第20話 そんなのやだ

「そうですか……少しずつ……」

『龍種の方々は、よく受け入れてくださったと思います。いくら未来視の法術で私たちが来ることを知っていたとはいえ、方々と違ってウチの子たちは未知の存在に対して、極端に臆病になることが多いですから』


 未知との存在との接触で、過去いくつもの悲劇が起こった。

 しかし個人間でのいざこざはあったものの、龍種たちの度量もあり、この星で大規模な騒乱は起こらず両種の関係は平穏だ。


『あの子たちは地面を、自然を求めていました。私がいくらがんばって船の中に地球を再現しても、結局は偽物。例え地球と違う環境であっても、本物の自然の方が生き物にとっては嬉しいことなのでしょう』


 サョリから聞いた話に過ぎないが、トルアからすれば擬似的にであれ星の環境を再現するだなんて、どんな高名な法術使いであっても不可能だ。

 それだけでも賞賛に値することだと。


『なにをもって知性とするのか、を議論するつもりはありませんが、自分や子孫が永続的に存続しうるすべが智恵、それ以外の目的に使えるのが知性だと私たちは考えます。

 種族が危機に瀕したとき、それを乗り越えるために命は体を作り替えて進化し、新しい環境に適応します。

 この星に来るまで地球人たちは、身に降りかかる危機を技術を使って乗り越え、私たちのような船を作って星の海に旅立ち、この星に流れ着き、技術を使って新しい環境に耐えられる体へと進化させました。

 嬉しかったんですよ? 本音を言えば。

 でもそれは子離れと同義でした。

 親の補助を必要としなくなれば、子は自らの足で新天地を目指します。そこで出会った方々と交わり、血ではなく想いを、魂を引き継がせる道をあの子たちは選んだのです。

 先祖が遺した文化や文明の保持を、私たちに任せて。

 私たちは、あの子たちがいつ帰ってきてもいいように、家の手入れだけは欠かさないようにしながら待つことにしました。

 それが、親である私たちの役目だと思いますから』


 長くなりました、と頭を下げ、ベスはぬるくなった茶をひと口。


「サトルさまの父君は、どんな方でしたか?」

『サトルに父親はいません。保存されていた精子からフウコが選んで自分で受精して、お腹を痛めて産んだ子です』


 え、と表情が固まる。


『この船に残ったのは、ひとり残される私を哀れに思った子たちです。ですがとても繁殖には数が足りず、せめて、と精子や卵子を残していきました。フウコが使ったのはその中のひとつです。

 フウコの母も同じようにしてあの子を産み、サトルが一歳になった頃に病で他界しました』


 ひどくあっさりと言われ、トルアは戸惑う。


「あなたは、どれほど……」


 命を見送ったのですか、と浮かんだ疑問はすぐに愚問だと気づき、呑み込む。


『だいじょうぶですよ。出て行った子たちは結局誰ひとり帰ってきませんでしたが、むしろ私は嬉しいんです。私たち《ベス》の誰ひとりとして教えられなかった愛を、フウコは体現してくれた。それだけで、十分なんです』


 笑ったように、感じた。


「愛、なのですか? いまのサョリさまは」

『愛の定義なんて知性のそれ以上に不可能です。けれど私が、人工物である私がそう感じたのですよ?』


 ふふ、と笑うベスに、トルアはもうかける言葉を失ってしまった。


『さ、他に訊きたいことが無ければ、お店を閉めます。話しすぎて疲れてしまいました』


 ゆっくりと立ち上がってお盆に自分とトルアの湯飲みと急須をのせる。


「あ、申し訳ない。すっかり長居してしまいました」


 いえ、と微笑んで、一度カウンターにお盆を置いて、しずしずと入り口へ向かう。


『では、またのお越しをお待ちしております』


 ぺこりとお辞儀してトルアを見送った。


     *     *     *


『では、これより作戦会議を始めます』


 ベスがつくった朝ご飯も食べたい、とサョリが甘えたので、今回もサングィスたちは食堂に集まった。

 用意されたフレンチトーストやベーコンエッグなどに舌鼓を打ちつつ、いまの自分がユヱネスの食事も美味しく食べられたことに感激しつつ、サョリは食後のコーヒーを飲む。


『聞いていますか、サョリさま』

「あ、は、はい。だいじょうぶ、です」


 昨日のこともあるのか、ふたりの距離はぎくしゃくしている。


『ともあれ、サトルとタリアさんを攫った方々の場所は判明しています。サングィスさま、よろしいですか』

「うむ。連中は我が城の地下に設備を置いている。……というよりも、設備の上に城を建てた、というほうが正しいのだがな」


 スズカがサングィスを睨む。


「手を組んでいることは昨日聞いたが、まさか直下とはな」

「仕方あるまい。我らに王侯の仕組みを教えたのはユヱネスなのだから」


 え、とスズカはベスを見やる。


『はい。それまで、仕組みとしては曖昧なものだった龍種の方々の統治を整理し、軍や官僚などの組織を提案したのはユヱネスだと記録に残っています』

「ならば、我らシルウェスにもそれをやったのか?」


 はい、と返してベスは言う。


『我々の目的はあくまでもサトルとタリアさんの身柄の保護にあります。かの組織を潰すのは、サングィスさまの要望もあり、今回はやりません。いいですね』


 一同が頷く。


『では、今回はサングィスさまの視察、というていで施設に入り、スズカさんの隠密能力をもってふたりが閉じ込められている部屋へ行ってもらい、私が作ったデバイスでカギを開け、トルアとスズカさんの護衛で戻ってくるという方向でいきます。質問がある方は挙手をお願いします』


