魔弾は7つ

空殻

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魔弾は全部で7つ。

最初の6つは、撃った者の望むところへ。

最後の1つは、悪魔の望むところへ。

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青年クロバは既に、6発の魔弾を消費していた。


最初の1発は2年前、霧に包まれた夜の大都市で撃った。

その当時、殺人鬼の存在が人々を恐怖に陥れていた。

殺人鬼は夜な夜な無差別に人を殺しまわっていた。

夜明けと共に路地裏に死体が転がっているのを住人が見つける、そんな日々が続いていた。

クロバはその都市を訪れ、夜更けに一人、薄暗い細道を歩いた。

たった一晩。だがその夜にクロバは殺人鬼に出会った。

血走った目をぎらつかせながらナイフを振り上げた彼に向けて、魔弾を撃った。

狙いをろくにつけずに撃ったにもかかわらず、魔弾は、正確に殺人鬼の脳天を穿った。


2発目はそれからほどなくして、深い森の奥で撃った。

その森には巨大な人食い熊が棲んでおり、既に近隣の村の住民達が十人以上食われていた。

猟師が熊狩りを行ったが、熊の毛皮と筋肉は弾丸を跳ね返し、猟師は返り討ちに逢って食われてしまったという。

クロバはそんな森にただ一人入っていき、森の奥で熊を探した。

捜索を始めて数時間、クロバの前に人食い熊が現れた。

彼に向かって駆けてくる熊に向かって、クロバは魔弾を撃った。

魔弾は人食い熊の右眼を貫き、頭蓋を突き抜けていった。

熊は大きく咆哮し、息絶えた。


3発目では小さな領地を治める貴族を撃った。

貴族は自身の領地の農民に対して重税を課し、多くの民が飢えていた。

反乱を起こした農民に対しては、一家まとめて処刑したという。

その貴族が鷹狩りに出かけたとき、近くの木陰に隠れていたクロバは、貴族に向けて銃を撃った。

密集した枝を掻い潜って、魔弾は貴族の心臓を捉えた。


4発目は吸血鬼を撃った。

月がひときわ明るい夜だった。

暗い山道で、クロバは吸血鬼に出会った。

口元には、月光を受けて真っ白に輝く牙が覗いていた。

獣のような唸り声を上げて、吸血鬼はクロバに襲い掛かった。

彼は魔弾を撃った。

魔弾は吸血鬼の心臓を破壊した。


5発目は少女を救うために撃った。

小さな町で、一人の少女が絞首刑になろうとしていた。

怨霊が憑いた疑いで、断罪されようとしていたのだ。

彼女は自らが吊るされる縄を前にして、哀れに泣き叫んでいた。

町人たちの罵声を浴びながら、少女は吊るされた。

群衆の中から、クロバは魔弾を撃った。

魔弾は正確に縄を断ち、少女は落下する。

その場に居合わせた人々が騒然とする中、クロバは少女を抱きかかえ、その町から逃げ出した。


6発目はその少女を撃った。

町から逃げ出して数日後、別の町で身を隠していたクロバと少女。

小さな宿屋の一室で、少女はうわごとのように何度も許しを乞う言葉を繰り返し、その後に意識を失った。

数分後、少女は突如として耳をつんざくような奇声を上げ、それから笑い出した。

その笑いは怨霊のものに相違なく、クロバは彼女が本当に憑かれていたと知った。

憑かれた者はもう二度と、本来の人格に戻らない。

だから、クロバは彼女を撃った。

魔弾を撃たれた少女は、怨霊の断末魔を長々と響かせ、絶命した。

クロバの腕の中で、その死に顔は安らかに微笑んでいた。

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魔弾は全部で7つ。

最初の6つは、撃った者の望むところへ。

最後の1つは、悪魔の望むところへ。



クロバの手の中で、魔弾の込められた銃は、最後の1発分を残している。

この魔弾は、放たれれば必ず悲劇を生み出す。

魔弾の悪魔は、その悲劇が見たいのだ。


……まだだ。まだ撃ってはいけない。


クロバは魔弾を残したまま、旅を続けた。

遠からず、この魔弾を撃たなければならない場面が訪れると予期しながら。

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それから数か月。

クロバの目の前に、今、吸血鬼が立っている。


その吸血鬼は少女の姿をしており、粗末な白い服を着ていた。

服と口元は、既に赤々とした血に染まっている。

その吸血鬼が襲ったのは小さな村。

村人は既に、彼女によって全員殺されていた。



クロバの脳裏に、数年前の光景が思い出される。

故郷の村の光景。

あの日もちょうどこんな風に、吸血鬼によって全滅した。

故郷で生き残ったのは2人だけ。

クロバと、妹のシロクサ。


そしてシロクサは今、彼の目の前に、吸血鬼として立っている。


クロバは銃を構えた。目の前の、吸血鬼と化した妹に向けて。

悪魔の笑い声が聞こえる気がする。

魔弾の最後の1発で、吸血鬼になった妹を撃つ。

間違いなく悲劇、悪魔の望む結末だ。

でも、それでいい。

この悲劇は、クロバ自身が望む結末なのだから。


魔弾の最後の1発は、妹を確かに撃ち抜いた。

悪魔と、クロバ自身の望む通りに。

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こうして、クロバは7発の魔弾を使い切った。


目的は果たした。

吸血鬼になった妹を殺し。

村を滅ぼした吸血鬼を殺し。

残りの弾も、彼がそうすべきと思った場面で撃つことができた。


惜しいのはただ一つ。

彼にはもう、自分を殺すための弾丸が無い。

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