金平糖の奥底に (2022.6.9)
リビングのドアを開けたら、照明の下で小さな箱を持って佇む少年がいた。
……注意、少年とは僕の嫁(旦那)であり、普通の男である。
「あ、おかえり」
「ただいま……それは何?」
荷物をそこら辺にほっぽって、少年の隣へと立つ。箱は透明で、中身は光を反射して微かに煌めく物体だった。
僕は知っている。これは昔僕がよく食べていたものだ。
「なーんだ、金平糖か」
「うん、職場の人からもらった……しーさん好きでしょ?」
「まあ、よく食べてたねぇ」
そんな会話をして、机の上に箱を置く。カラリ、と軽い音が鳴る。
でも何用で金平糖? と頭を傾げるが、そんなこと考えても意味ないので即やめた。
◇◆◇
それから食卓の中心には、花瓶のごとく金平糖が居座るようになった。
僕は気が向いたときに金平糖を食しているが、彼が金平糖に手をつけている姿は見ていない。そもそも金平糖がやってきた日以来、箱に手をかけていたところすら見ていない。
そのせいか、最初見たときから量に変化がないように思える。
引き出しにしまった疑問を思い出す。何用でこの金平糖?
昔に思考を移す。正確には、金平糖をよく食していた中三から高二時代を振り返ってみる。
「ぱぱーん、こんぺーと〜」
「今どき食べる人いるんだね……」
当時小腹がすいた時用に「お菓子ポーチ」を持ち歩いていた僕は、当然のごとくそのポーチに金平糖を入れていた。
別に大層な箱に入っていたものではない、ただのジップロックの袋に入れられたものだ。金平糖自体も他のお菓子や金平糖に揉まれて、砂糖がちょっと剥げて白っぽくなっていたり、袋の底の方に粉がたくさん溜まってたりした。
そもそも金平糖を好んでいたのは、その頃推していたキャラの好物だったからであって……という話は長くなるので割愛。
ジップロックを開けて、粒を一つ取り出す。口の中に放り込んで、咀嚼。この固さが良い。味はただただ砂糖だったり、ぶどうなどの味がついていたりする。ただただ砂糖の方は実はちょっと苦手なのだが、食べれるものなので食べている。
口の中が空になったら、また一粒放り込んで咀嚼する。
ここでふと自分が氷好きであることを思い出す。所謂偏食だ。あれ、もしかして金平糖を食べてるのは噛むためなのか……? とか思ったけど、氷はその冷たさも好きなのできっと違うだろう。多分。恐らく。
「僕にも一粒ちょーだい」
「いいよー、ほいさ」
一粒取って、彼の手のひらに乗せてやる。黄色い金平糖。当たり前だけれど、僕の手より彼の手の方が圧倒的に大きいので、僕の手のひらに乗った金平糖よりも、彼の手に乗った金平糖の方がちっぽけに見えた。
少年はその金平糖をほいっと口の中に入れた。ゴリゴリ噛み砕く音が聞こえる。案外こういう咀嚼音って漏れてるんだよなぁ……とかぼんやり考える。それから、僕も同じ色の金平糖を選んで口に入れた。
「うん、美味しいね」
「そやね」
そんな学校の帰り道が存在したはずだ。
別に金平糖のことを彼は嫌っていない。なんなら好みのお菓子であるはず。ならば手をつけないはずはないのに、なぜこいつは食べてないのか。
謎は深まる一方で、金平糖を食べる頻度は上がっていた。
◇◆◇
「そういえば、高校の定演、来週の水曜日だってさ」
高校の吹奏楽部の、宣伝アカウントのツイートを見せながら話す。このアカウントもあの頃と変わってないんだな……と思うと、少しだけ嬉しい気持ちになる。先輩から後輩へ、ちゃんと伝わってってるんだ。
「相変わらず平日なんだね」
「そやね。行けそうにないのが残念……」
スマホの画面を切って、邪魔にならなさそうなところに置く。そのまま机で横になって、キッチンに立つ少年をぼーっと眺める。うちの料理担当は大体少年なのだ。僕よりも圧倒的に家事力が高い。だから嫁なのだけれど……。この人は別に一人でも生活できるのだ。純粋に感心……なんて考えていると、今日の夕飯がやってきた。
体を起き上がらせ、皿を覗き込む。今日はカルボナーラのようだ。ついでにコンソメスープとサラダが付いている。うん、今日も美味しそう。
