第48話 呼び出し

 再び、宮殿に戻ってきた。


 俺は皇帝の間の前で、身なりを軽く整える。


 やり直し前も何度もここに来たが、やはり憂鬱なものだ。嫌な思い出しかない。この中では俺は見世物のようなもので孤独をふつふつと感じてしまう。


 しかし、エリシアが微笑んで言う。


「アレク様、いってらっしゃいませ」


 エリシアの声に今の自分は一人じゃないことを思い出す。


 ……さっさと済ませて、アルスに戻ろう。場合によってはエリシアと一緒に《転移》で帝都から逃げればいい。


「ああ……行ってくるよ」


 衛兵によって開かれた両開きの扉から、俺は紫色のカーペットの道を進んでいった。


「まったく、どこに行っていたのかしら」

「あんなのより、イリューリア辺境伯の御息女はどうなったんだ?」


 貴族の俺への視線はいつもと変わらない。だが、行方不明となったユリスについて言及する声が聞こえた。


 そんな中を進んでいくと、やがて俺を訝しそうに見つめるルイベルが見えた。その奥には、玉座で眉間に皺を寄せる立派な白髭の皇帝がいた。


「アレク、ただいま参上いたしました」

「馬鹿者!! 今まで、どこに行っておった!?」


 開口一番、皇帝は怒声を響かせた。


「何と、申されましても。陛下より賜ったティアルスに、視察のため向かった次第です」

「嘘を申せ! あのような辺境にお前のような子供がいけるわけないだろう!? 全く、どこをほっつき歩いていたのか……ローブリオンなど遊ぶ場所もなかろうに」


 皇帝は俺が遊んでいたと思っているらしい。まあそれならそれでもいいかもしれないが……


 すぐに皇帝はルイベルに手招きし、玉座の隣に立たせる。


「ルイベルはお前を心配しておったのだぞ!? 闇の紋を授かり、継承権を奪われ、きっと落ち込んでいるだろうと! だから家出をしたのだと!」


 探していた、は本当かもしれないな……あくまで人を使ってだが。


 すかさずルイベルが、皇帝に潤んだ目を向ける。


「……陛下! どうか兄上をお許しください!!」

「ルイベル……お前は本当に優しい……さすがは【聖神】を授かった我が子だ!」


 皇帝はルイベルを見て、目を細める。

 しかしすぐに俺に鋭い視線を向けた。


「何か言うことがあるのではないか!?」


 ああ、面倒だ……礼なり謝罪を口にしろというのだろう。


 だが、癪だ。


 そんな中、「お待ちを」と小さな声が響く。


「なんじゃ?」


 皇帝がじろりと俺の後ろのほうを見ると、若い貴族の男が出てくる。


「ローブリア伯代理ホルシスと申します」


 肥満気味の若い男……この男はローブリア伯の孫で、帝都における代理を務めていた。


「アレク殿下には、我がローブリオンの危機を救ってくださったと、祖父ローブリア伯から聞き及んでおります! 上陸を目論む魔王軍の陰謀を見事、看破されたのです!! 少し遅れていれば、ローブリオンは陥落していたでしょう!」


 その言葉に宮殿がざわつく。


「ば、馬鹿を申せ!? こんな子供が」

「いえ、アレク殿下は湾を守る防鎖への工作活動を見事見破られたのです! 我らローブリアの者にとってアレク殿下は……救世主です! 決して、遊んでなどおられませんでした!」


