第28話 水道探検!

 《転移》でユーリをローブリオンへと送った俺は、再びアルス島に帰還していた。


 ユーリと青髪族には、さっそく鼠人たちの武具作成に取り掛かってもらう。


 今は、俺とエリシア、セレーナ、ティアで政庁の裏庭にいる。


「井戸から水を汲んでも良し。各家庭にある蛇口をひねってもよし、というわけです」


 俺は水飲み場とされている場所を見て言った。


 井戸に行かずとも、昔は家で水が出せたんだな。


「とりあえずは水を出してみましょう! もしまだ水がスムーズに流れているなら、飲める水が出てくるはずです」


 そう言ってセレーナは政庁の裏庭にある水飲み場の蛇口をひねった。


 シュっという音が響くのは、恐らく水が上がってきている証拠。


 セレーナも自慢げな顔で言う。


「さすが我がルクシア帝国の技術力! 千年経っても大丈夫! 味も折り紙つきです! ぜひ飲んで──え?」


 コップ出てくる水を掬おうとしたセレーナだが、突如手を止める。


「な、なんだこりゃぁああ!?」


 蛇口からでてきた黒い水に、セレーナは悲鳴を上げる。


 とても飲めるような色ではない。インクのような色だ。


 すぐにセレーナは蛇口を閉じるが、水を受ける水槽には黒い水がたぷたぷと揺れている。


「く、腐っているのか?」


 セレーナは恐る恐る顔を近づける。


 俺も近づけるが、不思議なことに異臭はしなかった。


「これ、まさか……エリシア」

「はい!」


 エリシアは水槽の水に両手を向け、光を放った。


 すると、水は見る見るうちに透明になっていった。


「こ、これは? 濁りは多少あるが、ほぼ透明だ……闇属性の魔力が宿っていたのか」


 セレーナの声に俺は頷く。


「水道に、闇属性の魔力を生み出す何かがあるんだろう。ティアたちはこれを飲んでいたのか?」

「あまり美味しくないっすけどね。泥水よりはましっす」

「なるほど……」


 この水を飲んでも直ちに死ぬことはないようだ。

 だが、蓄積していけば色々まずそうだ……闇属性の魔法には、少しずつ人を蝕む魔法もある。


 やはり、取り除けるなら取り除いたほうがいいだろう。

 色味的に、ちょっと飲みたくないし……


「次は水道を見てこよう……ティア、案内してくれるか?」

「それならこっちの階段っす!」


 俺たちはティアが走っていく方向についていった。


 扉が開きっぱなしの、小さな石の塔が見えてくる。


 その中には、地下に続く階段が。


「ここからいけるっす! でも暗いんで、あまり入らないほうがいいっす! 結構流れが急で、流された仲間もいるっすから……」

「そうか……足元には気を付けないとな」


 《聖灯》と小さく唱えると、周囲に眩い光が広がった。


 セレーナの驚く声が響く。


「まぶしっ!?」

「ご、ごめんごめん! 聖属性の魔法はいつも全力で使っていたから」


 勢い余ってしまった。

 俺は魔力を抑え、周囲に光の球を二つ浮かべる。


 でも、あんなに眩しくなったかな? ……まあ、ともかくこれなら。


「俺のだけで十分だから、エリシアは《聖灯》は使わなくて大丈夫。何かあった際に聖属性の魔法を使ってほしい」

「かしこまりました」


 エリシアが頷くと、隣でセレーナも剣を抜いて言う。


「殿下は必ずや私が! 私はこう見えて、火魔法の使い手ですので!」

「へえ。もしかして紋章は火?」

「はっ! 【熱血】であります!」

「な、なるほど」


 俺の口から思わずそんな言葉が漏れた。


 【熱血】は火魔法だけでなく、戦闘技術にも多大な恩恵があるとされている。また周囲の仲間の士気を高めるのだとか。火の紋章の中では、強力で珍しい紋章だ。


「たしかに、セレーナさんと一緒にいるとなんだか熱くなってきますからね……」


 エリシアの言葉をセレーナは褒め言葉と受け取ったのか、それほどでもと照れる。


 まあ、部下を従える軍団長にはうってつけの紋章なのは間違いない。


 しかし、そんなセレーナを破る黒衣の女か……セレーナの部下も相手にしたのだろうし、どんな強力な魔法の使い手だったんだろう。


「ともかく、水道に下りよう」

「はい!」


 俺たちはそうして地下に下りた。


 下りると、黒い水の急流が。


 だが、少し妙だ。


「こっちは下水か? 流れが大陸側に向かっているようだが」


 アルスは大陸にほど近い島だ。だから、大陸から地下水道を通して、水を引っ張ってきていると思った。


 しかし、流れは大海のほうからやってきている。


 セレーナは少し考え込んで言う。


「貯水池があるのかもしれませんね」

「こんなに、水が流れますかね? 最近、雨が降った様子もありませんでしたし」


 エリシアの言う通り、貯水池なら雨も降っていないのにここまで急流になることはない。


 ティアもこう証言する。


「ここは、いつもこんな感じっすよ。だから、あまり近寄らないっす」


 海から水が流れ込んでいる可能性もあるが、海水の匂いもしないし……一体、どういう構造になっているんだ。


「ともかく、水が流れてくる方に向かおう」

「はい」


 俺たちは、水が流れてくるほうを辿って水路の脇を進んでいく。


 より小さな水路への分岐は無視して、大きな水路をまっすぐ進んだ。


 すると三分ぐらいして、目の前に開けた場所が見えてくる。


「ここから水が……」


 出たのは、広大なドーム状の空間だった。中央には、円形の湖が見える。


「ただの、貯水池ではないな……」


 湖の中央の水面は、少し盛り上がっていた。ぶくぶくと水泡が出ては消えていく。


 あの下から、水が出てきているのだろう。


「湧き水か……だが、あの木は」


 水面の盛り上がる近くには、不気味な黒い木があった。


 セレーナが呟く。


「あれは、もしや聖木?」


 聖木は、聖属性の魔力を宿す葉をつける。


 その葉には回復効果があって、ポーションや薬に使われる貴重品だ。


 一度成長すればなかなか枯れないが、育てるのに非常に手間がかかる。


 神殿の象徴の一つでもあり、なんでも各神殿の格付けは敷地にどれだけ大きな聖木を持っているかで決まるとか。


 だが聖木は、幹が白く、葉が青々としているはず。


 一方のあそこの木は、どんよりとした黒色をしており、黒靄を生じさせていた。


 それに、


「……闇属性の魔力が生み出されている」


 水が闇属性に蝕まれているのは、あの木の黒靄が原因だろう。


「……闇魔法で呪いがかけられているのか? エリシア。あの木を浄化できるか?」

「お任せを!」


 エリシアは木に向かって、聖魔法を放った。


 煌々と輝く光が、木を照らす。


 そのまま光は木を包み込む……かと思われた。


 光は急に膨らんだと思うと、閃光へと変わった。


 とっさのことに、思わず目を瞑る。


「──なんだっ!?」


 目を開くと、湖の中央には禍々しい黒靄が浮かんでいるのだった。

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