第19話 よろしくね
「だってさ、あたしがユヱネスのまま旦那様の子供を身ごもったとするじゃない? で、その子には無事欠損が解消されてました。めでたしめでたし、じゃないでしょ?」
『どういうことです?』
「だって、ユヱネスのメスって、あたしひとりだったのよ?」
あ、と全員が気付く。
「ね。そりゃ、こんなことになるならサトルに妹ぐらい、って考えたこともあったけど、その子からしたら病気を治すためだけに生まれた、なんて知ったらショックも深いだろうしさ。
だから、あたしひとりで解決できる問題じゃないの。あたしひとりで解決するなら結局、新しい欠損が出来るだろうし、そうなったときどうやって解決するのよ」
ベスさえも唸った。
「それに、一度ユヱネスの血が入ったのなら、それはもう純粋なサヴロスとは呼べぬだろう。伝え聞く限り、歴代の研究者たちもそれを考慮していままで踏み切れなかったのだ」
サングィスが続ける。
「ならば、ここまで延命してもらったことに感謝しつつ、問題を解決できる、僅かばかりの可能性を未来へ託し、いまは血を絶やさぬほうがよいと我らは考えたのだ」
ふう、と息を吐いたのはベス。
『わかりました。ではおふたりに質問です』
「ひゃいっ」
ベスのにこやかな瞳の奥にある憤怒を感じ取り、サョリは背筋を伸ばす。
『そういう危険な方々がいるお城に、ユヱネス最後のひとりであるサトルを連れていくことに、なんの躊躇も無かったのですか?』
「だ、だだだって、ああでもしなきゃサトル諦めないし、警護ならあたしがやるし、連中は地下に引きこもってるし、大丈夫かなって」
「我もそう思ったからこそサトルの同伴を認めたのだ」
サョリたちの反論にゆっくりと頷き、ベスはこう切り返す。
『ではもうひとつ質問です。あのとき、サングィスさまと同じ部屋にいたタリア姫は現在どこにいらっしゃいますか?』
「そういう言い方ずるい!」
『だまらっしゃい。私が聞いた話では、突如爆発が起こり、そこから避難したタリア姫とスズカさんが襲われ、そして攫われた。これがあらましですが、訂正することはありますか?』
サングィスとスズカに視線をやるベス。ふたりはそれぞれ首を振り、ベスは頷き返した。
『そもそもそこが問題なのです。サヴロス最強であるサングィスさまがいらっしゃる部屋です。当然警備も厳しいでしょう。そんな中に何者かが近づいて爆発を起こすなんて、通常はあり得ません』
だが、とスズカが手を上げる。
「あの場に居たのは私とお嬢とサングィスとサングィスの母親だけ。サングィスは書類を片付けていたし、サングィスの母親はそれを監視。お嬢は銃の手入れを。私はお嬢の影に入って護衛をしていた。不審な者など、ひとりも……」
何かに気付いたようにスズカは語尾を弱める。
「まさか、サングィスの母親が操られていた?」
こくりと頷くベス。
『そう考えるのが妥当でしょう。あの方々は地球人ですから火薬を使った可能性も考慮しましたが、爆発を起こすまでの火薬なら、サングィスさまたちがにおいに気付かないはずがありません。
……もっとも、サヴロスの方々に気付かれない火薬を方々が開発していたとしたら、根底から崩れる想定ではありますが』
苦笑しつつ肩をすくめ、ベスはサョリを見やる。
「確かに、あたしたちがお城に戻った時のお義母さまは、ずいぶん苦しそうになさっていたわ。ベスの仮定が正しければ、お義母さまはそれに抗っていらしたのでしょうね」
瞳を伏せつつ言うサョリの頭を、ベスは容赦なく
『でしょうね、じゃないでしょうが! そこまで苦しそうになさっているならどんな手段をもってしても休ませるべきでしょう! ほんとにあなたたち人類は休めと言っても休まないし、自分の限界を甘く見過ぎるし!』
「だってぇ」
