散歩がてら森で食べる分を取ってくるくらいで十分。
「せめて炊飯器があればな。米ってフライパンで炊けたっけ?」
そもそも僕はそこまで料理に造詣はない。現状の食生活だって掲示板の有識者ニキ達のオカゲと言って良い。
ああ、やっぱり料理上手で魔素がいらなくて美人な女メイドが欲しいな。サブカル作品の定番キャラだよね。
一人だけ願望に掠ってるSRモンスターがいるんだけど……。
「ラミア解放してみる? いやでも、現状でリリースしたらラミア種一強の箱庭になりかねないし」
箱庭設立当初からいる支配者より強い古参種族。下克上フラグにしか見えないな。
最初は精霊種オンリーで行かなきゃ。僕を頂点とする信仰体系の構築に目処が立たないと危なくてSR以上の召喚なんて出来ない。
概算だけど、神秘値100はRカードの頂点かSRカードの底辺あたりの戦力らしいんだ。
今の僕じゃどんなSRモンスターだろうと勝ち目がないという訳。ニンフの弱さが骨身に沁みて分かるね。NやRモンスターだけをリリースして活用した僕の判断は正しかったのだ。
「トレントの挿し木と魔素による成長促進。低ランクモンスターの食物連鎖構築。採取による外貨獲得」
出来る事はやっている。今の所は何の問題もない。
一部のデーモンのように魔素を手っ取り早く稼ごうと地球に略奪に行くなんて無謀そのものだし。成功したのは運が良かっただけだ。真似しちゃいけない。
そんな博打を打つ奴らよりもデーモン国家でバイトを始めた借金勢の方が遙かに参考になる。ニンフの僕じゃ真似できないけどね。
でも、人間を魔素に変える方法なんて何処で知ったのやら。
「そんな事しなくても、浚った人間をショップで売ったら買ってたのにな」
ボソッとそんな事を呟いた自分に驚いた。当たり前のように奴隷を購入するつもりでいた。何時の間にか心までデーモンになってる。
切り替えようとパンパンと顔を叩いて立ち上がった。ぶるんっと遠心力で弾む胸によろめきそうになって溜息を吐く。
うーん。何で僕はエロゲを遊ぼうとしてたはずなのに荘園経営者めいた感じになってるんだろうか。
「くぅーん」
「おお、来て下さいましたか」
トレントの苗木に魔素を与えようとログハウスを出た僕は大勢のコボルトと困った顔のトレントに出迎えられた。
ゴブリンと違ってコボルトには悪感情がないのか排斥しようと枝を振り回す様子はない。ピスピスと鼻を鳴らす犬顔のコボルトをむしろ哀れんでいる感じだ。
「どうしたの。ゴブリンに虐められた?」
「それはコボルトの弱さ故の事。別に構いますまい」
さらっと流されたコボルトは愕然とした顔でトレントを見た。
いやトレント。君らだって毎回、僕に庇われてるよね。何でそんな他人事なのさ。
何々、野良とペットの違い? 作物を害獣から守るのは当然の事? まあ、言われてみればそうかな?
「ええ。ですのでそっちは別に現状で構わんのですが」
「きゃん!」
「何か異論がありそうだけど」
トレントの説明によるとコボルトに肩入れしたら今度は逆にゴブリンを駆逐し始めるので意味はないのだという。
まあ、ゴブリンが邪魔になる程、繁殖したらテコ入れしても良いだろうって話だ。現状でリソースを注ぐ価値はないな。
「ですが、流石に栄養不足で住居も野晒しなのは哀れですな」
「え?」
コボルトを良く見たら最初より身体がやつれていて、全体的に弱々しい印象を受けた。
そりゃ森に身一つで放り出されたら人間ならそうなってもおかしくはないけども。森には食料が沢山ある。雑食のコボルトなら元気に暮らせるはずだ。証拠にゴブリンは憎たらしい程、元気一杯だし。
こちらが怪訝そうに首を傾げているのを見たトレントはコボルトを一体カードに戻すよう言ってきた。
「それじゃ君。良い?」
「わん!」
指名したコボルトが前に出てお座りをする。何かあざとい。お前ら最初にリリースした時は狂犬って雰囲気だった癖に。
「眷属コボルト、バインド」
プレイヤーは生物・無機物問わず、自らの所有する物品をカードへと変える特殊能力を持ってる。放置したカードは一定期間を過ぎたら自動で元の姿に戻るのだけど、アイテムボックスに収納したりショップに販売したりする事でカード状態のまま一定数をスタックする事が可能だ。特にRランク以下のカードは1枚のカード内に最大10体を収納する事が可能だからSR以上の10倍スタック出来る。
カード化中の物品は時間経過をせず、そのままの状態を維持するから時間停止機能付きの保管庫としても活用できるという訳。凄い力だ。
他にもカード化したモンスターやアイテムは簡易的な説明文も浮かぶのでプレイヤーは擬似的な鑑定能力を発揮する事も出来る。
まあ、条件の自らの所有物に限るという部分が曲者で、人間を脅してうんと言わせるだけでカード化可能だったり、買い取ったモンスターを眷属化できなければ野良状態と判定されてカード化不可能になったりと、色々と悪用可能な要注意システムなんだけどね。
トレントがカード化するよう言ったのは疑似鑑定能力を使用する為かな。
「あー、これは……」
◆◆◆
Nコボルト(1/10)
有利特徴:繁殖+
不利特徴:鉱物資源-
雑食の二足歩行生物。人の胴体に犬の頭部を有する。
坑道や地下に住み銀や銅を有毒鉱物に変えてしまうという妖精であり精霊。
◆◆◆
そういや僕はニンフの中でも森精だから箱庭全体が森で覆われているんだった。
箱庭には坑道も地下も鉱石資源もない。
「まさかコボルトは銀や銅を食べるの?」
そうだったら金食い虫なんてレベルじゃない。僕じゃ養えない。
「いえ。鉱物類だったら何でも構わないはずですな」
「「ウォン!」」
同意するようコボルト達が頷くけど、それでもなぁ……。
「一応、掛け合ってみるけど。正直厳しいかな」
インベーダーから鉱石を魔素で購入し続ける。しかもコボルトが増える度に購入量は増え続ける。
うん、ないな。コボルトは諦めるか。
「きゅーん」
僕の目が段々と冷えていくのが分かったのか、一部のコボルトが仰向けになってお腹を見せている。
なに、可愛いアピール? それで魔素は増えるの?
「山野に相当するニンフが生まれれば問題はないと思うのですがな」
「ああ、なる程。鉱山が箱庭内に出来れば問題ないね。それでニンフってどうやって増えるの?」
「ふむ? 主には男の物も女の物もあると記憶してたのですが、違ってましたかの?」
「へぇ……」
ああ。僕が自分の精で妊娠して産めって事か。忘れてたけどトレントって植物だから自己妊娠に疑問を抱かないのな。
確かにニンフが増えれば貯蓄魔素の残高も増えて神秘の蓄積もはかどり箱庭も大きくなってコボルトも助かるね。
うん。良いことばかりだ。
だが断る。
「じゃ皆、カードに戻ろうか」
「「きゅーんきゅーん」」
いやいやと首を振るコボルトをカードにしようと近付いた僕は、ピコンというメールの着信音に遮られた。
相手はコボルトの食料について相談していたインベーダープレイヤーだ。流石に最安値の鉱物でも山菜とは交換してくれないらしい。
だけどメールには続きがあり。
「コバルト鉱石?」
とある兵器の材料となる鉱石名が綴ってあった。
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