第54話 権利書
今俺たちは、ヴィルタスの紹介した訳アリ物件──エネトア商会の本部にいる。
「廃材はそっちに、修理できそうなものはこっち持ってきて!」
ユーリのハキハキとした声が響く。
スライムやゴーレムがせっせと散乱した本部の中を片付けてくれていた。
一方では壊れた調度品や照明を直す青髪族と、床を雑巾がけする鼠人たちの姿も見える。
俺は悪魔……エネトア商会長エネトア氏とその妻、そして悪魔化した息子の墓を中庭に築くと、次に転移柱を中庭に設置した。
これで、ローブリオンとアルスとも皆、自由に行き来できるようになった。
今は早速、眷属の皆にここの掃除をお願いしている。
おかげで荒れ果てていた建物内は、もうだいぶ綺麗になってきている。
「ちょっと、セレーナ、ティア! 何やってるの!?」
ユーリの声に、カーテンの隅から外を覗いていたセレーナとティアは体を震わせた。
セレーナは振り返って答える。
「わ、私はただ、外から何者かがやってこないか、警戒しているだけだ!!」
「だチュー!」
鼠人のティアもそう答えた。
セレーナは古代に見た帝都が、ティアは初めて見る大都市が気になって仕方ないのだろう。
溜息を吐くユーリ。
「青髪族と鎧族に見張らせているから大丈夫って言ってるでしょ……」
「ま、まあ、もう掃除も終わるし」
俺は水魔法で血痕が付いた床を綺麗にしながら言った。
「しかし、立派な商会だな……」
今しがた、俺は本部の内部をぐるりと見てきた。
一階から三階までは店舗やら工房、取引所だったようだ。四、五階は事務所や居住空間、また地下には巨大な倉庫が備えられていた。
転移柱のある中庭は隠せば、十分隠れ家としても使えそうだ。
ヴィルタスが紹介してくれたのも、本当に俺のためになると思ってのことだろう。
「見たこともない様式の家具……海外の品々も多いですね」
エリシアの言う通り、建物に残っていた品物や調度品は帝国外で作られたものが多い。
例えば、机に残されたあれは東方大陸の水タバコのパイプだ。他にも、煌びやかな刺繍の絨毯もある。
エネトア商会は主に海外との貿易で資産を築いていたようだ。
ユーリが複雑そうな顔で呟く。
「卑怯な商人も多いですから……妬まれて、やられたのかも」
ユーリの言葉に頷く。
「ああ……でも、商売敵だけで潰せると思えない。どっかの商人がエネトア氏の紋章を至聖教団や貴族に密告したような感じかな」
でも、ただの闇の紋章持ちなら至聖教団や貴族もそこまで熱心には動かないはず。
きっとエネトア商会を攻撃する見返りに商人から報酬を得ていたんだ。あるいはエネトア商会の資産を奪取したのだろう。
「虫唾の走る話だ……」
セレーナは外を見ながら呟いた。
……やはり帝都が気になるらしい。
「……セレーナ。あとで少し外を一緒に回りますから。そういえば」
エリシアは周囲を見渡す。
ティカとネイトを探しているのだろう。
あの二人には、主に四、五階を調査させている。
すると、エリシアが何者かに気が付いたのかすぐに振り返る。
「こっちでーす」
「ネイト……」
そこにいたのは、いつの間にか現れた修道服の少女ネイトだった。エリシアの肩に手を置いている。
すぐにティカも姿を現す。
「ちょっと、ネイト! ご、ごめんなさい。でも、エリシアさんに見つからないならやっぱり」
ティカとネイトは早速、《隠形》を付与した魔導具──影輪を使ったようだ。
エリシアは少し不満そうに答える。
「意識を研ぎ澄ませば、あなたたちなど簡単に捕まえられます! ……それよりも見つかったのですか?」
「はい。五階で施錠の魔法がなされていた場所がいくつかありました……主なものは、土地の権利書や諸々の資産の権利書、帝国や諸外国の貴族が発行した交易許可証、ですかね。まとめておきました」
ティカは両手で持っていた大量の書類を近くのテーブルの上に置いた。
やはり権利書は残されていたか。ウィスプに阻まれ、商売敵たちも回収できなかったのだろう。
エネトア商会の名をもらいたかったのは、非業の死を遂げた彼らの名誉を回復したい……そのためにも、これらの権利を受け継ぎたかったというのもある。
特に、交易許可証は非常に便利だ。
外国と大量の品物をやりとりしたり、外国に店を構えるためには交易許可証が必要になる。
交易許可証を得るには、身分を証明したり、地域の商人の推薦が必要だったり……もっとも多いのは、その土地の領主や貴族、役人の機嫌を取らなければいけない。
まあだいたいは贈り物をするなり、お金を積めば解決できる話だ。
もちろん、いきなり海外と交易するつもりはないが……持っておいて損はない。
どの道、名を継いだからにはエネトア商会を再び立派な商会にするつもりだ。
とはいえ、客は離れている……もちろん良い商品を出せばいずれ客もやってくるだろうが、最初は集客に苦労するはずだ。
「とりあえず、会長なり店主が必要だな」
商売の経験からいえば、圧倒的にユーリが適任だ。しかしユーリの紋章は闇の紋だ。
エリシアでもいいが……
俺はカーテンから外を眺めるセレーナに顔を向ける。
炎の紋章を持つセレーナ。おっちょこちょいだが、【熱血】の紋章は貴族からも尊敬されるほどの希少なものだ。
会長は名誉職みたいな扱いにして……実務はユーリに任せればいい。
「セレーナ。今日からお前にエネトア商会の会長を任せる。エネトア氏の遠い親戚で、権利を受け継いだということにする」
「え? は、はい……それはつまり」
「ああ……帝都を見たかったんだろう? 色々と行動には気を付けてもらうが、それなりに帝都を出歩ける」
「っ──拝命いたしました! 舐められないよう、それはもう着飾って帝都を歩いてやります!」
セレーナは心底嬉しそうな顔で言った。
昔の帝都にはそんな慣習があったのだろうか……まあ、今も貴族たちは宮殿で己のドレスや装身具は自慢しているが。
「服装は、エリシアとユーリに選んでもらってね……ともかく、なるべく早く営業再開といきたいところだ」
エリシアが不安そうに訊ねてくる。
「商売敵がまた潰しに来ませんかね?」
「いずれにせよ帝都で商売するなら、面倒な商売敵は現れる……」
万国通りという帝国でも最も競争の激しい場所だ。ここでは、陰謀や賄賂は当たり前。
「こちらも全力で潰すだけだ。まずは、エネトア商会から奪われた物を、返してもらうとしよう……」
ミレスに行く方法を探したいが、まずは帝都の拠点を盤石なものにしないと。
俺は山のように積まれた権利書に目を通すのだった。
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