エピローグ:妹の彼女達が俺を狙っていた(前編)

【数ヶ月後】


 どうして、こんな事になったんだろうか。

 俺は兄として、大切な妹の夢を応援していた……ただ、それだけなのに。


「……お兄さ~ん?」


「ひっ!?」


 俺を呼ぶ、彼女の声が聞こえてくる。

 俺は自分の居場所がバレないよう、両手で口を押さえて……息を潜める。


「どこですかぁ~? うふふっ……どうして逃げるんでしょうねぇ?」


 ギシッギシッと、階段を上がってくる音が聞こえてくる。

 そしてその数はいつの間にか……もう一つ増えていた。


「いい加減にしろよ、兄貴! 見つけたら、キスだけじゃ済まさねぇからな!」


 ガシャーンッと花瓶の割れる音と共に、また別の少女の声が聞こえてくる。

 この様子からして、相当に怒っているみたいだ。


「ダメでしょ。そんな風に驚かせちゃ、お兄さんが可哀想よ」


「……でもよぉ、何も逃げる事ねぇだろ? アタシらはこんなに……兄貴の事を愛しているってのいうのに」


「恥ずかしがっているんですよねぇ、お兄さん。くすくす……そんなところも、可愛いんですけれど」


 話し声は近い。恐らく、俺がいる部屋の前まで迫っている。

 だが、ここに隠れていればきっとバレない筈だ。

 伊達に二十年近くも、この家に住んでいるわけでは――


「くんくんっ……ふわぁっ、こっちからお兄様の匂いがしますわ」


「!?」


 ドクンッと心臓が脈打つ。

 今の声は……3人目。マズイ、と思った時には……すでに手遅れだった。


「あら、本当? この部屋には、いないと思っていたのに」


「間違いありませんの。お兄様の匂いを、嗅ぎ間違えるわけがありませんわ。んぅ……、なんて濃い匂いかしら。頭がクラクラしちゃいますの」


 ギィッと部屋の扉が開かれる音が聞こえる。

 そして、ペタペタペタペタペタと、3人の足音が俺の隠れているクローゼットの目の前まで近付いてきた。


「~~~~~っ」


 ガタガタガタガタと震えながら、俺は必死に祈る。

 頼む。気づかないでくれ。このまま、どこかへ行ってくれ。

 しかし、そんな俺の祈りも虚しく――


「……あっ」


 ゆっくりと、スローモーションのように開かれていくクローゼット。

 暗い空間にわずかに差し込む光。

 しかし、俺の目の前に映るのは――その隙間からギョロリと除く3つの瞳だ。


「「「ここかなぁ~?」」」


「あ、ぁぁっ……」


 脳裏に浮かぶ走馬灯。駆け巡るのは、最愛の妹と過ごしてきた楽しい日々。

 ああ、妹よ。お前の彼女達に狙われて、誘惑されて。

 これまでずっと耐え忍んできたんだが……


「「「みぃ~つけた♪」」」


「うわああああああああああああっ!」


 すまん、兄はもうダメかもしれない。


「はい、ストップだよ」


「これ以上は見過ごせませんね」


 俺を捕まえようと伸びてきた三本の手が、背後からの呼びかけでピタリと止まる。

 この声は、間違いなく……!


