退魔師『雨空 天音』の仕事

 夏の真っただ中、寒気が強くて明るく気持ちのいい空からは白い粉のような美しい雪が降っていて季節を感じさせない。天音は目の前の真っ白な美人を睨んでいた。

「アンタのその力さえありゃあエアコン要らずじゃないかい、雪女。どうかアタシの手下にならないかい?」

 白くて細くて美しい髪を揺らして首を横に振る。水色の雪の結晶の柄の和服がとてもよく似合う純白の少女は鈴のような声で抗議する。

「あなたの手下だなんてそのような下手な真似はしません」

「そうかい、爽快な夏を互いに過ごせると思ったのだけどねぇ」

 軽い口を叩く女を前に美しき妖怪は言葉を返す。

「どうせ利用しようなんてことしか頭にないのでしょう」

「ん、正解。アンタみたいな現実離れした美人は大嫌いなのさ」

 勧誘に失敗したと悟るや否や閉じられた扇子を妖怪に突き付ける。

「アンタをここで祓う。真夏のかまいたちはアンタのせいだから、か弱き人の身を蝕みし美しきしこめ」

「しこめ……醜女!? 黄泉の国の鬼ではございませんが」

 扇子を広げて雪女に見せつける。濃く暗い紺色の端から次第に明るくなってゆく色合い。蒼、青、水色、そして反対側の端は何にも染められていない白。移ろいゆく色彩を追う視界の端に、天音の言葉が付け加えられた。

「外見を綺麗に整えただけの心が醜いブスって言ってんのさ、加害者」

「どうしてそうなるのでしょう、私は人に持ち上げられて大きくなって涼しくなっただけなのになぜかまいたちなんかになれるのでしょう」

「さあ、ご自分で考えな」

 教えてしまえば扱いを覚えるきっかけとなってしまうかもしれない、心の中で言い訳がましく付け加えるも、ただ意地悪で隠しただけのことには変わりなかった。

 雪女、本来ならば雪の夜にしか現れない妖怪。慎ましくて儚い印象を壊された天音は目の前の美しく涼しきモノをこの上なく熱く煮えたぎる醜い感情をむき出しにした目で睨みつけていた。

「はっ、どうせゲームだのなんだので知っただけのすぐに消え失せる無垢な信仰にわっしょいされて本来のおとぎや民の御話を大いに乗り越えたことができるようにでもなったようだけども」

 扇子を閉じ、雪女に斬りかかる。

「長い時代の流れで信仰の形が変わってしまった神々の足元にも及ばぬ妖怪変化が一時的に別の妖怪変化への変化を成し遂げただけのものに過ぎないのさ」

 雪女が美しい純白の袖を振る。その行いひとつで雪は舞い、風は走る。天音の勢いは殺された。飛び退いた天音は扇子を握る手に血がにじんでいるのを確認した。

「こういうことさ、アンタは人の弱きが為に意図せずにかまいたちにも成り果てたのさ」

 乾いた空気は人の持つ水分を吸い込んで笑うように吹き付けはしゃぐように駆け抜ける風は弱った人肌を切り、浅い傷を作り上げる。怪異に直接傷つけられたわけではないモノ、ただのあかぎれ、それはまさに雪女が意図せず起こした鎌鼬だと言えるであろう。

 雪女の着物の袖は派手に揺れ、美しく舞う。雪が飾りのようで、天音はニヤつきながら袖をつかんで引っ張る。

「ほらアタシに寄越しな、なんだいそのセンス、アンタみたいな美人が更に欲張って美しくなるものじゃあないよ」

「あなたが欲しいだけじゃないですか」

 扇子をきんちゃく袋に仕舞ってつかんだ袖を引き寄せて、雪女の背をつかみ放り投げた。

「肉体派退魔師!?」

「妖気は陽気にゃ敵わない、なんてね」

 天音の表情は真剣そのもの、最初からふざけることで自身を有利に持ち込もうとしていたのだろう。地面に叩きつけられた雪女は天音を心底憎たらしいといった様子で顔にも名にも似合わない熱を持った視線で下から射抜いていた。

「さて、原因不明のケガとやらはアンタの仕業なのだろう? 寒風鎌鼬。あとはものが飛ぶだのなんだの仰られていたようだけども、アンタはイタズラ好きか?」

 依頼によって尋ねられ、闘いの果てに訊ねられた真っ白な美人は首を横に振る。天音はつかんでいる腕を引っ張って冷たい声で訊ねる。

「さあ答えな。死んだ姿で生きながらえるか死後のセカンドライフすら喪うか、選びな」

「違う、違います。私知ってます。近くで悪戯なさってる誰かがいる」

 冷たく昏い感情だけを乗せた視線を向けられた白い肌は蒼白へと染まってゆく。雪女の反応を見届けた天音は腕を離して考え始めた。

「はて、如何にして物を操るか……分かりやしないね」

 焦り交じりに慌てて口を開いて言葉を挟み込む。

「付喪神の仕業ではございませんか?」

 きんちゃく袋から扇子を取り出して開き、扇ぎながら答える。

「一度にそんなにお目覚めかい? 現実的じゃあないねえ。イマドキ物なんていくらでも使い捨てられて火にくべられはい浄化、ってオチが待っているじゃあないか」

 涼しいこの場、快適であるにも関わらず扇子で扇いでいるのは手癖であろうか。ゆっくりひらひらと動く扇子は優雅で気品の漂う蝶のようにも見えた。

「アンタのつむじ風が濃厚なのだけど、違うと仰るのなら付喪神よりも超能力者の念力か幽霊が直接動かすポルターガイストの方があるかもわかんないね」

「ぽ、ぽ、ぽる?」

「ポルターガイスト。そんなにぽぽぽぽ言ってもアンタの背は八尺まで伸びやしないよ」

「さっきから……何を仰って?」

「なんでもありゃしないさ、ただアンタの知らないモノノケは大勢いるってことさ。アンタの頭から溢れ出てしまいかねないくらいに」

 天音の表情は未だ晴れることなく霧に包まれたよう。これからの処遇行き先ゆく道不安に塗れて貌に影が差している雪女の肩を掴んで天音は歩き始めた。怪異の原因を考えるべく、自宅へと。

 嫌いな美人を引き連れる辺り、雪女の疑いは晴れていないようだ。真実は未だ雪景色の中に埋もれたまま。

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