4-105 囚われの氷晶姫
ガロアンディアンの公式声明に曰く。
『現在起きている騒動は、秩序を乱す犯罪組織や過激派、錯乱した暴漢らによる暴動でしかない。既に治安維持部隊が鎮圧の為に動いており、早期の事態終結を図るべく尽力している』――内乱や諸国入り乱れての戦争、第五階層を巡る覇権争いでは断じて無いと言う態度を内外に示した。
とはいえ、それは所詮第五階層に乱立している一勢力の主張に過ぎない。ガロアンディアンが敗北すれば『公式』を掲げる権利は別勢力が手にするだろう。
それでも、トリシューラ率いるガロアンディアンは孤立無援というわけではない。各勢力に改変されたことで地形すら変化しつつある第五階層の北側ブロックの大半を抑え、重要な『港』、『上』や『下』と繋がる『門』や『階段』を守る事に成功している。
加えて六王のうちアルトとカーティスはガロアンディアン側に付くことを公言しており、パーンも積極的な協力とまではいかずとも当分は傍観者でいることを宣言している。
逆にガロアンディアンとの対立姿勢を強めているのが、第五階層南西部に陣取ったラフディと、南東部のカシュラム人勢力である。
だが、魔教と呼ばれる狂信者集団が本拠を構える一帯は三報会やモロレクといった犯罪組織が跋扈する無法地帯である。トリシューラ政権下時代、周囲への影響を恐れて治安の正常化に踏み切れなかった剥き出しの暗黒街。
所在を明らかにして国境線を引いたのは以上の三勢力に加えてもう一つ。
階層中央に聳え立つ『公社』のビルディング。
有り触れた長方形は、その姿を変貌させていた。
【コキュートス】がゲームという形式に落とし込んでしまったこの『戦争』は、決められたルールに則ったものであるため『無法』とは受け取られない。
ゆえに、第五階層の物質創造能力はルールに従って戦う限り剥奪されず、各勢力は分割された掌握者権限を駆使して速やかに『建国』を開始すると、築城や軍備増強を開始した。
【眠れる三頭】の頭首、白眉のイアテムは第五階層の掌握者権限に対しての造詣が深いセージに命じて自らに相応しい居城を造らせた。
それは塔だった。
ビルを覆うようにして、生々しい肉と皮膚が巨塔を構成している。
先端は丸く膨らみ、全体的に反り返ってあちこちに青い血管が浮き上がっているような模様があった。一階部分には二つの球体が並び、入り口に入ろうとする者を威圧する。イアテムはその出来映えを見ると、感嘆の溜息を吐いた。
「素晴らしい、これぞ【男根城ファルス】!」
直視することが躊躇われるこの城は、外部からの邪視的干渉をはね除ける巨大な結界でもある。左右の球体内部は儀式の為の空間であり、豊穣の呪力に満たされた液体の中から次々とイアテムが生産され続けていた。
イアテムは意気揚々と拠点の中へと入る。すると心身を酷使して疲労困憊の極みといった様子のセージが出迎えた。
「まだ屈伏していないのか」
「かなり呪的抵抗が強くて、中々脳髄洗いを実行することができません」
「ふん、まあ良い。それ以外は順調なのだ。どうせ陥落するのは時間の問題よ。奴が堕ちていく様をじっくりと見物してやろうではないか」
イアテムはセージを引き連れて城の奥へと向かう。
青と黒を基調とした内装はどこか深海のようで不安をかき立てる。
しかし、二人にとってはそれこそが落ち着ける色彩であった。
時折通路に泡のようなものが浮かび、弾けて消える。
更には、得体の知れない魚類や海蛇、クラゲなどが空中を漂っては通り過ぎていく。アストラル界を認識する為の視界があれば、そこが呪術的な意味で海中に没していることに気が付くだろう。
この城の中は異界なのだ。
海の民がその全力を発揮できる海中――この空間であれば、たとえ六王を相手にしても遅れは取らない。
「じきに周辺地形の改変も完了するだろう。そうなれば海での戦いを知らぬ者たちは我ら相手に為す術もなく敗北するのみ」
不敵に笑うイアテム。
やがて白髪の男は場内の最深部に辿り着いた。
