第40話 悪魔祓い

「……なかなかいい感じに制御できてきたぞ」


 俺は空に浮かび上がらせた黒い壁を見て言った。


 ここ数日は、特に闇の魔力を圧縮させる練習に励んでいた。


「それでは、撃たせていただきます」

「ああ頼む、エリシア」


 エリシアが俺の作った《闇壁》に《聖灯》を放つが、全く貫通しない。高位の聖魔法聖光を放って、ようやく《闇壁》は削れはじめた。


「消えた……消えるまで十秒か。十分防御に使えるな」

「ええ! これもアレク様の努力の賜物です! 不利な聖魔法にも立ち向かおうとするアレク様……本当に素敵です」


 エリシアは目を輝かせて言う。


 そんな大げさな……


「闇魔法しか俺は上手く使えないんだし……おっ」


 俺は海から浜に戻ってきたゴーレムに顔を向ける。


 ゴーレムは魚の入った網を海から引き揚げ始めていた。


「チュー! 大量っす! しかも大きなのもいるっす! すぐに凍らせるっす!」


 さっそく浜にいた鼠人やスライムたちが魚を運んでいく。今日はなかなか大きな魚も獲れたようで、それは複数で担いで運んでいった。


 せっせと運ぶ鼠とスライム。


 可愛らしい……けど、それ以上に動きがてきぱきとしている。


「皆もなかなか手慣れてきたな」

「ローブリオンの店に置いた物もなかなか売れているみたいですね。どちらかと言えば、魔導具の冷凍庫を見たくて魚を買いに来ているようですが」

「帝都でも大きな商会しか置いてない魔導具だしな。っと、そろそろ俺も冷凍した魚をローブリオンに運びに行くか」


 早く《転移》できる魔導具を作れればいいのだが、まあ俺が動けばいいだけの話だ。


 そんな中、政庁のほうから鐘の音が鳴る。


 すぐにチューという声が響いてくる。


 政庁から走ってきたティアが俺たちのもとへやってきて言う。


「チュー!! アレク様、大陸のほうからこっちのほうへ魔物が大量にやってくるっみたいす!」

「魔物? ……今行く。ティアは鎧族たちに北へ集まるよう、伝えてくれ」

「それなら、セレーナさんがもう鎧族を連れて北に行ってるっす!」

「さすが動きが速いな。よし、俺たちも向かおう」


 俺はエリシアと共に、アルス島の北へと向かう。


 そこでは、すでに鎧族たちが武器を持って集まっていた。


「弓弩隊は、建物の屋上と窓に! 盾を持つ者は前列だ!」


 セレーナのよく通る声に、鎧族はきびきびと動いている。


 やがてセレーナは俺に気が付いてやってくる。


「アレク様! すでに迎撃準備はできてます」

「ありがとう。しかし、あれは……」


 俺は大陸側に目を凝らす。


 空から地上から、大量の黒い物体がこちらへ向かってきていた。


 アルスを目指している……そう思ったが違う。


 黒い波の中に、白く煌めく点が二つぽつんと見えるのだ。


「あれは……」

「おそらく……翼を生やした馬、ペガサスでしょう」


 エリシアはそう呟いた。


 やがてエリシアの言う通り、ペガサスが二体見えてくる。


「本当だ……」


 俺の頭に一瞬、ユリスの顔がよぎった。


 ユリスたちもペガサスに乗っていたからだ。


 しかし、違った。ペガサスに乗っていたのは、白い修道服の二人組だった。男女かは分からないが、二人とも小柄だ。


 それを空から追うのは、やはりアロークロウたちだった。


 セレーナもそれを確認して言う。


「人間か? ともかく助けなければ……お前たち、ペガサスは」

「待ってください、セレーナ」


 複雑そうな顔で言うエリシアに、セレーナは首を傾げる。


「うん? 何か問題が?」

「彼らは神殿の者たちです……でも、ただの神殿の者ではない」


 エリシアの言う通り、ただの神殿の者たちがここに来ることはまずないだろう。


 しかも、ペガサスは珍しく貴重だ。普通の神官が乗れるような生物ではない。


「まさか、至聖教団!! とかいうやつらか!?」


 声を上げるセレーナに、エリシアが頷く。


「それならば、わざわざ助ける必要もないな……追ってくるアロークロウともども撃ち落とそう」

「いや……」

「うん? アレク様?」


 セレーナは俺の顔を覗き込む。


「いや……ただの神官という可能性も排除できない。アルスの安全が最優先だが、生かせるか?」


 万が一、という可能性もある。ローブリオンの神官が、俺を訊ねてきただけかもしれない。


「アレク様が仰るなら」


 セレーナはそう答えると、エリシアに顔を向ける。


 エリシアは少し間を置いた後、無言でこくりと頷いた。


「よし……ペガサスに乗った二人は狙うな! 後ろのアロークロウだけを狙うんだ!」


 鎧族たちは、セレーナの声に弓やクロスボウを構える。


 セレーナ自身も剣を抜いた。


 俺とエリシアもアロークロウの大群に手を向ける。


 やがてペガサスに乗った二人の黒目が見える距離になると、セレーナが大声で叫んだ。


「──撃てっ!!」


 セレーナの放った《炎刃》を合図に、鎧族たちも矢弾を放った。


 俺とエリシアも聖魔法で、アロークロウを攻撃していく。神殿の者の前で闇魔法を使うわけにはいかないから、俺も聖魔法だ。


「当たらないでくれよ……いや、避けたか」


 ペガサスに乗った二人組は急降下して攻撃を躱す。


 一方で、アロークロウには俺たちの魔法と矢弾が降り注いだ。


 アロークロウは数体が海に落下すると、残りはすぐさま大陸へと引き返していった。すでに、アルスは危険だと認識していたおかげだろう。


「よし、よくやった! 我らの勝利だ!」


 セレーナがそう言うと、鎧族たちは歓声を上げた。


 そんな中、二頭のペガサスがふわりとアルス島へ着地する。


 ペガサスから降りてきたのは修道服に身を包んだ、二人の若い女性だった。


 一人はニコニコとずっと笑っており、もう一人はぶっきらぼうな顔をしている。


 ニコニコしている女性は俺の前に立つと、笑顔のまま口を開く。


「第六皇子アレク殿下、ですね」

「いかにも。俺がアレクだ。神殿の者が何のようだ?」

「私たちは悪魔祓い。よって、この地にいる悪魔を祓いに参ったのです」

「悪魔なんて、この島にはいない」


 俺がそう答えると、ニコニコしている女性は不気味なぐらいに口角をぎゅっと上げた。


「悪魔は嘘を吐きますからね……ですが、この地上に悪魔の居場所はありません──さあ、姿を顕しなさい!!」


 ニコニコしている女性が言うと、ぶっきらぼうな顔の女性は突如持っていた石を光らせるのだった。

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