第10話 退魔師『雨空 天音』の失態

 閉じられたカーテンの隙間から光が覗き込んでくる。カーテンではそもそも光を遮ることが叶わず部屋は薄暗いというよりは薄明るい。

 薄明るい部屋の中で白い和服を着た女は可愛らしい少女に大切なことを話していた。

「アンタがとんでもないものを持ち帰る原因、分かったよ。話すの非常に遅れたのだけど」

 自身のこと、なにも知らずに摩訶不思議な現象を引き起こしている晴香は原因が気になって仕方がなかった。天音は言葉を紡ぐ。

「最初ウチに来た時さ。あれより前にアンタがこの世のものでない何かを持ち帰った経験はあるかい?」

 晴香は過去を探り、やがて首を横に振る。

「じゃあ当たり。アンタが最初に持ってきたお化けはアンタのおばあちゃんだったわけでさ、おばあちゃんの形見のそのリボン、それにはおばあちゃんとの思いでがいっぱい詰まってるわけ」

 一息おいて再び言葉を結い始める。

「アンタには才能がある、リボンを触媒におばあちゃんを引き寄せた才能が。で、その術をろくすっぽ調べもせずにアタシがおばあちゃんを祓ってしまったわけよ。そこまでは分かったかい?」

 晴香は首を縦に振り理解したことを示した。

「それからもアンタのかけた術は解けずに今まで様々なものを引き寄せていたのさ」

「術が解けずにってじゃあ私は一生」

 天音は静かに首を横に振った。

「一度術は完成しておばあちゃん引き寄せたわけだからいなくなった時点で解けるはず。でもアンタは初めての術の行使で慣れてない。素人の不安定な力が解けるまでに時間がかかってんのさ」

 天音は微笑んで見せた。

「アタシの見立てだと術が解けるのは来年の6月くらい、晴香はアタシの姪と同じで来年受験勉強で忙しくなるだろうから勉強のストレスも入れて8月ってとこかな。それまではアタシが面倒を見るとしよう」

 話しを終えた天音は部屋の隅を指した。

「で、今回アンタがていくあうとしてきたアレ」

 天音のいうところのアレは部屋の隅で寂しそうに体育座りをしていた。

「ここを気に入って住み着いてしまったようでね……ほんっととんだものを持ち帰ってきてくれたねアンタは」

 それは不健康な青白い肌をしていて目の下には分厚いくまがあり、ひもじい生活を送ってきたのだろうか、哀れなほどにやせ細っていた。

「よくも貧乏神なんか持ち帰ってきてくれたものね、しかもえらく祓いにくいのを」

「ごめんなさい」

 ばつが悪そうな顔をして頭を下げる晴香の頬を柔らかな手で包んで優しい瞳を向ける。

「いいのさ、祓いにくいのはアタシの都合なわけだし……こんな可愛い同居人追い出せやしない」

 晴香は首を傾げて訊ねる。

「天音って私よりカワイイ子嫌いじゃなかった?」

「確かにね、でもさ、よく見てみな。弱々しさを感じさせるやせ細ったからだに青白い肌に目の下に刻まれたような分厚いくま……まるでアタシの姪のように思えてくるものさ」

「姪って……」

 今にも消え入ってしまいそうな声で訊ねる晴香の頭から記憶を引きずり出すべく天音による説明が幕を開けた。

「ほらほらあの子、以前の心霊写真に写り込んでしまった背の低い子」

「写り込んでしまったってまるでお化けみたいな」

「アタシの大好きなあの子が怪奇現象に巻き込まれる姿なんて見たくもないものさ」

 指を振りながら語る天音、その可愛らしい仕草を瞳に焼き付けながら晴香は本題へと迫る。

「ええと、ちゃんと祓うの?」

「祓うなんてそんな物騒で前世紀的な手段、とんでもない。これからは共存の時代さ」

 完全に魅入られてしまっていた。天音はそのこれからの時代の手段、新時代の解決方法というものを気持ちのいいほどに堂々とした態度で言ってのけた。

「貧乏神には裕福の象徴、ついでに幸福も取り入れるために」

 晴香に指をさして続けた。

「旅行に出て探そう……座敷童を」

 福を欲張りわざわざ金のかかる手段を選んでしまったのは貧乏神に魅入られてしまったがためか元々の性格が成す行いか、晴香にはこの出来事のオチが既に読めていた。



  ☆



 それは美しく自由に立ち並んだ深い緑に染まった木々、古びて独特な味わいを見せつける木造の橋、美しい音を奏でながら勢いよく流れ落ちていく水が力強く存在感の濃い大きな滝、それらの眺めを邪魔しない薄い青空と白いマーブルのような雲。

