第19話 眷属を養うには

 ユーリはきょとんとした顔で言う。


「私たちを、助ける?」

「やがてここにも兵士が来るだろうから、手短に言う。簡単に言えば、しばらく俺の部下になるんだ……だが今までの姿ではなくなること、いつでも俺に命を獲られる状態になる」


 姿が変わるのは、ここでは好都合だ。

 ユーリたちは顔が割れてしまっている。


 魔族たちがユーリに声を上げる。


「命を預けるなんて危険だ!」

「どこのどいつかも分からないのに!」


 そんな魔族たちに、エリシアはこう言った。


「ここにおられるのは、アレク第六皇子です!」

「お、皇子だって!?」

「はい。私も元魔族ですが……殿下に救っていただきました。殿下は、魔族を虐げるお方ではありません。殿下はとってもお優しい方です」


 出過ぎた真似をと俺に謝るエリシア。


 嬉しいが……皇子と聞いてどう思うかな?


 エリシアの言葉に、魔族たちはどよめきだす。


「皇子が私たちを?」

「お、俺たちを実験材料にするんじゃないのか」


 しかし、遠くからは松明を持った者たちが近づいてきていた。


 俺はユーリたちに決断を促す。


「このまま逃げるというなら止めはしない。だが、彼らは恐らく馬に乗っている」


 ユーリは俺の言葉に、ぎゅっと目を瞑る。


 ここで逃げても、すぐに追いつかれる。ここから逃げられたとしても、指名手配されるだろう。すでに身元は割れているのだから。


 やがて、重い口を開き始めた。


「命には代えられない……」

「ゆ、ユーリ」


 周囲の者たちは不安そうな顔をしながらも、ユーリには反対しなかった。


 再び跪き、ユーリは俺に頭を下げる。


「どうか、お助けください……私を、殿下のしもべに」


 縋るようなユーリの声に、他の魔族たちも頭を下げる。


 俺はうんと頷いた。


 すると、ユーリたちの体が光に包まれる。


 現れたのは、エリシア同様、ほとんど人間といっていい者たちだった。若かったり、まだ子供の人間の男女が三十名ほどだ。


 一つ目ではなくなっているのは確認したが、とても直視できない。


 皆、体が小さくなり、腰巻などが落ちてしまっている。

 つまり、裸なのだ。


 だが、恥ずかしがっている余裕はない。

 松明を持った者たちが、こちらに近づいてきている。


「皆、一か所にまとまれ!」

「は、はい!」


 一か所に集まる魔族たちを、俺は北の林のほうへ《転移》させた。


「全員……飛ばせたな」


 そんな中、馬に乗った衛兵たちがやってくる。


「殿下、ご無事ですか!? 塔から連絡を受け、急ぎローブリオンから」

「大事ない」

「そ、そうでしたか? それで、魔族を追ったと聞きますが?」

「海に逃げられたよ。だがこの暗さだ。それに、すでに弱っているようだった。長くはないだろう」

「そうですか……ともかく、ご無事で何よりです。それに、ローブリオンを救ってくださいました。我らが主ローブリア伯が、殿下にお礼を申し上げたいと」

「今は港か? 気が向いたらいく。少々、眠くなってしまった……ふゎあ」


 俺はわざと欠伸を響かせる。


 有能と思われても困る。子供らしく振る舞うとしよう。


「え? は、はい! それでは、そのようにお伝えいたします! おい、魔族は海に逃げたと伝えておけ!」


 衛兵たちは二手に分かれ、消えていくのだった。


「さてと……とりあえずはユーリたちと合流するか」


 すっと俺とエリシアは、ユーリたちのいる林へ《転移》した。


 とっさで気が付かなかったが、手を繋がなくても近くにいれば《転移》させられるらしい。ユーリたちを眷属にしたことで魔力が増えたから、それも原因かもしれないが。


 ともかく、手を繋げないのが残念なのか、エリシアは目に少し涙を浮かべていた。


 何が悲しいのか……


「……っと、皆いるな」

「──っ!? い、一体どこから?」


 ユーリたちは少し怯えているようにも見えた。


 まあ、悪魔の魔法だし……驚くよね。


「俺は、こういった魔法を使える。ともかく……皆の服を用意するよ。それまでは、これを食べておいてくれ」