『だってじゃありません! 王太后陛下はあなたのお義母さまでしょう! あなたのいう心配とはその程度のものなのですか!』
うぅ、と涙目になるサョリに、ふぅ、と息を吐いて。
『言い過ぎました。ごめんなさい』
ですが、と一拍置いて。
『あなたはお嫁に行った身。子供からなにから全てを捨てて自分の幸せを優先させた
「ベス殿、そういう言い方は」
『わたくしはこれから先、サトルとタリアさんの保護だけを目的としてあなたに接します。先ほど言ったあなたへの稽古も付けません。……さようなら。私のさいごの娘、ナリヤ・フウコ』
息をのみ、次の瞬間には王后としての表情に切り替わる。
「わかりました。タリア妃殿下はこちらの不手際で災難に遭われています。当方も協力は惜しみませんから、なんでもおっしゃってください」
はい、とこたえたベスの表情は、静かだった。
* * *
その後、サングィスとスズカの間で個人間での協力の約定が交わされ、ベスは作戦擁立のために情報を集めたいからと言って場は解散された。
サングィスはサョリを連れて用意された部屋へ、スズカはそのふたつ隣の部屋へそれぞれ向かい、ひとり残ったトルアは食堂で考え事をしていた。
『あらあら。お茶のおかわりはいかがですか?』
割烹着姿のベスが、トルアの正面に回って急須から茶を注ぐ。
「ああ、申し訳ない。すぐ出ますから」
『ゆっくりしていってくださいね。お客さんなんてこの十年来てないんですから』
そうか、と苦笑しつつトルアは茶をひと口。
「あのふたり、昔からああなのですか?」
『あのベスと、フウコのことなら、心配はいりませんよ』
「いや、心配というか」
『あのベスは、いちばんフウコに近しい場所にいましたから、言いたいことは山ほどあるのでしょうけど』
言いながら三角巾を外して対面に座り、一緒に持ってきた湯飲みに茶を注ぐ。
『トルアさん、あの子の近衞をやってくださって本当にありがとう』
「い、いえ。任務ですから」
『あの子はほんとにきかん坊で、いつも手を焼いていましたから。苦労なさっただろうなって』
思い当たる節があるのか、あはは、と苦笑するトルア。
『でもあの子が、ユヱネスとしての全てを捨てた本心は別にあるんだろうと思います』
「……はい。私もそれは感じています」
『なら、きっと最期まで言わないのでしょう。……それだけが、すごく残念です』
なにも言えず、茶をひと口。せめて別の話題を、とトルアは切り出す。
「このままならいずれ我らも滅びます。だから、教えてください。ユヱネスがどのようにしてサトルさまひとりになってしまったのかを」
『なんです急に。……私だって少しは責任を感じているんですよ?』
「あ、こ、これは、浅薄でした。ご無礼を」
慌てるトルアに、娘の面影を感じてベスは小さく笑う。
「ですが、ずっと疑問だったのです。私にも健在な祖父母や曾祖母がいるのに、フウコさんにはいない。そもそも、サトルさまの父親のことだって、私は聞いたことがありません」
不安げに話すトルアに、こほん、と咳払いしてベスは言う。
『仕方ありませんね。私は料理担当ですが、できるだけがんばってみます』
はい、と神妙に頷いた。
「しかし、お前たちはこんなものを悦んで食べるのか。変わってるな」
その日の夕食は穀物と野菜と肉類の、ペースト。
それぞれ白、緑、茶色と色づけされているが、容器は薄いトレーに四角く区切った穴に入れられて、一切食欲が湧かなかった。
「ベスはちゃんとした料理を作ってくれてるよ」
タリアの言葉にも、食事にも不満を隠さずサトルはスプーンで肉類のペーストをすくい、口へ。鼻腔をかすめた香りも味も、鶏の唐揚げのような感覚だった。味付けがちゃんとしているなら形もちゃんとして欲しい。