ここまでたどり着くまでに列車の乗車賃と休日でバスが減便していたための代わりのタクシー代、降りる時になに故か手こずり値段が上がってしまった分。非常に手痛い出費となっていた。

「キヌから巻き上げ……頂戴したお布施だけで足りるか尽きるか」

 しばらく低い声で唸りながら細くて白い指で頭を小突いていたが、やがて思考そのものを放り捨てた。

「まずはみんなで写真撮ろうか」

 丸太の机の上にカメラを置いて、タイマーをセットした。天音と晴香が隣り合わせ、間に貧乏神が入るという構図それはまさしく好ましくない写真、天音は退魔師としての感想を誰にともなくぽつりと呟いた。

「退魔師が心霊写真作るなんて……アイドルのブロマイドに幽霊忍び込ませでもやりゃあ今回の出費取り返せるかねぇ」

 それからアイスクリームを買って蓋と間違えて本体をゴミ箱に放り込んでしまって買い直し、外食で店員が間違えて注文したものよりも安いものを持ってきた上に言っても聞かずに代金だけは元の注文分きっちりと搾り取られ、土産店の売り物を手に取った瞬間割れて買い取りという形でどうにかその場を丸く収めた。

「くっ、なんて大損、でもねでもね今夜アタシはそんな不幸を吹き飛ばすVIPをお迎えするのさ」

 そう言いながら入った旅館、座敷童が出るという噂の旅館であった。

「幸せ呼ぶとはいえどもソイツは妖怪、ここは立派な曰く付き物件なものさ」

 ふすまを勢いよく開くとそこに待ち受けていたのは天音のものと比較するのもバカバカしく思えてくるような高価な着物で飾り付けられた幼い女の子。

「来たほら大本命、絶対捕えてやる」

 座敷童を捕まえようと意気込む天音を見て何とも言えない表情で佇む晴香は座敷童の方へと目を向けてみた。怯えていた。

「祓われるの怖いって顔してる」

 そんな幼子の姿は突然背景と同化し見えなくなってしまった。

「ああああああ逃げられた」

 頭を抱えながら嘆く天音を見つめて貧乏神はくすくすと笑った。

「凄く楽しいよ天音さん、人生で一番楽しかった」

「人生ってアンタもう人じゃないけど」

「こんな私を祓わないでくれてありがとう」

 そう言って微笑む貧乏神に天音は手を伸ばす。

「そんなもうおしまいみたいな言い方よしておくれ」

 貧乏神の身体は透け、後ろの景色が薄らと目に映る。

「こんな金食い虫の穀潰しじゃなくて隣りの子を見てあげて」

「貧乏神さん、私もお別れなんて……いやだよ」

「ううん、もう限界。最後にいい思い出ができたよありがと」

 言葉を残して消え去る貧乏神。散って舞った埃のような光は緑の木々に吸い込まれて消えて行った。



  ☆



「ああ、金が」

 余裕のひとつも持ち合わせずにため息交じりに呟く天音。床に酒瓶が並べられた事務所でひとり、残りの金のお札に写された肖像画とにらめっこしていた。

 部屋中いっぱいに広がる呼び鈴が鳴り響く。

「来た来た金づる」

 太陽が霞んでしまうほどに輝く笑顔でドアを開く。出迎えた顔は見知ったものだった。

「出たな、妖怪ていくあうと」

「はい、妖怪でりばりーサービスです」

「んなサービスあってたまるものか」

 今日もまた、笑顔いっぱいの業務録が更新されたそうだ。

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