正面に少年が座ったところで手を合わせて頂き始める。厚切りベーコンが美味い。この塩っけがいいんよね。サラダはレタスがみずみずしい。今日買ってきたのかな。スープも野菜がたくさんで、思わず頬が緩む。
「本当に美味しそうに食べるよね、きみは」
「無自覚だけどねぇ」
フォークにパスタを巻きながら答える。ちなみに少年はスプーンとフォークで巻いて食べる人種だ。あの動きは僕には到底できない。
パスタを巻いたものにベーコンをぶっ刺して、口に運ぶ。咀嚼中、ふと金平糖と目が合った。
ほとんどピンク、ところどころに黄緑、緑、といういかにも春らしい色合いの金平糖たち。ほのかに光っている。葉の混じった桜みたいだ、なんて感想は割と序盤に抱き済みだ。
それから連想ゲームのごとく、あの疑問が蘇る。今は普通に聞けるチャンスだろうと判断して、口に出す。
「そういえばこの金平糖さ」
「あ、きみ食べてるよね。全部食べちゃっていいよー」
「あ、うん、食べきっとくよ……いやそうじゃなくて」
危うく流されそうだった自分をなんとか抑え、ちゃんと質問を投げる。
「この金平糖、誰から何用で貰ったん?」
投げられた質問に少し戸惑ったような反応。えぇっと、とちょっとの間悩んで、彼が言う。
「職場の女性から、早めのホワイトデーで……? なのかな」
女性、という単語に耳が反応する。
確かにバレンタインデーに「職場の人たちに持ってく」とチョコクッキーを大量生産しているところを見た。珍しいことをするもんだ、と感心した記憶がある。よっぽど今の職場が気に入ってるのだろう。
しかし、男女境目なく配るのはまあわかるが、まさか女子側からお返しが来るか。ふむ、と腕を組み考える。
こいつは職場で結婚指輪を付けてんのか? こいつちゃんと妻持ちだぞ、子どもはまだいないけど。
あとは勝手に脳が動く。知らない顔の女が少年に近づいている。しかも僕の知らないところで。うちの子が攫われる、なんてことはないと信じているけれど、それでも心は揺らぐ。僕の元から離れられる未来。チラつくと怖い。
「あ、浮気とかじゃないからね?」
「さすがにね」
普通の顔で答えるけど、イラつきが口調から出てないか少し心配になる。声でだいたいわかるよ、と過去に彼は言っていた。
「金平糖もらった後、電車内で調べたんだけどさ」
「うん」
「ホワイトデーで贈るものによって意味がある、って話は知ってるよね?」
「そりゃもちろん」
例えば、ホワイトデーでマシュマロを渡せば「あなたが嫌い」、キャンディーを渡せば「あなたが好き」、クッキーを渡せば「あなたとは友達のままがいい」などなど。調べると山ほど出てくる。
でもそんなのを気にするとクッキーしか集まらない悲しさ。いや、マシュマロも来るかもしれない。返すお菓子にまで意味をつけちゃうなんて、一体誰が最初に考えたのかしら。発案者に若干の怒りを覚える。
「それで、金平糖にどんな意味があるのかなーって調べてみたんだけど」
これが検索結果、とスマホを見せられる。
『金平糖を贈る意味は……「永遠の愛」』
そう書かれていた。
一気に体が冷えていく。
知らない女が少年に、永遠の愛を告げている。
本当にこの人は職場で結婚指輪を付けているのだろうか。付けていたらこんなことないはずだ、と思うけれど、世の中には略奪愛という歪な愛もある。
「まあ、こんな意味がありまして。家帰ってから、捨てようか、ちゃんと食べようか、迷ってたんよね」
ほら、捨てると普通にもったいないし。彼は苦笑いした。
「そうやってしばらく迷ってるうちにきみが帰ってきて、顔を見たときにふと、きみが金平糖を好きだってことを思い出して」
「うん」
「自分が食べなければセーフかなって」
ふむ、と相槌を打つ。
貰ってきただけで食べてるのは自分ではなく嫁だから、ホワイトデーの贈り物的意味は実質ないようなものじゃないか、ということだろう。
「ねえ、しーさん」
「なに」
「ここまでの流れで、しーさんはこの金平糖、食べたい?」
コツコツ、と箱の表面を爪で叩く。そのすらっとした指を僅かに見つめる。綺麗な指だ。僕の好きな人の。
顔を上げ、少年のことを真っ直ぐに見据え、答える。
「正直嫌やよ。もしかするときみに永遠の愛を伝えてるかもなんでしょ? そんなこと考えてるような女の食べ物なんざ口に入れるのも嫌」