「ならなんで、こんな状態のが出てくるんだ」
「多分、ちゃんとした家畜がいないんだと思う。培養すれば手間はかかるけど土地とか飼料は抑えられるから、そっちを選んだんだよ、きっと」
変わってるな、と首をかしげつつタリアも穀物のペーストを口にする。表情からしてあまり美味しくは感じてなさそうだ。
「ここから出るために、仕方なく食べるんだからな」
「ぼくだってそうだよ」
そうか、と笑い、タリアはトレーを持ち上げて豪快にかき込む。行儀悪いなぁと眉を寄せつつサトルはひとさじずつ食べていく。
ぺし、と情けない音を立ててタリアはトレーを置き、口の中に残ったペーストをごくんと呑み込む。
「ここには、あのえーあいとかいう存在はいないみたいだが、どうするんだ?」
「えーあい、ってベスのこと? だとしたら、いるけどいないと思う」
「なんだそれは」
「ベスは船の管理だけじゃなくって、ぼくたちの世話も直接してくれてる。でもここの施設のAIは、管理だけをやって、人格とかは消されてるのか表に出ないように設定してるんだと思う」
「そういうことか。だったら、呼び起こせば出てくるんじゃないのか?」
ふるふると首を振って、
「ぼくにはここの設定をいじる権限がないから、できないよ」
渋面を作って唸るタリア。
「案外面倒なんだな、機械を使うのは」
「そりゃそうだよ。どんな道具でも使い方次第でひとを殺すことだって出来るんだから」
「……この匙でもか?」
「ぼくには想像できないけど、追い詰められれば、やるひとはやるんじゃないかな」
そうか、と手にしたスプーンをじっと見る。
「でもさ、不思議なのはタリアだよ」
いきなり話題が自分に向けられて、握っていたスプーンをなぜか落としそうになる。
「わ、私が?」
「うん。なんでタリアは法術を使って壁を壊したりしないのかなって。あのマスケット銃がなくっても、それぐらいは出来るんでしょ?」
サトルの純粋な疑問に、タリアは自虐的に笑う。
「できないさ。あの銃は銃身に込めた法術を、私の些細な術力を使って放出しているだけ。わたし自身が出来る法術なんて、そよ風を起こすぐらいでしかないんだ」
なんで、とサトルは目を丸くする。
「私たちシルウェスは混血種だ。だからユヱネスとの混血にも躊躇がなかった。でもユヱネスの中に法術を使える者は圧倒的に少なかった。結果、王族の私ですら、この有様だよ。弾丸に込める法術は、アウィスの血が濃い者に頼んでやってもらったんだ」
へえ、とタリアをまじまじと見る。
瞳以外はユヱネスに近しい外見の彼女だが、内からにじみ出る雰囲気は龍種に共通する覇気のようなものを初対面の頃から感じていた。
それは彼らが法術を使うために不可欠なものだと、闘技場へ闘士として登録した頃にベスから教えられていたから余計に不思議だった。
「なんだ。そんな風に見つめられたら困るじゃないか」
あ、ごめん、と返し、
「そっか。じゃあ、ぼくががんばらないと、だね」
「できるのか」
がたん、と椅子を蹴って立ち上がり、ずい、と詰め寄る。
「わからないよ。ぼくだってベスがいたから道具を作ったりできたんだし、いまは法術ギアも刀もないんだから」
そうか、と座り直して食事と一緒に運ばれてきた水を飲む。
「わ、私に手伝えることがあったら、遠慮無く言ってくれ。足手まといには、なりたくないんだ」
「うん。だから、ふたりで一緒に出よう。ベスもきっと動いてくれてるから、それほど苦労はしない。絶対に」
ほっとしたように頷く。
その頃にようやく食べ終えたサトルは備え付けのティッシュで口元を拭いて、タリアを見る。
「よろしくね。タリア」
「ああ。よろしく」
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