第16話 悪夢①
あんなと付き合い始めて一年が経とうとしていた。
"セルシオ狩り"が身近に近づいているのを感じながら、僕とあんなは変わらずの生活をしていた。
毎日少しの時間でも会い、週末は誰かを誘い、ボウリングに行ったり、カラオケに行ったりと一般の学生がするような遊びばかりをしていた。今まで僕だと『学生じゃねんだから』と断っていた遊びも、やってみると楽しかった。
僕は、あらゆる所で自己プロデュースを発揮していて、舐められないようにと振る舞っていたが、結婚を意識することで、心境が変化し、そんな"変な見栄"を張らなくてもよくなった。僕も変わりつつあった。
あんなも口には出さないが、結婚を意識しているのがわかった。今年から就職活動が始まり、自分の夢と僕との結婚、両天秤にかけているように感じた。
あんなの進退によっては、結婚も遠退くことも考えられたが、どんな決断、結果でも受け入れる覚悟があった。
そんなある日だった。
『ゆうちゃん、この前変な車に追いかけられたさ』
『マジ!どこで?車は?』
『駅からウチまでの間、オレンジ色の大きい車』
『マジか、大丈夫だったの!?てか、そーゆー時は電話してよ!』
『うん、ごめん。ゆうちゃん仕事中だったから』
『いや、仕事中でもいつでも電話して。てか、しないとだめだよ。何かあってからじゃ遅いし』
僕はあんなのこの手の話に対し、"過保護"と思われる程に、敏感に反応し、口酸っぱく注意していた。
そこには理由があり、以前からあんなの家周辺では不審者がよく現れていた。
実際にあんなにも被害があり、洗濯物を部屋に干していたら、下着がなくなったり、夜中にアパートの部屋の前に知らない親父がいたり、部屋を覗かれそうになったりと僕と付き合う前から、そのような被害があった。
以前、クリスマスの夜にあんなを送り届けた際に出現した親父の時もそうだ。
不審者の特徴を聞くと、全員違う男ということも気持ちの悪さを倍増させた。
当時はネットがまだ普及していなく、僕はパソコンは電源を入れる事ができる程度、インターネットという言葉だけ知っていたという程度だった。
それでも、藁にもすがる思いで、僕は友人宅でパソコンを借り、ストーカーについて検索したこともあった。そこで気になるワードが、"集団ストーカー"
集団ストーカーとは、一人のターゲットを作り、インターネット上で複数の人間が情報交換しながら、ストーキングをする本当にくず集団である。
その特徴があんなの被害に酷似していた為、パソコンの前で固まった覚えがある。
あんなは怖いと言いつつも、悪に対しての正義感なのか"懲らしめてやりたい"という気の強さみたいなものがあった。
ただ、僕に言わせれば、"口では男は女に負け、力では女は男に勝てない"例外はあるが、悔しいことに現実はそういうものである。
かといって、あんなに必要以上の恐怖心を植え付けるような物言いをするのも、良くはないので、心の奥底では胸の辺りがゾワゾワする程、不安を抱えながら、『俺が動く!俺がやっつける!』という物言いになっていた。
その他に『最近あんなの家の近くによー変質者出るんだわ。もし、近く通ったら、あんなの家の前通ってみてくれない?』などと、詳しい内容は話さず、チームの人間に言うこともあった。
これは元々だが、僕達は遊んだ後、一人ずつ送り届けるという習慣があった。送り届けては全員、車から降りて、軽く雑談をして次の場所へ向かう。
近所迷惑になるので、騒いだりはしないようにしていたが、目に余る程の改造車と輩のような風貌の人間達がぞろぞろと降りてくるので、それだけで迷惑になるのだが、、それも僕にとっては、狙いがあり、『あそこに住んでる女、ヤバい奴らと付き合ってる』『関わったら面倒くさそう』など思われれば良いと思っていた。
それでも、足りなかった。
『俺みたいな奴の女は大丈夫だろう』
どこかそういう過信のような気持ちがあった。
■
桜が散り、日射しが少しずつ強くなり始める、心地よい初夏の季節だった。
平日のある日。
『ゆう、最近調子良さそうだな』と工場長に話しかけられた。
『そうですね、やっと夏が来たって感じじゃねーすか?今日も気合い入れてやりますよ』
『おし、いいな!そしたら、エンジン下ろしやってみるか?』
『マジっすか?出来るべか?けどやってみたいです』
『よし、そしたら明日その車入ってくるから、その段取りしとけ』
『わかりました!』
エンジンオーバーホールは、自動車整備士の花形みたいなポジションで、それが出来れば一人前と言われていた。
勿論、責任も課せられるので、ミスはできない。出来たと言っても、給料が上がる訳でも皆から称賛される訳ではないが、整備士として一人前になる為に日々頑張って仕事をしている僕にとっては、『ようやく来たか』という緊張交じりの高揚感があった。
僕は明日の大仕事に向けて、今ある仕事を急いで仕上げようと取り組み始めた。
『これで俺も一人前だ、見てろよこの野郎』
熱中するように仕事をしていると、やたらと虫が寄ってくる気がした。別に臭いわけじゃない。
本当に追い払っても寄ってくる。"何だよ"と思いつつも構わず仕事をしていると、今度は大きめの蜘蛛が目の前に現れた。
僕は、イラッとしてその蜘蛛を蹴りつぶした。
その瞬間だった。
『ヂリンヂリン』
会社の電話が鳴った。
少し経った後「ゆー!彼女から電話だぞっ!」
上司が僕を呼んだ。
あんなは、今まで1回も会社になんて、電話かけて来たことがない。僕はなんとも言えない、凄く嫌な予感がした。僕は電話のある所まで行くまでに、色んな嫌な事を想像したのを覚えている。
『おぅ!どーした?』
体が震える位、ビビっていたが、自分を落ち着かせる為にいつも通り話した。少し間があり、電話ごしで鼻をすする音がした。
僕は受話器を強く握り、体の震えを止めた。
「ゆーちゃん・・ごめん。私・・やられた・・・」
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