 俺は《パンドラボックス》に入っていた果物などをエリシアに分け与えた。


 アロークロウなどもあるが、火は使えないからとりあえずこれで我慢してもらおう。


「い、いいの……でしょうか?」

「大丈夫だ。だが、この時間だともうローブリオンの商店はやってないな。遅くまでやっている帝都で買ってくるとしよう」

「て、帝都?」


 ユーリはますます分からないといった顔をするが、今は説明は後回しだ。


 エリシアが良い店を知っているというので、俺は帝都に《転移》し服や靴などを四十名分ほどを購入。《パンドラボックス》に入れて再び戻ってきた。


「これを着るんだ。エリシアがぱっと見で選んでくれたが、大きさが合わなかったら言ってくれ」


 ユーリたちは言葉通り、服を着て、靴を履く。


 エリシアの見立てがいいのか、皆自分に合ったサイズを見つける。


 下着の上に簡素なシャツとズボン、そして革靴。これで一般的な帝国人には見えるようになった。


 俺もこれでようやく、ユーリたちを直視できる。


 見た目はやはり、ほぼ人間の男女たちだ。目は二つあり、髪も生えているからサイクロプス的な特徴はない……いや、一部髪の生えてない男もいるが。


 特徴としては、サイクロプスの血のためか皆背が高い。あとは髪が青かったり、青みがかった黒色だったりするぐらいだ。


 魔族は人間の血を引いているから、眷属になると人間の姿に似るのかもしれない。


 一方でスライムのエリクがほぼ変わらなかったのは、スライムが魔物だったからだろうか。


 彼らの代表であるユーリは、長身で細身の若い女性だった。


 髪がショートなので少し男っぽく感じるが女性だ。目がきりっとしていて、クールな印象を受ける。エリシアに負けず劣らず、美人だ。


 ユーリはしばらく自分の姿に戸惑っていたが、やがて俺に頭を下げた。


「あ、ありがとうございます! 命を救っていただくだけでもありがたいのに、食事に服まで……」

「こっちこそ不便な能力ですまないな。だが、これなら衛兵に見つかっても、逮捕されないだろう。どこかお前たちが安住の地を見つけたら、俺が眷属化を解く。そうすれば、元の姿に戻れる」

「安住の地……」


 ユーリは遠くを見るような目で言った。


「……私たちにそんな場所なんて、ありません。この姿なら帝国でも生きていけるかもしれませんが」

「なら、眷属のままでもいいが……」

「それでも、どこから来たのか分からない者を、簡単には受け入れてはくれないでしょう」


 だからとユーリは俺に頭を下げる。


「どうか……殿下のためにお仕えさせていただけないでしょうか? 雑用でも、戦闘でも、奴隷のように働きます! もともと、そのつもりで我らは殿下のしもべになりたいと」

「俺に……? だけど」


 宮廷で全員を雇うのは難しい。


 お金も余裕はあるが、この人数を養うなら数年で消えてしまう。


 だが確かにこのまま行かせてしまうのも、心配でもある……


 俺は今、やり直しの後で一番頭を悩ませていた。


「ユーリ……お前たちは、何か得意なことはあるか?」

「私たちの一族は代々、鍛冶や採掘を生業としていました。ここで受け入れられたのも、私たちの鋳鉄技術を買われてです……」


 サイクロプスは魔王国において、巨大な魔物のための武具を作っていると聞く。


 ユーリたちもそういった技術を受け継いでいるのだろう。


 あの巨大な鉄鎖も、ユーリたちが作ったり修理しているようだった。


 俺が素材を調達し、ユーリたちに武具や道具を作らせる。

 帝都の一角に土地を買うなり借りるなりして、そこで売る。


 俺も少し利益をもらって……悪い考えじゃないんじゃないか?


 だが、土地か……


 南東に俺は顔を向ける。


 ティアルスには、俺が授かった広大な土地がある。

 南東は、魔力を宿す魔鉱石と呼ばれる鉱石も豊富だ。


「……ティアルス。行ってみるか」


 魔境に安全な場所がないとは言い切れない。


 俺はやはり、ティアルスを目指すことにした。

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