「げぇっ!? きららっ!?」


「マドカさんまで!?」


「どうしてここにいますの!? 買い物に行った筈では!?」


 突然現れたきららとマドカに、面食らった様子で慌てふためく、ひかり、しのぶ、カレンの3人。

 一方のきららとマドカは、心底呆れた様子で首を横に振っていた。


「何か嫌な予感がして、早めに戻ってきたんですよ」


「もう、みんなで何やってるの? 今日は大事な日だっていうのに」


「「「うっ!?」」」


「きららぁ……た、助けて……! 今回ばかりは、マジで危なかった! お前の顔を思い浮かべながら、死を覚悟したんだ……!」


 俺は腰を抜かしながら、四つん這いでクローゼットから出ていく。

 もしも、きらら達が戻ってくるのが後一時間遅かったら、今頃俺は脱童貞からの乱交パーティと洒落込んでいたに違いなかった。


「おー、よしよし。お兄ちゃん、よく頑張りましたー」


 無事に保護された俺は、きららに慰めて貰う。

 ああ、こうしてきららに甘やかされるのは……すごく、イイ。


「皆さん。あれほど、私に抜け駆けメイドなどと言っておきながら……!」


「だ、だってぇ! もう待ちきれなかったのよぉ!」


「毎日、どんどん格好良くなっていく兄貴が悪いっ!」


「お兄様が、さっきカレンを褒めてくれましたの。頭を撫でてくださいましたの! これはもうセックスしてもいいという合図ですわ!」


 マドカに責められても、開き直る暴走3人娘。

 こういうやり取りも、もはや何度目だろうか。


「まだお兄ちゃんとは付き合ってないんだよ? 今は私の彼女なんだから、ムラムラしたら私とエッチする約束でしょ?」


「そうです。今の大和君とセックスをしたら、全て台無しですよ」


「「「ごめんなさい」」」


 しゅんと項垂れて、反省の意思を示す3人。

 きららの言うように彼女達は、まだきららの作った美少女ハーレムのメンバーであり、俺のハーレムではない。

 だからもしも今俺と関係を持てば、あの時の約束を破る事になっていた。


「この前、お兄さんがうちの両親と話し合ってくれたでしょ? その時のお兄さんがあまりもイケメン過ぎたから」


 ひかりの両親か。確かに彼らは問題で、きららの事なんか眼中に無く、幼い息子の方ばかりを気にしている様子だった。

 だから俺は啖呵を切り、アナタ達の代わりに俺がひかりを幸せにすると宣言した。

 そのやり取りに思うところがあったのか、ひかりの両親は俺の話を聞いてくれて、最終的にはひかりへの育児放棄を認め、改めるようになってくれたのだ。


「それを言うなら、うちの親もなんとかしてくれたしね。母さんがまともに戻ったのは、兄貴のお陰だよ」


 しのぶの親。父親は無気力で、母親は精神が崩壊していた。

 だから何度も2人の元へと通い、まずは精神を快復させる手伝いを続けてきた。

 そうした努力が実ったのか、ある日突然しのぶの母親が泣き出し、しのぶに謝罪を口にした。それを見た父親も同じように、泣きながらしのぶに今までの事を謝った。

 そしてその後に、娘の事をよろしく頼むと言ってもらえて、ハーレムに関しても認めて貰えたのだった。


「あら、一番大変だったのはお父様の攻略でしてよ。危うく、お兄様は海の藻屑になるところだったんですもの」


 カレンのお父さん。クラウディウス家の当主を説得するのは、本当に大変だった。

 娘を幸せに出来るかどうかを試すと言われ、俺はまず度胸を試す為に、高層ビルと高層ビルの間に掛けられた一本の鉄骨を渡れと言われた。

 それを成し遂げた後、今度は特殊なカードを使った勝負に巻き込まれ。

 なんだかんだ敗北し、怪しげな地下に幽閉され、強制労働させられる羽目になったのだが……なんとか起死回生を果たして脱出。

 そこから、絶望の船とか呼ばれるギャンブル会場内蔵の船で色々あり、最終的には誠意を示す為に真冬の雪山で、身を凍てつかせる氷の上で冷やし土下座を敢行した。

 それによってようやく、カレンのお父さんは俺を男として認めてくれた。


「確かに。あの旦那様が、時期当主は大和君しかいないと太鼓判を押すほどに、気に入っていらっしゃいましたからね」


「玉の輿だねぇ、お兄ちゃん」


「俺にとっちゃ、金なんかよりもカレンを貰える方が嬉しいけどな」


「はぅっ!?」


「兄貴、そーいうところだぞ。ペナルティキス、覚悟しとけよ」


「なんで!?」


 あの日。俺が彼女達に告白し、時間を貰ってから。

 こういうやり取りを何度繰り返してきただろうか。


「って、いっけなーい! もうあんまり時間が無いよ!?」


「いけませんね。すぐにご馳走を作らないと」


「たくっ、ひかり達が邪魔するから料理の下準備を進められたかったんだぞ?」


「だってー、料理をしているお兄さんがカッコいいんですもーん」


「だってー、真剣な兄貴の表情がいけないんだもーん」


「だってー、汗を拭うお兄様がエロいのが悪いんですもーん」


「だってー、じゃなーい。もーん、じゃなーい」


「「わかりみ」」


「分かってる場合でもなーい。ほら、みんなも手伝ってくれ」


「「「「「はーい!!」」」」」


 今日は大切な日。

 というのも、長らく仕事で家を空けていた俺ときららの両親……父さんと母さんが戻ってくる日なんだ。


「ああ! 今から楽しみだわ! お兄さん達の両親の説得さえ終われば! 晴れて正式にお兄さんと付き合えるのよ!」


「早ければ今夜にでも、兄貴とのキス解禁だな」


「孕ませセックスもヤり放題ですの」


「お嬢様とするのは、諸々でヤバイので。そこはまだ数年お待ち頂かないと」


「あはっ! お兄ちゃんがこんなハーレム作ったなんて知ったら、お父さんとお母さん、びっくりするだろうなー」


「……びっくりしすぎて、死なないといいが」


 すでに、俺の大切な恋人を紹介したいとは先に電話で伝えてある。

 それが合計5人で、そこに妹のきららが含まれている事はまだ話していないが。


「というか、変な事を言うのは禁止だぞ。心証を悪くしたら、全てがパーなんだからな」


 改めて釘を差したタイミングで、ちょうど玄関のインターホンが鳴る。

 どうやら、約束の時間よりも早めに両親が帰ってきたようだ。


「やばいやばいやばーい! 何も準備出来てないよー!」


「みんな急げー!」


 ドタバタと全員大慌て。

 きっと今頃、父さんも母さんも、不思議に思っているに違いない。

 

「料理は後回しだ! ひとまず全員で、お出迎えだ!」


 みんなで揃って、玄関へと向かう。

 この後、玄関を開いた両親が、俺の彼女のあまりの人数に仰天し、さらにはきららと恋仲になった事に大ショックを受ける事になる。

 しかし口の上手いひかりに上手く言いくるめられ、カレンの家の資産を知り、しのぶの歌声に感激して咽び泣き、マドカの料理に舌鼓を打った後。


「……父さん、母さん。俺はきららが好きだ。それに負けないくらい、ここにいる女の子達を全員愛しているんだ」


「だからお願いします。私達の関係を認めてください」


「「「「「お願いします!!」」」」」


「……やれやれ。こんな状況じゃ、駄目だと言えないな、母さん」


「ええ、そうね。ずっと家を空けているような私達に、止める権利は無いもの」


 俺ときららが真剣な想いを訴えると、2人はようやく首を縦に振ってくれた。

 そして、それから――時が経ち。

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