半地下となった広大な空間に入ると、まず目に入るのは宙に浮かぶ巨大な菱形である。透き通った氷の結晶――その内部で、一人の女性が眠りについている。
「【聖婚】の準備が終わるまで手が出せんとは、中々歯痒いものがあるな」
イアテムは舐め回すように氷漬けの魔女を見た。
コルセスカは左目を閉じ、深い眠りについている。
氷晶の上では青い髪の球体関節人形が浮遊して掌から無数の糸を伸ばしているが、氷に阻まれて届かない。
氷の封印は、コルセスカが自らに施したものだった。
ラクルラールの融血呪による干渉を完全に遮断するために自分自身の存在そのものを完全に停止させて外部から孤立させたのである。
「そろそろ諦めたらどうだ、【
イアテムは南東海諸島から取り寄せた酒を用意させるとその場で呑み始めた。豪快さを誇示するように背を反らして喉を鳴らす。このような振る舞いこそが南東海の戦士らしさであり、イアテムは周囲からどう見られるかということに敏感だった。名誉こそが戦士としての彼を生かしているからだ。
「それよりも、我としてはそちらの男にその髪の毛を伸ばして欲しいのだが」
イアテムは視線を横に動かした。
広間の隅で呻き声が上がる。
そこに一人の男が囚われていた。
後ろで括っていた黒髪は解けており、上半身は裸で全身が水に濡れている。
呪われた枷が動きを封じ、身体の至る所に火傷や打擲の痕跡があった。
更に左右に伸ばされた両の掌を杭が貫通している。杭もまた【静謐】の呪術を発動させる呪具であり、頼みの手刀はただのなまくらと化していた。
濡れそぼった髪が女性のような端整な顔に張り付き、肩胛骨の窪みに水滴を垂らす。低い唸り声と苦境にあってなお折れぬ刃のような眼光が彼の男性性を主張していた。それを愉悦に満ちた表情で観賞しながら、イアテムはゆっくりと酒瓶片手に近付いていく。
「いい顔だな、クレイ。いや、我が息子となるお前にはクラテムという名を授けよう。嬉しかろうが。どら、酒を酌み交わし、親子の仲を深めるとしよう」
イアテムはそう言って酒瓶を傾ける。
度の強いアルコールがクレイの頭頂部に注がれ、噎せ返るような臭いが辺りに立ちこめる。クレイは首を振って逃れようとするが、強引に顎を掴まれてそのまま口の中に瓶の口を突っ込まれた。
「父親の酒を嫌がるものではない」
言葉にならない絶叫が響いた。クレイはアルコールに耐性が無いのか、頬を紅潮させていき、次第に目の焦点まで合わなくなっていく。それでも相手への憎悪を絶やすことだけはなかった。
「殺す。貴様だけは、必ず殺してやる」
「偉大な父親に向けるべき言葉ではないな」
イアテムは水流を鞭のように操ってクレイの背や胸を強かに打ち据えた。
痕が残る程の打擲だったが、クレイは歯を食いしばって声を漏らすまいと耐える。だが、疲労のためか歯が噛み合わなくなり、最後には悲鳴を漏らすようになってしまう。残酷な拷問吏は終始満足そうな表情をしていた。
イアテムはクレイの反応をひとしきり楽しんだ後、酒瓶を放り出してラクルラールに声をかける。
「では、支配はお前に任せるぞラクルラール。我の融血呪は軍勢を率いての征服には向くが統治は苦手なのだ。息子を戦士として教育するのは教師であるお前の仕事――我は暫くの間、分身の製造に努める。六王どもとの戦いでかなりの数が減らされてしまったからな」
ラクルラールはカタカタと口を開閉させて答えた。
イアテムは分身の製造を行う為の儀式場へ向かおうとするが、その時セージが口を開く。
「あの、お師匠様。実は、侵入者が」
「殺せ」
「いえ、ですが、その、少し利用できそうっていうか、ガロアンディアン側の重要戦力だったので――」
「先に言え。連れてこい、洗脳する」
セージがぬいぐるみ型端末で連絡すると、【眠れる三頭】の後方支援担当の探索者たちが侵入者を連れて来る。
男たちは暴れる侵入者をどうにか抑え付けてその場に投げ出した。眼鏡をかけた少年が、束縛呪符をべたべたと貼り付けられて無力化されていた。
