嫌われ皇子のやりなおし~あえて嫌われている闇魔法を極めたら、いつの間にか最強になっていた~
苗原 一
1章
第1話 人生の最期に闇魔法を使ってみる
「──これが、闇の魔法……」
己の手に蠢く黒い瘴気を見て、深いため息が漏れた。
今まで扱ったこともない膨大な魔力が手先に集まるのを感じる。
闇の魔法は、禁忌の魔法。
人間が使えば、闇属性の魔力に呑まれ悪魔となってしまう。
「それでも……一度も使わずに死ぬなんてできなかった」
今より十三年前のことだ。
俺アレク・アルノーツ・ルクシアは七歳の時、この手の甲に蠢く黒い文字──闇魔法に恩恵のある闇の紋章を神々より授かった。
その闇の紋章によって、世間からはずっと呪われた皇子として蔑まれてきた。
それでも魔法を極めるのを諦めたことはない。ひたむきに闇属性以外の聖、火、水、雷、風、土の魔法を学んできたつもりだ。
しかし、どの属性の魔法の成長も頭打ちとなってしまった。低位魔法を扱うだけの魔力しか集められなかったのだ。
だからこそ、恩恵を受けられる闇の魔法を一度は使ってみたかった。
「これが、闇──なんと、静謐な色か」
底の見えぬ闇に、体が吸い込まれるような錯覚を覚える。
これが、悪魔になるということなのだろうか。
悪魔になった者は膨大な魔力と超人的な身体能力を得られる。
しかし自我を失い、攻撃衝動に駆られ周囲を見境なく攻撃しだす。
もちろん、俺はそんなことはしたくない。
人に害を与えず生きてきた、真面目だけが取り柄だった。
だから闇魔法を使う前に、確実に死に至る毒を呷った。
なかなか勇気が必要だったが、今日どの道俺は死ぬ。
帝都の民衆による大反乱に巻き込まれ、宮廷に置き去りにされたのだ。
「まあ、逃げられたところでな……」
呪われた皇子である俺の居場所はない。今までもそうだったように、ずっと日陰を歩くだけだ。
俺はこの眩しすぎる世界に疲れを覚えていた。だから今日、死ぬことにした。
とはいえ、民衆にずたずたにされて終わりは嫌だ。最後に、闇の魔法を見て永遠の眠りに就こうと思った。
恐れなどない。むしろ目の前に揺蕩う黒い靄に安心感すら覚える。
「やっと、眠れる」
思わず、そんな言葉が漏れた。
「しかし……なんだ? たちまち、悪魔になるんじゃ」
今までの悪魔化の報告記録では、十秒も経たずに闇魔法を使った者は悪魔化するとされていた。
それがもう一分……いや、二分経とうとしているぞ。
視界が闇に包まれることも、悪魔の囁きも聞こえてこない──いや、囁きらしきものは聞こてきた。
「なぜだっ!? なぜ、体を奪えない!? 動け、動けっつってんだよっぉおおお!! このポンコツがぁあああ!」
頭に響く囁きは、やがて叫びに変わっていた。悪魔だろうか、どうやら俺の体を奪えないらしい。
──どっちがポンコツだよ。
ともかく、これは早まったようだ。
まさか悪魔化しないなんて、自分が特別だなんて、誰が思うか。
しかし、薬は無情にも俺の体を蝕んでいく。視界が揺れ、意識が遠くなる。
こんなことなら、闇魔法を極めればよかった。
「何を言ってももう遅い……」
この世界に何も疑いを持たなかった。世界のルールにただ従って生きていた自分の限界だ。
「ああ……もう一度やり直せるなら」
消えようとする光を前に、俺はそう願った。
そうして、永遠の暗闇が訪れる──
そのはずだった。
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