 事実、俺はローブリオンへの陰謀を退けた。それはローブリオンの民衆や兵士も広く知るところだ。


 また、勅使が来た日、ローブリア伯には青髪族に作らせる防鎖の金額の値引きをちらつかせておいた。

 その際、何かあれば皇帝に俺のローブリオンでの滞在のことを伝えてほしいと告げたのだ。


 金に目がないローブリア伯はすぐに首を縦に振った。孫にもそうするよう伝えておいたのだろう。


「魔王国とローブリア伯領は非常に近い……ローブリオンが陥落していたら……」

「我が領地も危うかったかもしれんな……」


 貴族たちがざわつくのを見て、皇帝は額から汗を流す。


 周囲が褒めたたえているのだから、俺を叱るに叱れない。


 ルイベルも憎らしそうに貴族たちの様子を見ていた。だがやがて、ビュリオスに顔を向ける。


 なんとかしてくれ、ということだろうか。だがそうはさせない。


「それと……ビュリオス」

「なんでしょう、アレク殿下?」


 ビュリオスはゆっくりこちらを見ると、優し気に微笑む。


「ローブリオンにいる俺の部下へ神官から問い合わせがあった。俺がどこにいるか、と。神殿も俺を探してくれていたんだな」

「いかにも……ルイベル殿下が、それはご心配そうになさっていたので」


 ビュリオスはニコニコと答えた。


「それに関係しているかは分からないんだが……」


 俺は胸元から、二つの丁字型のペンダントを取り出す。


「実はティアルスとローブリアの間で、二人の神殿の者を見つけてね」

「ほう……」

「名前を、確認してくれるか? たしか、ティカとネイトと名乗っていた。出身のアルバス修道院を気遣うような言葉も遺していたな」


 俺はペンダントをビュリオスに渡す。


「名前は知りませんが、たしかに神殿の者でしょう……殿下が見たとき、二人は?」


 悪魔祓いとは言わないか。なるべく情報は明かしたくないのだろう。


「すでに虫の息だった。治療の甲斐なくすぐに……その後は危険な場所だったため、火葬で済ませてもらった。近くには、悪魔らしき死体もあってね。それとの戦いで死んだようだった」

「なんと……もしかしたらその二人は悪魔祓いだったのかもしれません」

「きっとそうだろう。どうか、彼女たちを神殿でも弔ってほしい」

「かしこまりました。仲間の形見を届けてくださった殿下のお心遣い、感謝いたします」


 ビュリオスは俺に頭を深く下げた。


 ティカとネイトは悪魔祓いとしての責務を全うし、死んだ──二人が俺のもとへ裏切ったと思わせないようにしたかった。


 そんな二人の出身である修道院を、ビュリオスもどうこうすることはできないだろう。


 もちろん、ビュリオスも俺が二人を殺したか捕縛したかもしれないと、疑っているはずだ。


 しかし、誘惑石を持った二人が俺を悪魔化させられなかったのだから、そもそも戦闘は発生していない……そう結論付けるしかない。


 ルイベルは面白くなさそうな顔をすると、やがてこう叫んだ。


「そ、そんな場所に皇子が行くなんて、危ない! まだ子供なのに!」

「そ、そうだ! 身分を考えよ!」


 皇帝もそう主張した。


 そんな無茶苦茶な……


「私はすでに辺境伯を任されております。陛下のため、この帝国のため、ローブリオンの防衛に参加し、自領の視察に向かった次第です。何か、問題がございましたでしょうか?」


 そう言うと、二人は口を噤んでしまう。


 そんな中、ビュリオスが笑顔のまま言う。


「まあまあ。アレク殿下も闇の紋を受けたため、陛下のご信頼を取り戻したいのでしょう。なんともご立派ではありませんか。それよりも何故殿下をお呼びしたか本題に」


 皇帝がその声に何かを思い出す。


「そ、そうであったな……まあ、次からは気を付けるのだぞ、アレク」


 どんな言葉が飛び出すだろうか?


 廃嫡の取り消しは、皇帝としての威厳が損なわれる。大きな失態もないのに爵位や領地を取り上げるのも同様だ。一体、俺をどうするつもりだろうか。


 身構えていると、皇帝はこう言った。


「アレクよ……お主を学校に行かせてやろう」


 親が子を学校に行かせる……何もおかしなことではない。


 だがやり直し前、皇帝本人からこの言葉は聞けなかった。


 かつての俺はなんとか学校に行かせてほしいと頼んだが、この男は首を縦に振らなかった。皇統の恥さらしになると嫌がったのだ。


 そんな中ルイベルがやってきて、貴族の面々の前で「僕が入れてやろうか」と得意げに俺に告げた。


 慈悲深さを見せたい……だけでなく、自分の影響力を見せつけるため、また闇の紋を持つ俺を見世物にするためにルイベルは俺を利用した。


 俺は即座に答える。


「それには及びません」


 しかしルイベルが声を上げる。


「駄目です! 兄上は学校に行かないと、人間の心を失うかもしれない……悪魔になってしまうかもしれない! だから、学校に行かないと!!」

「うむ! ルイベルの言う通りだ! アレク、お前は学校に行くのだ! これはワシからの命令だ!」


 命令と、なればこの場では逆らえない。

 世間的に見れば学校に行かせることはいいことだから、俺が断る大義名分が見つからない。


 何か不利益なことを告げられれば、もう帝国とは縁を切るつもりでいた。このまま逃げ、ローブリオンの拠点を放棄し、アルスへ皆を連れ出すことも考えていた。


 しかし、そこまでするにはあまり微妙な事案……


 学校、か……


 ルイベルのにやつく顔に、俺は憂鬱な気分になるのだった。

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