第49話 打つ手

「学校、ですか」


 庭園を歩きながら、俺とエリシアは話していた。


「ああ、学校、だ。領地の取り上げとかじゃなかった」


 当然ではある。皇帝にとってティアルスは取り上げるような価値のある土地ではない。


 魔物しかいない無益な土地と思っているのだ。


 すでにアルス島が住めるようになっていて、魔鉱石すらも掘れる場所になっているなんて夢にも思わないだろう。


 俺はレンガの道を歩きながら呟く。


「ひとまずは良かったよ。宮廷からの外出を禁じられたり、宮廷に住むよう命じられなかったし」

「そうでしたか……ですが、誰かが手を引いているのでしょうね」


 エリシアの声に俺は頷く。


 誰が皇帝に今回のことを仕向けたのかは分からない。


 まあ、ルイベルかビュリオスなのは間違いない……あるいはどっちもか。


 ルイベルの場合は俺に恥をかかせたり、周囲に俺との力の差を見せつけてやりたいのだ。


 飽きれば死んでいいぐらいのおもちゃに思っている。実際にやり直し前、俺が引きこもるようになるとルイベルもの嫌がらせも少なくなった。満足したのだ。


 だが、今は執着している。

 宮殿では何故か俺に会えないから、学校へ行かせそこで俺と会える機会を強制的につくりたいのだ。


 そんな中、エリシアが呟く。


「あの二人が話していた黒幕、のせいでしょうか?」


 エリシアの言う黒幕とは、ビュリオスのことだ。


 ビュリオスは闇の紋章を持つ俺を殺したい。


 しかし、ただ殺したいだけとは思えない。


 恐らくは、今後自分が教皇になることを見越しているのだ。

 廃嫡されたとはいえ皇族の俺が悪魔化したとなれば、現皇帝の権威にいくらか傷がつく。自分の都合のいい皇帝を立てやすくなるだろう。


 だが、白昼堂々と俺を悪魔化させるのは難しい。警備の行き届いた宮殿の中なら尚更。だからこそ、宮殿に縛り付けず俺を泳がせたいのだ。


 やり直し前、俺はずっと宮殿や学校にいたからそれができなかったのかもしれない。それでも、結局は刺客が現れたが……


 とはいえ現時点では、ビュリオスは俺を殺すことにそこまで躍起にはなってない。片手間ぐらいに考えてるはずだ。暗殺を任せるには弱いティカとネイトを見れば、それが窺える……決してあの二人が無能と言っているわけではないが。


「今回の場合、黒幕というよりはルイベルの意向が強そうだな」


 皇帝もルイベルの言葉を聞き入れて、俺を学校に入れさせるようにしたはずだ。今、皇帝はルイベルが可愛くてしょうがない。


 また、現時点ではビュリオスは帝都神官長で、まず自分が教皇になるのが先決。ルイベルと協力していたとしても、自分が教皇になるために必要なことだからだ。


「ともかく、目立つようなことを避ければ対処できそうだ……」

「しかし、晴れないご様子……」


 エリシアに俺はコクリと頷く。


「通うのは、帝都の魔法学院になるだろうからね」

「神殿の隣の、広大な敷地の学校ですね。貴族が通う」

「ああ」


 帝都魔法学院は、帝国中の貴族の子が集まり魔法を学ぶ学校だ。


 魔法を学ぶ学校は地方の都市にもあるが、帝国の貴族の大半はこの帝都にいる。だからだいたいの貴族は我が子を帝都の魔法学院に通わせるのだ。もちろん、膨大な寄付金と学費が集まるので、設備も豪華だし優秀な魔法の教え手も集まっている。


 しかし、貴族の子が集まるということは、そこはもう一つの舞踏会場のようなものだ。魔法の優劣、家柄、装身具、そして何より紋章によって人が格付けされてしまう。


 やり直し前、そんな場所で、俺は闇の紋を持つ唯一の生徒だった。


 普通、闇の紋を持つ我が子を貴族は表には出さない。修道院に預けたり、我が家に隠して育てる。


 だから俺は、生徒教師問わず、見世物のような扱いを受けていた……


 そもそも、あの学校で学べることはもう全て学んだ。


 その上で残酷だが、この世界では紋章が全てなんだと俺は理解した。


 今は眷属がいるから、それなりに他の魔法も上手く使えるだろうが、それはそれで変に注目を浴びるだろう。


 ならばいっそのこと闇魔法を……そんなことしたら、皇帝は確実に俺を牢獄にぶち込むな。


 もう、逃亡してアルスに引き籠ってしまおうか……いや、そういえば。


「アレク様のお顔が明るく……! 何か、思いつかれたのですか?」


 そう話すエリシアも顔を明るくする。


「あ、ああ。いや、ちょっと気になる学校があって。エリシアは帝都の南の海に浮かミレス島は知っている?」

「学術都市ミレスのある島ですね。古代帝国で、自治権を与えられていた島。島の中に湖があって、その湖の中央にも島があって……景観の特異さから、十聖地の一つとして崇められている、でしたっけ」

「そうだ。やっぱり有名だよな。そこの政府でもあり教育機関でもあるミレス大学……国籍や身分問わず、世界中から生徒が集まっている。ただ、特技を鍛えるために」


 その大学に、少数ながら闇魔法について知見のある者がいるかもしれない……その情報を掴んだやり直し前の俺は、何とかミレス大学に通えないか考えた。


 皇帝は別にいいと言ってくれた。ミレス大学で学ぶのに学費はかからない。厄介払いできていいと考えたのだろう。


 しかしルイベルがやはり、俺を帝都から出してくれなかった。


 だが、今回の俺は闇魔法を使える。

 なんとか逃れて、船でミレスに行けば……


「……皇帝は学校に行けとしか言ってないし」


 当然、皇帝の言う学校は、帝都の魔法学院を意味してる。ミレス大学は想定していない。


 だからルイベルが皇帝に言えば、また帰還を命じられるかもしれない。


 どの道、どこに行ってもルイベルが付きまとってくるだろう。俺が死んだとしてもしない限り。


 まあ、死んだことにしたほうが色々楽かも……ただ、商売が軌道に乗るまでは、皇族の地位も捨てがたい。信用のない者が店を持つのはなかなか難しい。


 俺の死を偽装するのは、いつでも打てる手として取っておこう。


 とはいえ、他にいい知恵が浮かばないな……


 ここは、あの男をあたってみるか。


 もともと拠点について力を借りたかった。お金次第で、皇帝に口添えもお願いできるかもしれない。今の俺には資金がある。


「エリシア……今から、兄上に会いにいく。ついてきてくれ」

「はっ。しかし、どなたに?」

「第四皇子ヴィルタスだ」


 俺は、宮殿のヴィルタスの部屋へと向かった。

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