「セージさんっ、貴方の
「いや頼んでないし。ていうかファルくんだっけ? 君を捕獲したのわたしのトラップだし。ふつーにトリシューラは今度こそぶっ殺すよー?」
恋する相手を救うため単身突入して呆気なく捕縛された
「そ、そんなあ。でもレオさんとかカーインさんとかには――」
「なんでトリシューラや君がレオくんと同格だと思えるの? 脳腐ってるの?」
「でも、嫌々従ってるんじゃ――何か弱みを握られて」
「わたしも海の民だし、第五階層を自分たちの楽園にしたい。トライデントに味方すればわりと勝てそうだし。レオくんとこどもカーインはわたしたちが勝利した後で美少年ハーレムで囲ってあげればいいし」
「び、美少年ハーレム?! ぼ、僕もそれに入れてもらえますか?!」
「いや、ファルくんは魂が美少年の形をしてないから無理。生理的に」
「おごっ」
少年は奇声を上げて仰け反った。
全ての希望を断ち切られて絶望の底に沈んでいく。
イアテムは渋面を作った。
「これがあのクリミナトレスの末路か。というかもっとマシな人材は――まあ良い、これも人形に仕立て上げ、きぐるみの魔女にぶつけてくれよう」
イアテムは部下に命じて
少年はせめて言葉だけでも一矢報いようと攻撃的な呪文を紡いでいく。それらは呆気なくイアテムの分厚い面の皮に弾かれて霧散するが、
「許さないぞ、この外道! 突然現れて、ガロアンディアンを滅茶苦茶にしたお前に大義なんてあるものか!」
「ちょっと黙れし」
セージがイアテムに先んじて水流の鞭で打擲する。
だが、それでも少年は言葉を止めない。
「いいや黙るもんか。いいか、
「いきなり、何を」
「お前たちのような奴らが、あの方の理想を妨げているんだ。あの方の手を汚すことなく道を切り開くのが僕たちの役目。あの方の使い魔として、僕はお前たちを許すわけにはいかない!」
「だから、いきなり意味わかんないし」
困惑するセージの身体がゆっくりと傾いでいった。
ぱちぱちと瞬きしながら、「あれ」と声を出そうとして――吐血する。
「好きです、セージさん。だから、それ以上の醜態を晒す前に死んで下さい――腐った一族郎党を道連れにして」
口の端から血を流す少年の瞳が赤く輝き、束縛呪符が溢れ出した呪力によって弾け飛ぶ。夥しい量の呪文が拡散していくと、『家族』を『自らの一部』という認識をした者たちに呪詛を注ぎ込む。
「感染呪術は切り離した自己に働く遠隔作用――血族同士で繋がるお前たちの結束は武器であり同時に弱点だ。アストラル体ごと狂い死ね」
幻影の翼は少年の呪力の高まりに呼応して出現した鳥態の
「馬鹿な、こんな、呪力が、どこに――」
セージとイアテムが揃って崩れ落ちる。
眼鏡を拾った
「トライデントの第十八細胞【髪】――その第二位【
コルセスカが捕らえられた氷の上でカタカタと口を鳴らす小さな人形。
「本来なら勝ち目は無い――けど、【炎天使】を発動している今の僕なら十秒くらいは渡り合える。それだけ時間があればっ」
少年は二体の仮想使い魔を同時に顕現させた。
やや形が粗いが、角の生えた兎と毛が生えた亀。
自らも含めて三体がかりで飛翔し、別々に移動を開始する。
「コルセスカさんを起こして、『王国の剣』を解放することくらいはできる! そうすれば突破口は必ず開けるっ」
火の粉を残して突撃する少年、髪の毛を蠢かせて迎え撃つラクルラール。
両者が激突しようとしたその時だった。
「困るなあ、そういうことされると。今ここが陥落すると、勢力の均衡が崩れてしまうんだよね。僕としてはテスモポリス姫――っていうか冬の魔女にはしばらく眠っていて欲しいんだ」
どこまでも無邪気で純粋な、純白の声が響く。
そして、押し寄せる呪力圧に打ちのめされる。
「王を決める戦いなんて表向きの構図に過ぎないよね。本質的にはこの闘争は末妹選定の一部に過ぎない――重要なのはトライデントの【心臓】がいつ、どこで、どうやって生まれるか。その為の地母神、その為のハザーリャ。ねえ、そうなんでしょ? これは揺りかご造りなんだ」
