第39話 制御

 ローブリオンの俺たちの拠点をユリスが訪れて、一週間が経った。


 アルス島は順調に発展してきている。


 すでに不気味な廃墟の島はそこにはない。清掃の行き届いた街路を多くの鼠人やスライムたちが忙しく行き交う、活気のある街となっていた。


 運んでいるのは、ゴーレムたちが獲った魚介類が主だ。


 運ぶ先は、政庁に設けた冷凍庫。ミスリルで冷気を発する氷魔法の魔導具を作って、設置してある。


 それで結構なミスリルを使ってしまったので、まだ《転移》できる魔導具は作れてない。


 だから、ミスリルが貯まるのを待っている……だけでは時間がもったいない。また、ユリスのことが気になりすぎて、じっとはしてられなかった。


 だから俺は、闇魔法を訓練することにした。


 せっかく自由な時間ができて、そこに広大な空と海があるのだ。闇魔法を思う存分使える。


 俺はアルスの南の砂浜で、さっそく空に巨大な黒靄の球体を浮かべていた。人目を気にせず闇魔法を使えるのは楽しい。帝都やローブリオンではとてもこんなものは空に撃てなかった。


 セレーナはそれを見上げて言う。


「なんと禍々しい……」

「油断すると、吸い込まれそうな黒さですね」


 エリシアもそう呟いた。


「俺は見ていると落ち着くんだけどね……とにかく、さっそくこの黒靄で色々試そう。まずは、セレーナ。炎魔法……《炎獄》以外の弱めの炎魔法をあの黒靄に放ってくれるか?」

「お任せを──しからば、我が剣の《炎刃》であの黒靄を切り払ってさしあげましょう!」


 セレーナは剣を抜き刀身に炎を纏わせると、それを振り下げる。


「はぁっ! ──燃えよ《炎刃》!! 切り裂け《炎刃》!!」


 威勢のいい叫びと共に、振られた剣から放たれた巨大な炎の刃。ぼうぼうと音を立てて、黒靄へ飛んでいく。


 エリシアはセレーナの叫びにぽつりと呟く。


「暑苦しい……あら」


 黒靄は切り裂かれた──ように見えた。


 炎の刃は黒靄のなかに潜り込んでいき、そのまま出てくることはなかった。


「なっ……私の《炎刃》が」

「闇魔法は、聖属性以外の魔法に優勢だ。同じ魔力なら、闇が勝つ。それを利用して、あの黒靄の中に《炎刃》を閉じ込めたんだ」

「ほう。とすると、あの中にまだ炎は」

「ああ……ほら」


 俺は黒靄の一部を開き、そこから火炎を噴出させる。


「おお、お見事! 敵の魔法を利用することができそうですね」


 セレーナの声に俺は頷く。


「そうだな。《パンドラボックス》の応用だが、《闇檻》とでも名付けておこう。だが、すべてを飲み込めるわけじゃない……エリシア。《聖灯》でいい。あの黒靄に撃ってくれるか?」

「かしこまりました」


 エリシアはセレーナと違い淡々と片手を黒靄に向け、光球を放った。


 光球は黒靄に衝突すると、そのまま風穴を開け、貫通していった。黒靄はすっと霧散してしまう。


 セレーナが感心するような顔で言う。


「なるほど。聖魔法の前には、ああも簡単に」

「ああ。闇属性の魔法を聖属性の魔法で打ち消すには、闇の半分の魔力でいいなんて言われている……でも、この感じだと半分どころかもっと少なくても打ち消せそうだな」

「ですが、魔物はまず聖魔法は使いません。実質、アレク様に敵は……あ、いや」


 俺はゆっくりとセレーナに頷く。


「至聖教団の者が俺を殺しに来るかもしれない。彼らは聖魔法の使い手だから、簡単にやられてしまうだろう」


 そう言うと、エリシアが真剣な面持ちですかさず答えた。


「そんなことは私がさせません」

「私もです! こんな可愛らしい……じゃなかった、お優しいアレク様を害そうとするなんて言語道断です! そんな不届き者は、この私が灰にいたします!」


 セレーナも鼻息を荒くして言ってくれた。


「あ、ありがとう。でも、至聖教団は強力な聖魔法の使い手が多い。なるべく自衛できるようにしておきたいんだ……それじゃあ、次は」


 俺は空に、再び黒靄を浮かべた。


 だがその黒靄をぎゅっと小さくまとめて、まるで板のようにする。


「あれは、闇属性の魔力の壁……《闇壁》ってところかな。《炎壁》とかと同じだ。エリシア、次はあれに撃ってくれるかな?」

「はい!」


 エリシアはすぐに、俺の作った《闇壁》に光球を放つ。


 しかし、今度は《闇壁》を貫通せず、光球はその場で弾けた。


「おお、今度は防ぎましたね」

「大量の魔力を密集させれば、聖魔法も防げるってことだな。まあ、何発か撃てば壊れるだろうけど。エリシア、続けて撃ってみてくれ」


 俺の声に、エリシアはすぐに《聖灯》を連射する。


 結局、《闇壁》は三発ほどで壊れてしまった。


「やっぱり、そんなには持たないな……他の聖魔法でも試してみよう。次は、俺ももっと大きな壁を作ってみる」


 そう言って俺は、両手を天高く掲げた。目いっぱい魔力を注ぎ込むイメージで、《闇壁》を展開しようとする。


「《闇壁》──え?」


 思わず目を疑った。

 空が、一瞬で真っ暗になってしまっていたのだ。


 セレーナとエリシアも、突然のことにびっくりする。


「なっ!? 空が急に!」


 島全体を覆うような闇に、至るところからチューと慌てるような声が響いてくる。


「ま、まずい」


 俺はすぐに黒靄を霧散させた。


 再び空が青くなるのを見て、セレーナは口をぽかんとさせる。


「な、なんだ今のは……」

「ど、どう考えてもアレク様の魔法です……アレク様、以前にも増して闇魔法が上達されたのですね」


 エリシアは笑顔でそう言ってくれるが、上達なんて言葉では済まない。


「お、恐らく、眷属が増えたからだろう……ともかく、気を付けないと」


 広い空だからよかった。地上だったら、皆に危害が及んでいたかもしれない。


「もっと、上手く魔力を操れるにようにならないとな……」


 やり直し前までは、ともかく全力で魔力を使うことだけを考えていた。そうでもしなければ、効果のある魔法は使えなかったからだ。


 だが今は魔力は豊富にある。それを自在に制御できるようにならなければ。


「よし……もっと闇魔法を訓練するぞ。エリシアとセレーナも付き合ってくれ。あとでユーリも呼んでこよう」

「アレク様のためなら、夜通しお付き合いします!」

「アレク様、ファイト!!」


 エリシアとセレーナはそう答えてくれた。まるで子供を見守る母親だ。


 その後、俺たちは闇魔法の訓練に明け暮れた。


 ……しかし、俺が空に浮かばせた黒い空を見ていたのは、俺たちだけではなかった。


 北方から眺める者たちもいたのだった。

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