魔拳の勇者は最強ですか? 捨てられた大魔術士の子は拳聖に育てられ、勇者学校で無双します! なんか普通にしてるだけなのに、勝手にモテて可愛い義妹まで出来たんだが?
斜偲泳(ななしの えい)
第1話 プロローグ
「兄さん。良いニュースと悪いニュースがある」
葬式の後、抜け殻のように墓標を眺めていると、気まずそうに弟が話しかけてきた。
枯れ果てた男は墓標に目を向けたまま答える。
「俺は、心から愛した女を失ったんだ。それ以上に悪いニュースがあるものかよ」
放っておけば、そのまま根を張り、墓地を彩る一本の樹木になりそうな気配がある。
が、不意に男はハッとして弟を振り返った。
「まさか、息子になにかあったのか!?」
最愛の妻の忘れ形見、愛しい女が命と引き換えに産み落とした、まだ名前すら決まらぬ息子である。
「彼は元気だよ。早産とは思えない程にね。まるで、フィオナさんの命を吸い取ったみたいに――」
そこまで言って言葉に詰まり、弟はぽつりと謝った。
「ごめん。そんなつもりじゃ――」
「なにがあったんだ」
遮られて、弟は答えた。
「良いニュースは、医術士の話だと彼は兄さんとフィオナさんの才能の一部を受け継いでいるらしい。魔術士の名門、マギオン家次期当主、アルバート=ミスティス=マギオン。虹の紡ぎ手と呼ばれた兄さんと、魔刃の名で恐れられたフィオナさんの、二人分に匹敵する魔力容量があるそうだよ」
フィオナが生きていれば、アルバートも手放しで喜んだだろう。二人とも、魔術士としては破格の天才だった。一人分の才能でさえ、千人分にも匹敵する。だからこそ、魔術士の名家であるアルバートが庶民のフィオナと結婚する事が出来たのだ。
いずれマギオン家を継ぐ事になるのなら、魔術士の素養はどれだけあっても困ることはない。
が、弟の口ぶりでは、それだけではないのだろう。
「悪いニュースは」
「彼には……魔術適性がほとんどない」
躊躇って、弟は告げた。
こんな時でなかったら、アルバートはショックを受けただろう。
万物は魔力からなり、魔力を宿す。故に、魔術士は魔力を操り、万物を操る。なにが出来るかは、生まれ持った適正による所が大きい。
「本当に、最低限。身体に魔力を纏わせる、練気術のような魔力操作が精一杯らしい」
アルバートはホッとため息をついた。
「そんな事か。フィオナを亡くした後なんだ。生きてさえいてくれれば、文句はない」
それこそ、魔術士としての力がなくても構わない程である。ただ生きてさえいてくれれば。
「……そういうわけには、いかないだろ」
兄の気持ちを見透かして、陰鬱に弟がたしなめる。
「兄さんは、マギオン家の次期当主なんだ。順当なら、兄さんの息子がその跡を継ぐことになる。そんな人間が、ろくに魔術も使えないんじゃ不味いだろ」
「……カイル。お前は、なにが言いたいんだ」
「やめてくれよ! そんな事は、兄さんが一番分かってるはずだろ! あの子は、マギオンの名に相応しくない……そんな事を、僕に言わせないでくれ……」
寂れた墓地に、弟の叫ぶ声が悲しく響いた。
その通りではあった。言われなくても、アルバートにも分かっている。
それでも、認める事は出来ない。
「あいつは……フィオナの忘れ形見なんだぞ……。俺とフィオナの子なんだ……。約束したんだ……あの子だけは、絶対に幸せにすると……」
俯いたアルバートの足元が、雨粒で濡れた。
空まで泣き出したように、雨脚が強くなる。
「だからだよ……」
兄の肩に、弟の手が触れる。
「マギオンでなかったなら、僕は十分一流の魔術士で通用する。けど、マギオンとしては、落第だ。次男の僕ですら、散々苦労してきたんだ。兄さんは、自分の息子にそんな思いをさせたいのかい?」
適性はあっても、素養はなかった弟である。彼の苦労と不遇を間近で見てきただけに、その言葉の重みは理解出来る。
だとしても……。
「殺せと言ってるわけじゃない。フィオナさんは、こんな僕にも良くしてくれた。僕だって、兄さんと同じ気持ちだよ。だから……彼の幸せを願うのなら、マギオンの名とは無縁の場所で育てるべきだと思う。修道院に入れるとか、信頼できる人間に預けるとか……」
頭では、そうした方がいい事は理解出来た。そうしなければ、息子はマギオンの名に潰されるかもしれない。多忙なアルバートでは、息子につきっきりで守ってやる事は出来ない。幸せに出来る展望など、全くないではないか。
迷う兄の背を、唇を噛んで弟が押した。
「……こんな事は言いたくないけど。これは、フィオナさんの為でもあると思うんだ。生まれた子に問題があると分かれば、父さん達は多分、フィオナさんの事を……」
「……責めるだろうな。俺とあいつが結婚する時も、散々反対していた。クソッタレが! マギオンなんか、滅んじまえばいいんだ!」
兄の怒りが魔力と共に迸り、落雷となって近くの木を消し飛ばした。
死んでしまえば傷つく事もないだろうが。
死んでしまったからこそ、彼女の名誉が穢される事は許しがたい。
長い沈黙を、一組の兄弟が共有する。
二人で一つの墓を見つめて、懺悔でもするように。
不意に兄は墓石に跪くと、涙を流しながら地面を叩いた。
「……すまない、フィオナ。俺は、あの子を、育ててやれない……」
それから暫く、弟は兄の気持ちが落ち着くまで見守った。
立ち上がり、亡霊のようにふらつきながら歩き出す兄に声をかける。
「……彼は、どうする? 辛いなら、僕の方で引き取り手を探すけど」
「必要ない」
言い切った兄の顔には、最後に残った父親としての矜持が猛っていた。
「一つだけ、当てがある。あいつなら、魔術適性のない息子でも、力のある戦闘術士に育てられるかもしれない。それこそ、マギオン家を叩き潰せるような」
己の生まれを恥じるような怒りを煮えさせながら、兄は告げた。
「あいつ?」
尋ねる弟に、彼は答える。
「拳聖だ」
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