狂王子ヴァージル・イルディアンサ。垂れ耳兎の少年が、雷によって構成された三頭犬の上に立ってゆっくりと登場した。
イアテムによって切断された左耳の付け根から半透明の尖った妖精耳が突きだしており、それを見た
イアテムやラクルラールに立ち向かい、恋い慕っていた相手を冷酷な瞳で殺そうとした少年が、歯の根が合わないほどに震え、情けなく失禁している。
ヴァージルは哀れなほどに怯える少年を一顧だにせず、腰のベルトから吊り下げていた本を取り出す。
「そもそも、クレイから【生存】を奪えなかったからといってやり方が雑なんだよ。しょうがないからちょっと助けてあげる」
ヴァージルは【健康】の断章を開くと、短く呪文を唱えた。
すると床に巨大な穴が出現し、そこから黒々とした瘴気が立ち上ってくる。
黒い靄に触れたイアテムとセージが瀕死の状態から持ち直し、息絶えたはずの探索者二人が甦る。濁った瞳は再生者となった証だった。
更に奈落のような穴から次々と亡者が這い出してくる。いずれも六王やトリシューラとの戦いで死んでいった【眠れる三頭】、【変異の三手】、そして『公社』の構成員たちだった。そればかりではない。多種多様な海の民たちが次々と馳せ参じ、イアテムの理想に賛同する。
生死の境目を彷徨ったセージはしばらくふらついていたが、現れた亡者たちの中に含まれていた三人を見て、ぱっと目を輝かせる。
「お父様! ローズマリー! アニス!」
恰幅の良い壮年の男、妖艶な姿態の女、硬質な佇まいの女――セージにとって最も近しい家族が再生者として復活していた。それも、自由意思が奪われた白骨の兵士としてではなく、意思を持った個人として。
再会を喜び合う四人を見ながら、イアテムが警戒の目でヴァージルを見る。
「何のつもりだ? 我らの助力を期待しているのなら――」
「いや、雑魚は要らない。僕、部下は少数精鋭で動きやすいのが好きなんだ」
イアテムが気色ばむが、その足は床に張り付いたまま動かない。高みにいる美少年は、下にいる者たちを対等な人間だと見なしていない。震えるイアテムに柔らかく笑いかけるヴァージルの声に感情は一切含まれていなかった。
「ラクルラールはともかくとして、あなたくらい六王なら誰でも殺せる。そうしないのはね、姫が捕まってるからじゃないよ。むしろ多少姫の存在が傷つけられるくらいなら望むところなんだ」
「な、何を」
「僕たちは姫に勝てない仕組みになっている。そして反逆者を裁く【王国の剣】は正常に機能すれば六王全てを駆逐するだろう。だからね、そのまま二人を適当に弱らせておいて欲しいんだ。僕は邪魔者を先に片付けておきたいから」
ヴァージルはちょこんと座り込むと、三頭犬の頭を順番に撫でていく。
彼によって復活させられた再生者たちは揃ってその周りで跪き、恭順の意を示していた。本来の頂点はイアテムの筈だが、亡者たちはその場で最も『格』が高いのが誰なのかを理解していた。
そう、ラクルラールですらヴァージルに手を出しあぐねている。
『使い魔』系呪術師の到達点である支配者は、強力な守護者無しに他系統の強者と向き合えば蹂躙されるしかない。ラクルラールは確かに第五階層有数の怪物ではあるが、この状況下ではヴァージルの気紛れ一つで消し炭にされる無害な玩具でしかないのだ。
それを正確に理解しているからこそヴァージルは絶対者として振る舞える。
同時に、彼は自らが個人として強いだけであることをよく理解していた。
「僕があなたたちにしてほしいのは、厄介なカーティスの排除だよ。六王の中で、あれとだけは本当に相性が悪いんだ。他の五人も多かれ少なかれ、互いに苦手な相手がいるけど――あれは数が多いせいで基本的にめんどくさいから、搦め手しかないんだよね。作戦はあるから、指示に従ってくれればいいよ」
むー、と頬を膨らませて不満そうな顔をする。
