第26話 古代人
悲鳴を上げる鎧に、寿命が半分持っていかれる気がした。
後ろでユーリとティアも絶叫していたから、尚更だ。
そんな中、エリシアが冷静な顔で呟く。
「鎧が喋った? 鼠も喋るので、べつに驚きはないですけど……」
「ティアたちはもともと喋るっす! 物じゃないっすから! でも、鎧は物っす! 喋るなんておかしいっすよ! ──ひっ!」
ティアとユーリはびくっと体を震わせた。
鎧が、がたがたと動き始めたのだ。
「動け! 何故動かん! 誰がそこにおるのだ!?」
声を響かせ暴れる鎧に俺は訊ねる。
「え、えっと……俺の声は聞こえているか?」
「聞こえている! だが、何にも見えぬのだ!」
恐らくは、兜が視界をもたらしていたのだろう」
「待っててくれ。エリシア」
俺の声にエリシアはすぐに頷くと、兜を拾い鎧に被せる。
「──はっ? こ、ここは!? ……総督邸か?」
兜を左右に動かしながら鎧は言った。
「あなたは?」
「わ、私は……帝都よりティアルス救援の命を受け、部下と共にこの島に……だが、あの女にやられ……死んだはず」
「あの女?」
「ティアルス全土を襲った黒衣の女のことだ……成す術もなく私も部下もやられてしまった」
「そう、だったか」
とすれば、この鎧は古代の帝国人なのだろうか。
鎧は俺に兜を向ける。
「ところで、君は?」
「俺は……第六皇子のアレクだ」
「皇子……皇子!? こ、これは失礼を!」
鎧はがたがたとまた体を揺らすが、とても立つことはできない。手足がないのだから。
ユーリたちもその様子を見て、体を震わせた。
ともかく、俺が”帝国”の皇子だから礼を尽くそうとしているらしい。まあ、嘘でもないし血筋は繋がってはいる。
俺は鎧にこう言葉をかける。
「そのままでも、大丈夫だ」
「も、申し訳ございません……! 私はセレーナ・テレシア・フラプス! 第六軍団長であります!」
今の帝国の軍隊は、皇帝と貴族の私兵や傭兵によって構成されている。だが昔は、すべての兵士が皇帝の支配下にあった。軍団は、その当時の兵士の集団の呼び名だ。
「セレーナ、か。俺はティアルスの領主として、この島に来た」
「なんと……こんなに可愛らしいお方を……し、失礼を」
「いや、気にしないでくれ……それよりも、なんでそんな姿に?」
「記憶が曖昧なのですが、黒衣の女のせいでしょう。私も部下も、瞬く間にその女の放つ黒靄にやられてしまった。私は鎧を一体化し、ここを訪れる者をただ殺すだけの存在に……ですが、突然体が動かなくなり」
「そこを、スライムに使われていたわけだな」
俺は魔法を放ったことで、再び魔力が鎧に充填され始めたのかもしれない。鎧の中に、蠢く魔力の反応がある。
魔力で動くとなると、やっぱりリビングアーマーみたいなものかな。アンデッドにさせられたのだろう。
また、黒衣の女が帝国にこのティアルスを放棄させる原因を作ったようだ。
「とりあえず腕と足は返すよ……」
「あ、ありがとうございます」
俺とエリシアは、まず鎧に右腕を戻してあげた。
「て、手が戻った……うわっ!」
鎧は繋がった右腕で、突然俺とエリシアに殴りかかる。
だが、足もないから、俺たちには届かない。
一方でセレーナは焦るように言う。
「か、体が言うことを聞かない!? わ、私はなんということを!」
「恐らく、アンデッドにされた際、生者を襲うように命じられているんだ」
俺はすぐさま《闇斬》で、鎧の腕を引き離した。
再び胴体と頭だけになったセレーナは声を震わせる。
「も、申し訳ありません……もう私は、ただの道具に過ぎないようです……どうか、ここで私を」
「早まるな。俺の眷属になれば……状況が変わるかもしれない」
「眷属?」
「ああ。俺の、部下になるということだ。命を委ねてもらうことになるが」
「帝国に仕えている身です! 即ち殿下の部下のようなもの。どうか、私をその眷属に!」
「分かった。ともかく、眷属にしてみよう」
するとすっと鎧が光に包まれた。
現れたのは、ブラウンの髪を伸ばした人間の美女だった。ちゃんと手足も付いていた。凛とした感じで、しっかりしてそうな印象を受ける。
「あ、え……」
セレーナは磨かれた床の大理石をじっと見つめ、自分の頬に手を添える。
「も、元に戻っている!?」
どうやら、生前の姿に戻ったようだ。
もともと人間だから、人間の姿に戻ってもおかしくない。
「あ、ありがとうございます! ……本当にありがとうございます!」
俺の足元で泣くセレーナ。
長い間苦しんでいただろうし、本当に良かった。
眷属になったせいか、俺を襲う気配もない。
「俺もよかったよ……全くこの島と領地について知らないから、何か情報が欲しかったんだ」
「なるほど! 私にお役に立てることなら! この島の名前すら憶えていませんが!」
自信満々な顔で答えるセレーナに、ユーリが拍子抜けするような表情をする。
「あ、いや、急な派兵だったもので……」
「そうか、派遣されてきたんだもんね……」
ともかく、俺はセレーナについて今の時代のことや帝国のことを話した。
本人は半分も理解できなかったようだが、とりあえずは俺に仕えてくれると言ってくれた。
またセレーナ自身も、長い間ここにいたせいか、所々記憶が欠落しているようにも見えた。
その後俺は、政庁を調べることにしたのだが……
「書類が、綺麗さっぱりなくなっているな……」
それだけなく、どの部屋の調度品も滅茶苦茶にされている。
この総督の部屋にも何もなかった。
盗賊に入られたのだろうか?
しかしここは長らく魔物が住む島だったし、政庁にはセレーナもいた。簡単に盗みには入れないはずだが……
あるいは、セレーナが言っていた黒衣の女が、そういった物を全て廃棄したか。
「他の施設も調べるつもりだけど、これじゃあ何もなさそうだな……」
闇魔法に関する資料も得られないだろう。
セレーナが申し訳なさそうな顔で言う。
「お役に立てず、申し訳ありません……」
「いや、気にしないで……ともかく、このアルス島をまずは住めるようにしようと思う」
今のアロークロウの数なら、頑張れば追い払える数だ。しばらくは、ここに拠点を作れるよう頑張ろう。
「これからも力を貸してくれるか?」
「もちろんです! 殿下に救っていただいた命! このセレーナ、殿下のために誠心誠意お仕えいたします!」
「ありがとう。なら、セレーナ。君にこのアルスの代官を任せたい」
「わ、私でよろしいのですか?」
「ああ、領民を取りまとめてほしい。今、大広間に集まってもらっている。軍団長だった実績を活かしてほしいんだ」
もともと多くの部下を従えていたから、指導力はあるはずだ。
エリクとエレノアにはスライムを、ティアには鼠の仲間を大広間に集めてもらっている。セレーナには、この島で彼らをまとめてもらおう。
「お任せを! では、さっそく領民の代表に会ってまいります!」
「あ、待っ……」
セレーナは勢いよく扉を開き、大広間に出た。
「皆、殿下より代官に任じられたセレーナだ! どうぞよろしく……え?」
大広間には、大量の鼠とスライムが床を覆いつくすようにいた。
「……な、なんだこいつらは!?」
セレーナはまた悲鳴を響かせると、その場で倒れてしまうのだった。
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