「まあ、そりゃそうだよね」
返答はあっさりしていた。というか、普通に予想していた通りの反応だったのだろう。
ここで会話は途切れ、各々夕飯に手をつける。食器音だけが響く食卓なんてよくあることだけれど、なんとなくちょっとこの静けさが気まずいのは、果たしていつぶりだろうか。
完食して、手を合わせる。ごちそうさま、と普通に声を出し、食器を台所へとさげる。既に食べきっていた少年は自分の分の食器を洗い始めていた。
なんとなく手持ち無沙汰な状態が嫌で、部屋を見渡す。と、向こうの部屋に山積みにされた洗濯物を発見。別に畳むのも得意ではないが、ゲームをしたり本を読んだりするよりは居心地が良い……気がする。
洗濯物へと手を伸ばし、一つ一つ畳んで、仕分けていく。
「別にゲームとかしててくれていいのに」
急に背後から声をかけられる。
皿洗いが終わったのだろう。仕事が早い。さすがは嫁だ。
「や、なんとなく気が向いたから」
「そ」
ごく普通に応対。
少年は僕の隣に座り、同じように洗濯物を畳んでいく。そのテキパキ度合いが僕とは大違いで、やっぱりこいつは嫁だな……とか思う。
彼が参戦してからあっという間に山がなくなり、畳んだ服もタンスにしまい、いよいよ本当にやることがなくなってしまった。
机に横になり、例の金平糖を眺める。こんなに綺麗な見た目をしているのに、知らない女の愛が込められているなんて。
……とまで考えて、不意に疑問が浮かぶ。
「ねえ」
畳の部屋で横になっていた彼がこちらを向く。
おいでおいで、と手招きをして、机の方へと来させる。
「いっそのこと本人に『金平糖、どんな意味で渡したの?』って聞けばいいんじゃない? そもそも、ホワイトデーの贈り物に意味がある、なんて知ってる人が大多数だとは思わないし」
そう、浮かんだ疑問とは、『本当にこの金平糖には意味が込められているのか?』である。
金平糖を贈る意味を僕らは知っているけれど、相手が必ずしも知っているとは限らないだろう。もしかすると本当は、ただ目についたから買ってきただけ、かもしれない。だとするとこの金平糖は憎まれ損になってしまう。
「あー、確かに」
「その答えを聞いてから、食べるか捨てるか悩んでもいいんじゃない?」
そうだね、と呟いた彼の声は、どこか安堵しているようにも感じた。
◇◆◇
迷いはさほどなかった。強いて言うなら、苗字ですら思い出せず、どう呼びかけるべきか少し考えたくらいだ。
「あの」
「はい! 何の用でしょうか……って彩野さんですか〜」
すごい勢いで振り返った同期の彼女は、僕の顔を見るなりへなへな〜っと椅子の背もたれに倒れた。
どうやらかなり疲れているらしく、デスク上にはエナジードリンク各種の空き缶空き瓶が色とりどり、乱雑に置かれている。勝手に片付けたくなる気持ちを少し抑えて、自分の本題をぶっこむ。
「ホワイトデーのお返し、どうして金平糖にしたんですか?」
「……? どうしてもなにも、言ったのは彩野さんじゃないですか」
「っと……?」
同期の彼女は小首をかしげる。僕も小首をかしげる。
言ったのは僕? いつどこでそんなことを言ったのか皆目見当もつかない。しかし彼女が嘘をついている様子には全く見えない。つまりお手上げ万歳だ。素直に答えを待つ。
「忘れたんですかぁ? 彩野さん、ちょっと前酔ってた時にポロッと『嫁が金平糖好きだから、ホワイトデーにくれるなら金平糖がいいです』って言ってたじゃないですか〜」
なるほど、それはきっとちょっと前の飲み会の時だろう。たまには飲め、と上司に一杯飲まされた記憶がある。それだけで酔ってしまうから、やはり相当お酒には弱い。
「そっか、ありがとう」
そう伝えてから、すぐにスマホでメッセージアプリを立ち上げ、一番上にピン留めされているトーク画面をタップし、テキパキ打ち込んでいく。
きっと彼女は今頃、スマホを見る余裕などないだろうけど。
〈金平糖の真相わかったよ〉
〈酔って帰ってきた日あるでしょ?〉
緩む頬を抑えながら、一方的に送り続ける。
夕飯の支度をする前に、あの金平糖でも食そうか。
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