後天性部分性視野喪失病 (2022.2.6)

 それは、本当になんてことないある日、突然のことだった。

 目が覚めたら僕は、彼の顔がわからなくなってしまった。


 違う、わからないっていうのは「覚えてない」ってことじゃなくて。

 覚えてる。わかる。なのに、彼の顔がわからない。見えないのだ。

 彼を見つめようとしても、その顔にモヤがかかる。モヤがかかって、見えなくなって、真っ白になって、まるでそこには何も無いように思えてくる。例えるなら、そう、キャンパスに体は描かれているのに、顔があるはずのところだけ、ラフですら描かれていない、無が存在している、といった感じだ。


 どうしてこうなったのか? わかるわけがない。

 本当に、ただただ本当に、一日一日を生きていただけなのに。なんで突然こんなことが起こるのか、本当に理解ができない。理解ができないから、腹立たしくて仕方がない。

 神様の仕打ち? 僕は無神論者じゃないけど、特別な神がいるわけじゃない。推しはいるけど。

 変な薬を飲んだ? いいや、生理痛を鎮める薬と、鼻炎薬くらいしか飲んでない。

 このことを彼に伝えた。顔が見えないんだ。原因もわからない。彼は反論した。そんなわけない、病院に行こう、何かが変わるかもしれない。そう言って行った病院は、予想通り当てにならなかった。そんな病気ない、きっと何かの勘違い、視力に異常はない。

 脳の方がおかしいんじゃないか、彼はそういった。診てもらった。何も無かった。彼も僕も途方に暮れた。

 だから、名前を付けた。後天性部分性視野喪失病。安直だ。

 でもこれでいい。どうせ僕しか罹らない、僕と彼しか知らない病気なのだから。


 だから、諦めた。表面上は。

 そう。諦めきれなかった。


 ……ねえ、誰か。

 僕はなにか悪いことをしましたか? どうして、僕と彼の間をそうやって引き裂こうとするのですか?

 いつだってそうだ。僕の心の拠り所は彼しかないのに、なんで同じクラスにしてくれなかったんだ。夢の行き先が違うんだ。運命共同体のように一緒になりたいのに、なれないんだ。


 どうしたら、この状況が変わりますか?

 僕は、私は、もう一度、彼の顔を見ることができないのでしょうか?


 今日もきみは仕事から帰ってきて、ただいまのキスをする。その温もりはあるのに、何も見えない。

 悲しい顔しないで、大丈夫、僕は笑ってるから。そう彼は言ってくれる。それが本当か僕には確かめる術がない。声は少し湿っているように感じる。


「……では、その恋を終わらせますか?」


 誰かが僕にそう問いかける。

 終わらせる?


「そんなこと、するわけないじゃん」


 一人の部屋に、ゴトンと落とした。

 打開策はあるはずだ、人生百年なんだから、まだまだ先がある。今焦らなくていい。

 たとえ嘘だとしても、彼がそうやって言ってくれたから。

 僕はまだ、きみの隣に居たい。


  ○ ● ○


 お題→ https://twitter.com/3snkutuntkusg3/status/1489945877116764164?s=21

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