可愛らしい仕草にも関わらず、その瞳からは凄まじい殺意が溢れ出していた。
イアテムは硬直して動けない。
涎をどばどばと流していたセージがはっと我に返った。
「えっと、つまりヴァージル様はわたしたちを支援してくれるってこと?」
「違うよ。君たちが勝手に動くだけ。あとは他の勢力が潰し合った所を僕が叩けば終わり。ついでに僕らの王国の『未来』を育むための準備をしたいんだ。再生者とはいえ、停滞は劣化をもたらす――腐った劣等は要らないんだ。だからそのために、ラクルラールが必要だ。ねえ、あなたたちって、そういうシステムなんだよね? なら、僕に協力してくれるでしょう?」
球体関節人形は、口を鳴らして肯定する。
意味がわからないやり取りに目を白黒とさせるセージ。
ヴァージルは人形を見る目をすっと細めた。
「末妹選定の勝敗なんてどうでもいいけど、勝って欲しくない座はあるんだよね。一つは当然『邪視の座』。選定に敗れた冬の魔女の転生体である姫が存在できなくなっちゃうかもしれないでしょう? それともう一つは」
赤い閃光が
真っ赤な兎の瞳。邪視のような呪術の類は発動していないにも関わらず、眼鏡の少年は一瞬だけ確かに殺されていた。濃密な死を感じさせるほどのただの一瞥。真正面から相対しただけで、イアテムにしろ
「『呪文の座』――勝って欲しくないっていうかさ。あれ、潰したいな。欠片も残さず、あらゆる歴史軸から消去しておきたい」
夕飯の要望を口にするような軽さで発せられた言葉に、
「させるものか! お前は、ここで差し違えてでもっ」
「レミルス、黙らせて」
そこに立っていたのは
「
「その名で呼ばないでくれませんか、もう捨てたんで――っていうか、何でその名前を知ってるんですか。どこかで会いましたっけ?」
不思議そうに首を傾げられ、
「や、ほぼ初対面ですけど一応同じ陣営だったファルですよ!」
「ああ、なんかそんな感じの人がいたような?」
無感情に言いつつ、少年の手を固めて動きを封じる。
ヴァージルが笑顔を見せて言った。
「うん、ありがと。殺さないでね。それには利用価値がある。あと口も塞いでおいてくれる? ちょっと耳障り」
レミルスと呼ばれた虹犬は
「そういうわけで、あなたたちのことは見逃しておいてあげる。それに、姫にお母さんであってもらうためには、お父さん役が必要なんだ。できれば、僕をもう一度生み直して欲しい――ねえ、お父さんになってくれる?」
兎の少年はぴょんと飛び跳ねると、仮想使い魔の上からイアテムの目の前に降り立った。赤い瞳を輝かせて長身の男を下から覗き込む。
その時、イアテムは呼吸を忘れた。
ヴァージルは蕩けるように慕わしい態度で語りかける。
「出産には立ち会ってくれるでしょう? 幸せな家族ってそういうものだよね、お父さん、お父さん、お父さん、お父さん、僕の正しいお父さん?」
問いかける形式をとっているものの、それは拒絶を許さない命令だった。
ヴァージルは突然に身を離すと、そのままくるくると回り出す。
大量の亡者たちの間を縫うように踊り、赤い視線が恐怖を振りまいていった。
黒い魔導書が開き、内側から泥のように黒い呪文を溢れ出させていく。床に空いた巨大な穴から立ち上る瘴気は次第に濃密さを増していった。
「感染呪術でさ、家族を本人の切り離された一部として捉える術があるじゃない。三親等くらい捕捉できればまずまず使い物になる。九親等いけたら弟子にしてあげてもいいかなって感じだよね」
脈絡の無い話題。
それが険呑極まりない内容であったから、亡者たちは震え上がらずにはいられない。当然、この美少年はそうした呪いを自在に操れるのだろう。
だが、彼が『弟子にしても良い』と言ったラインは上級言語魔術師と呼ばれる世界有数の使い手でもなければ不可能な所業だ。
ではヴァージルという呪術師は、どこまでを可能とするというのか。
その答えは、直後に示され――誰も理解できなかった。