 まず手を上げたのはトルア。


「あの、ディナミス陛下の救助はいつやればいいのです?」


 あ、とベスが小さく漏らしたのをサングィスは聞き漏らさなかった。


『正直、あそこまで肉体と精神を変質された方の治療を、私がどこまで出来るのか分かりません。しかも、ああいう風に使役されている以上、ディナミスさまは方々と近い場所にいるはずです。

 こう言っては冷たく感じるでしょうが、余裕があれば保護をするという形でしか私は提案できません』 


 鳥族アウィスも王制だが、祖先が肉食竜であったためか、王位は強い者が継ぐという考えが根強い。ユヱネスに拉致され、心身共に変貌してしまった彼女の帰還を、果たしてどれほどのアウィスが望んでいるというのか。


「だが、姿は戻せなくともせめて意思ぐらいは解放してやるべきだろう。我もディナミス陛下のことは気にかけておこう」


 お願いします、とベスが頷くと、おずおずとサョリが手を上げる。


「ベスは、行かないの……ですか?」


 最後の最後で昨日の約束が語尾を変化させてくれた。そうしなければきっとベスは返事をしなかっただろう。


『私はここで皆様をバックアップします。私の存在をあの女が知った以上、対策は施されているはずです。向こうにいる私の分身わけみたちが束になってくれば、ハッキングやクラッキングの憂き目に遭う可能性もあります』


 冷徹に言われ、サョリは視線を下げてしまう。


「……わかり、ました。よろしくお願いします」

『フウコ、私はなにもあなたと絶交したつもりはありません。体面上、こういう態度をとっているだけです』


 うん、と答えるサョリだが、表情は晴れない。

 もう、と嘆息して、


『では、現時刻をもって行動を始めます。格納庫に車を用意しましたから、皆様乗り込んでください』


 ベスの言葉でサングィス、トルア、スズカの三人は立ち上がり、口々に割烹着姿のベスに礼を言って食堂をあとにする。


『なにをなさっているのです、サョリさま』

「……ごめん、なさい」

『私はサョリさまに謝罪されるような覚えはないつもりですが』

「…………なんでそんな風に言うの」

『あなたが、あなたの信念にそって事を為そうとしているのに、邪魔をしてはいけないと思うからです』

「……そんなのやだ」


 我慢の限界だった。


『しゃんとしなさい! 昨日は私の提案を承諾したくせに、いまさら甘えない!』

「だって、ベスにさよならされるのって、思った以上に痛かったから」


 ふう、と息を吐いて。

 一転して冷静な口調でベスは言う。


『そういう思いを、いままで一度もサトルがしなかった、と少しは考えなかったのですか?』


 急にサトルの名前を出され、サョリは混乱する。


「なんでいまサトルを持ち出すの」

『あなたが連れ去られてから、そしてあの子がお城から帰って来てからどれだけ落ち込んでいたか、見せてあげたいくらいです』

「だからなんで、」

『あの子がこの五年、どれだけのあなたへの思いを積み重ねて押し殺して修練を重ねてきたか、機械の私には半分も理解出来ません。そしてあなたを、自分の思いだけを吐露し、弱音を吐くような軟弱者に育てた覚えもありません』


 サョリとしてはもう振り切った思い。

 フウコとしてはまだ未練がある思い。

 自分は八才のサトルを置き去りにし、懸命に追いすがってきた十三才のサトルを捨ててサングィスに寄り添った。

 紛れもない事実だ。

 覆せない現実だ。

 そしていま、育ての母から捨てられようとしている。

 それだけのことをした。

 サヴロスに成ると決めた時に抱いた覚悟なんて、本人たちがいないから出来たことだと、今更ながらに突きつけられてサョリはいまにも泣き出しそうに瞳に涙を溜めた。


『私はいいんです。子が巣立つのは喜ばしいことですから。でも、一度くらいサトルを抱きしめてやってもいいと、私は思います』

「……でも、だって、あたしはもう、」


 ああもう、とサョリの両肩を掴んで、ベスはもう一度大声で言った。


『誰も二度とここの敷居をまたぐななんて言ってないでしょうが! 言われてないことまでやらかして、私におしり叩かれてたフウコはどこへ行ったのです!』


 ゆっくりと顔をあげ、迷子のように瞳を滲ませて。


「いいの? また、ここに来ても」

『サトルがいいと言えば、です。丸投げするみたいですが、私のあなたに対する思いはすでに告げました。だからそれ以上言えません』


 ずるいよ、と苦笑するその表情は、サトルとそっくりで。

 こんな時、人間なら思いっきり泣いたりするのだろうな、とベスはぼんやり思った。

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