「それを突き詰めると、どこまで行くと思う?」
床の深淵から、大量の人体が持ち上げられてくる。
死者ではない。
呪文の縛鎖によって動きを封じられた生者たちだ。
両手に水掻きを持った種族と、クラゲのような頭部をした種族である。
「あれはゴィト族! それに赤島のクラゲ族か!」
イアテムはそこにいたのが海の民であったことに驚く。
が、助けようとはしない。ヴァージルに立ち向かうことが不可能であるからという以上に、それらの部族とは対立関係にあったからだ。彼らは親ガロアンディアン派であり、イアテムにとっては憎むべき裏切り者である。
その場の視線が囚われの種族に集まったことを確認して、ヴァージルは微笑みを浮かべ、黒い書物を手に浮かべながら、小声で呪文を詠唱した。
刹那、兎の背後に六つの水晶が出現し、消える。
「【
何も起きなかった。
イアテムたちは呆然と虚空を見つめていたが、ヴァージルが詠唱する声に気付いてそちらを向く。兎の少年は新たな仮想使い魔を構築していた。
呪文によって作り出された半透明の幻獣たち。
水掻きを持った幻獣と、クラゲに似た幻獣。
その場の誰も、見たことも聞いたことも無い幻獣たちだった。
「これ、どういう幻獣が知ってる?」
「い、いや、知らないが――セージ、調べろ」
「え? えっと、検索しても出てこないし。ヴァージル様のオリジナル?」
それを聞くと、ヴァージルはおかしそうにくすくすと笑い出した。
「うん、そうだよ。どんな資料にも出てこない、僕が作り出した下等な獣」
くるくると踊り、軽やかに跳躍し、重力の軛から解放されてふわりと浮き上がる。頭を下に、真っ逆さまに落下していく――その途中、ラクルラールと目があった。ヴァージルが停止する。
「利用価値がある限り、使ってあげるよ――家畜として、道具として、ね」
人形は、いつの間にか口を鳴らすことをしなくなっていた。
その代わり、閉じられた可動式の口が、ぎりぎりと軋む。
動かない顔の前で、ヴァージルが華やかな笑みを作った。
兎の少年は人形を抱き上げて床に着地すると、その白く小さな掌にラクルラールの足を乗せた。
「可愛いね、ラクルラール」
人形は、もう動かない。
ヴァージルの周囲に、無数の仮想使い魔が出現していく。
その幻獣たちの名を知る者は、どこにもいなかった。
「はいちゅうもーく」
コルセスカの浄界調整が終わった後、下界見物しながら三人でたこ焼きを食べていると、唐突にちびシューラが手を上げて言った。
「今回から、ちょっと【マレブランケ】の表記方法変更しようかなって。モブではないけど準主要キャラくらいの位置で、微妙な出番と印象だから覚えづらいと思うんだ。だから特徴をまとめてルビふることにしました。こんな感じ」
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
「ほー、番号とかあったのか。ていうかレスラーの浮きっぷりは何なんだ。いや、わかるけど」
「犬キャラ被ってめんどくさかったの。あとそれは暫定ナンバー。特に意味は無いよ。加入順もいい加減だし。全員揃うのいつになるのかわかんないし」
「ループごとに微妙にメンバー違ったりしますしね」
ぼそっとコルセスカが衝撃の事実を発表する。
ちびシューラが目を丸くした。
「え、嘘、それどこ情報なのセスカ」
「ブウテト情報です。ちなみに
「今回もそうなるのか?」
「ならない人の方が多そうですね。
次々に出て来る名前。結構驚きだった。そうか、公社の連中が配下に加わることも有り得たわけか。
「それ、修正きくんだよな?」
「大丈夫じゃないですか?
コルセスカの喩えは毎回わかりやすいんだかわかりにくいんだか分からん。
とりあえず、『むしろ分かりづらい』という苦情が出てこない事を祈るばかりだ。いや、実際どうなんだろうな?
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